再構築されてゆく世界 「なぁ、ガトー君が妙にあの魔法生物に詳しかった理由、知りたいかい?」  珍しくハロウド=グドバイが魔物生態研究所に顔を出したかと思えばなんとも突拍子も ないことを言い出した。 「興味はあるな」  とは思ったもののトゥルスィ自身も少し気になったようでとりあえずその話に乗ってみ ると嬉しそうな顔をして前に乗り出す。が、ハロウドの話を聞く前にとりあえず自分の考 えを述べておく。 「あれは最悪の魔導師の作品だろう? 学生時代に彼らは交流があったようだし、性格か ら逆算したとかそういうところかな」  そう考えるのが一番自然であろう答えを述べる。しかし、ハロウドは首を振ってそれに 答える。 「その答えはありきたりだよ。なんとだね、あの魔法生物を設計したのがガトー君らしい」 「ふーん……ん?」  ハロウドの答えがどうにも繋がらず、首を捻る。 「何故ガトーが作ったものを彼が知っている」 「正確に言えば学生時代に彼があの魔導師と一緒に考えたものらしい。いわゆる『僕の考 えた最強の魔物』の一つだそうだ。……なんだねその鳩が豆鉄砲食らったような顔は」  ハロウドの言うとおり自分でも間抜けな顔をしているのが分かったのだろう。顔を振っ て額に手を当てる。 「ご愁傷様としか言いようが無いな。あの年になって若気の至りを穿り返されるとは」 「まさに嫌がらせここに極まれりといったところか。しかもあの魔物、何とも皮肉が利い た名前だったよ」 「ふぅん、どんな」 「崩れ堕ちる世界――だとさ」  名前を聞いて苦笑を浮かべる。というよりアーキィは咄嗟にそのくらいの反応しか出来 なかった。崩壊していく天空城で出会った魔物がそんな名前だったとは。 「次回改版した際、事典に載せるべきだろうか」  天空人に関してはすでに次回の改版で追加掲載されることが決まっている。あの魔物― ―崩れ堕ちる世界に関しては色々話し合ったが未だに決めていなかった。 「ガトーは……嫌がるだろうな」 「それは当然そうだろうね。自分の恥が全世界に広がるのだから」 「よし――じゃあ載せよう」 「君ならそう言ってくれると思っていた。たとえもう出てこないとしても見てしまった以 上は掲載しなければ気がすまないからね」  それになによりもあれだけ苦労した原因が学生時代に自重しなかったガトーにあると考 えると、最悪の魔導師ではないが少しばかり嫌がらせをしたくなる。とは言うもののあれ がもし彼の考えたものでなかったとしても事典に載せることにはなっているであろうから 何ら問題は無いのだった。  世界はいつでもただそこにある――。 「本当に大丈夫なのかい?」  手術着に身を包んだガトーが同じく手術着のアキコに問いかける。目の前のオペ台には エルダー化したままのゆかっち――ミナが寝かされている。 「ももっちやゆかっちの腑分けはエデンス先生について何度か見たことがありますから」 「あの人は本当に色々やっているな……」 「執刀するのは初めてですけど。でも出来る人他にいないですよね」 「医療行為として身体を切るなんて技術一部しか学んでいないからな。うちの研究員は皆 回復魔法が専門だ」  魔法や薬学が発展することで外科治療の必要は無いと考えられていたが近年の魔法、魔 導、呪法発達でそれだけでは治せないものも増えてきた。現在のミナの状態もその一つで あるとガトーは診断した。 「身体にあいつの魔力が根が張っている。それによる無理矢理なエルダー化が身体が崩壊 していく原因だ」 「それを取り除けば治る可能性がある――と?」 「あくまでも可能性だがね。そして術式が終わるまで体力がもつかが問題だ、エルダー デーモンの生存能力にかけるとしよう」 「はい、サポートよろしくお願いします。彼女は私が必ず――」 「あぁ、術式をはじめよう」  しかしそこに生きるものはその存在すべて認識することは出来ない――。 「失礼するよ……っと、なんで君がいるんだい」  ディライトはとりあえずの天空城探索のレポートを纏め、ミナを待たずに新たな遺跡調 査に出かけていた。と言っても以前から調査しようとしていた遺跡であるらしいが。そし てそのキャンプを訪れた皇七郎は目を擦った。簡易小屋の中にいたのは彼女ではなく無精 ひげに目つきの悪い顔、ハイド=ガーベラだった。 「放っておくと何するか分からんって引っ張られて来たんスよ」  肩を竦めて苦笑する。どうにも今の立場に納得いっていないらしい。 「君も大変だな、まあフリーというのも色々調べるときにキツいんじゃないのかい。必要 ならボクが口利きしてもいいよ。そうすればここからも出られるだろ」 「ま、考えときますよ。ディライトならそろそろ遺跡から戻ってくるとは思いますけど― ―ほら噂をすれば」  小屋のドアが開くと思わぬ来客に一瞬固まり、嬉しそうな顔を浮かべた。 「皇七郎博士! お久しぶりなのです!」 「やあ、久しぶり。少し顔を見に……って訳じゃないのは分かるよね」  勿論ディライトもそんなことで皇七郎が尋ねに来るとは思っていない。 「いい知らせと悪い知らせと君に依頼がある。どっちから先に聞く?」 「うー……なんていうか嫌な予感がしてたのです……」 「俺なら先にいい知らせから聞くけどな」  少し迷った後、結局ハイドの言う通りいい知らせから聞くことにした。 「あの天空城への道がまだ閉ざされていなかった。君たちが使った昇降装置を見に行った んだがね、まだ道が繋がっていた」 「……ということは?」 「残っている部分だけでも調査しようと思ってね。で、依頼ってのはこれと繋がるんだけ どそれについてきて欲しい」  一人で調べるには広すぎ、そして天空城は遺跡でもある。それを遺跡に関する知識無し に調査するのは難しい。そこで皇七郎の数少ない知り合いの中からディライトが選出され たという訳だ。 「知らない奴と組むなんて嫌だからね」 「皇七郎博士意外と人見知り?」 「うるさい!」  今回は小屋に入ると同時に安全帽を脱いでいたので皇七郎のチョップが見事に炸裂し、 机に突っ伏す。 「うー、うー……」 「ま、そんな訳で考えておいて欲しい」 「考えるまでも無くオッケーなのです!」 「お前この遺跡の調査残ってるだろ」  勢いよく立ち上がるもののハイドの突っ込みに再度突っ伏した。 「そのあたりは大丈夫、ほら」  皇七郎が取り出した書簡にはディライトの師匠の文字で現在調査中の遺跡をハイドに一 任させる旨が書かれていた。 「ちょ、ちょっと待った、何で俺が!」 「だから言っただろう、口利きしてもいいよって」 「いくらなんでも急すぎますよ! 引継ぎだって……」 「流石にそれを待たないほど鬼でもないよ、存分にやってくれ。それとも何かい、ディラ イトと一緒に行きたいとか?」  にやにやといやらしい笑顔を向ける。 「それは無いです」 「即答とか酷いのです!」 「ま、準備が出来たら連絡をくれ。それから悪い知らせなんだけど……」  来たか、という顔をして眉間にしわを寄せる。すごく聞きたくなさそうだ。 「あのゆかっち――ミナといったか。彼女が一命を取り止めた事は知っているね。彼女が 保護されていた王立魔法研究所から姿を消した」 「――!?」  音を立てて立ち上がる。 「そろそろ一ヶ月経つが行き先は分かっていない。心配させないように黙っていたらしい がさすがにね」 「そう……なのですか」  力が抜けるような感覚がしてイスに座り込んだ。 「悪すぎる知らせ――だったかな。ハイド、ボクらは少し外に出ていよう」 「……そうスね」  泣いている姿を見ないように二人はそっと小屋を出た。  断片化した世界を再収集し、認識できるようにするのが学者という生き物――。  目が覚めた時はどこか知らない場所だった。  歩き始めてそこが皇国だと知った。  服が無い、靴が無い、コートも無い。  それでも私はあそこに行かなくてはいけないと知っていた。  歩く、歩く、歩く。  靴が無くて片足はべろべろになる。途中、おかしな連中にも絡まれた。  身体がうまく動かないが、それでも何とか退けた。  自分に回復魔法が使えないのがこんなにも不便だと思ったことは無い。  何日何日も歩いてようやくそこに辿りついた。  疲労感で身体が重い。  それでもやっと会えるという喜びのほうが大きかった。  彼女はずっと私を照らす光だった。  あの時もそうだった。  扉を開く。  その先にいた彼女は泣いていた。  私はもう一度会えたのならずっとこう言おうと思っていた。          私の喜ばしき光 「ただいま――ディライト・モーニング」  認識された世界は更に広がっていく――。  空に落ちてきた命はその形を変えて人型をとった。 「始めまして、私はフォルテシア=ウル=ライアス。この天空城の管理人です」  真石の姫は崩れ落ちてから初めての天空人を笑顔で迎え入れた。 「共に、この城で生きていきましょう。それから一つ言わせてください。生まれてきてく れてありがとう」    つくりなお  世界は再構築されていく――。                            ■再構築されていく世界(終)