予告  困難と言うものはいつも唐突に、そして連続して襲ってくるものだということをここ最 近になって嫌と言うほど思い知った。それでも前回の天空城探索は色々な人の手助けもあ ってか何とかなったし、今回も何とかなると思っていた。今こうして事の顛末を纏めるこ とが出来ているという事は「何とかなった」の範囲に含まれるのだろうが、やはりその時 その場においてはもうダメだと何度思ったことだろう。……数えるのも嫌になるので考え ないことにする。学者は考えるのが仕事だけれどたまには考えない時があっても良いだろ うと時たま思う。メリハリはどんな仕事でも必要だ。何が言いたいかと簡潔に申し上げる のなら、学者を志す人がいるのなら是非やめておいた方が良いということだ。まともな神 経をしている人間はこの職業をしていられない。かく言う私もいつの間にやら変人の枠に 入ってしまったのかもしれない。大丈夫と思っているうちが一番危なくて、やばいんじゃ ないかと思っている内が引き返しどころだ。それを見誤ると大変なことになる。私はそれ をすっかり間違えていまや変人の仲間入りだ。いっそ開き直ってしまうのがいいのだろう。 これからは変人学者の一人として仕事を頑張ろうと思った。  事の始まりは一通の手紙だった。天空城探索で一人前と認められて以来すっかり会わな くなってしまった私の先生からのそれは手紙と言うよりはあまり薄くて――それもそのは ずで便箋を開いてみればメモが一切れ――しかもそれには一言しか書いて無かった。 『A−27三番目』  しかしそれで用は足りるのだ、そこに書かれているのは王国連合の王立考古学研究所に 収められている遺跡からの発見された遺物の番号であり、どこぞのフリーの学者ならいざ 知らず、そこに所属しているものなら誰でも簡単に思いつく。 「ディライト、結局先生からの手紙にはなんて?」  ひょっこりと私の後ろから身体の半分を甲殻に覆われた少女型のモンスターゆかっち― ―名前はミナという――が手紙を覗き込み、納得といった表情を見せる。 「荷物受け取りですか、久しぶりの手紙だと思ったら先生らしいですね」  くすくす笑いながら垂れ下がる銀色の髪をその長い耳にかける。ふわりと甘い、いい香 りがした。 「ま、先生に情緒ある手紙を望むのが野暮ってものなのです」  苦笑を浮かべちゃっちゃと髪を三つ編みにするとベッドから跳ね起きて数日振りに安全 メットを被る。 「いざ行かん、考古学研究所へ。なのです」               ――黄昏の始まる頃に――  疑うことは大事だ。  物を、そして常識を。  信じることは大事だ。  人を、そして自分を。  磨いてきた技術は裏切らない。  だから磨き続ける、自分自身を。  そんな自分を信じられない人生に何の意味があるだろうか!                            ディライト・モーニング  いつも何かに巻き込まれて、結局誰かを助けることになる。  そんなのは面倒なことになると分かっている。  でも、ついつい手を出してしまう。  そんな話をすると決まってあれは「それ、つんでれ」と言う。  バカ言うな、心底ごめんだと思ってるんだ。                            ハイド・ガーベラ  世界は愛で出来ている。  先生はそう言った。  私は愛の体現者だ、とも。  自分を犠牲にして誰かを助ける私の種族は愛を象徴しているらしい。  でも、ごめんなさい。  私は誰を犠牲にしても彼女だけを守ります。                            ミナ  武芸は所詮使われるものに必要な技能。  その上に立つものに必要なのはそんなものでない。  全てにおける下地を作る手腕。  ただそれに尽きる。  それになにより野蛮なことは兵隊に任せた方がエレガントじゃな〜い?                            ローレンス・バークシャー  我が帝国ヴァルデギアこそが覇権を握るべきである。  我が主、ヴァルデギア・グラドラクスこそが真の支配者である。  全ての力は我らによって管理されるべきである。  王国連合を纏めるのはただの糞袋どもだ。  ハイル・ヴァルデギア! ハイル・ヴァルデギア!                            グラコロ・バーガクス  楽しければそれでいい。                            オーベル・アルフレッド    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  真っ暗な石室の中、一部だけがやけに明るい。その中央には小さな炎が立っている。 「はぁ……」  その炎はハイド・ガーベラの指から出ており、ため息で少し揺らいでまた落ち着きを取 り戻した。  全く以って人生と言うものはどこでどう転がるか分からない。少し前までフリーで好き 放題やっていたと言うのに、数ヶ月前の事件がきっかけで今ではなし崩しに王国連合の考 古学研究所のバッヂまで貰ってしまっていた。使えるものなら利用するのが信条であるが いささかこれは重すぎる気がする。 「つっても……すごいやりたいことがあるって訳でもないしな」  灰色の髪をくしゃくしゃ掻きながら一人ごちて石室をぐるりと回って出て行った。  遺跡内部の隠し部屋などの再調査を依頼されたのだがこれはとうに済んでいる。全く一 つも異常なし、である。  だからこれは日課。  ハイドの報告が考古学研究所に届き、次の指示が来るまでの暇潰し。遺跡と言うものは 日ごとにその顔を変えていく。日光の照射角だとか、月の軌道だとかそんなもので開かな かった扉が開くこともある。と言ってもここは完全密封な石室であるし、そんな調査はす でに最初の調査でやられている。だから最初に言ったように暇潰しなのである。 「ぐぁ……」  かび臭い遺跡から出て伸びをすると草木の香りが少し気持ちを落ち着かせる。現在ハイ ドが寝泊りしている簡易小屋は何年も放置されてほとんどぼろぼろになっているが、雨を 凌げるだけマシだと思っている。 「なんか食うもんあったかな……」  ギギギ……と今時古びた洋館でも出さないような音を立てて簡易小屋に入ると丁度バッ ファボアの干し肉が一切れテーブルの下に落ちていた。ラッキーとばかりに手を擦りなが ら拾い上げて食いちぎる。この男、食べられるなら文句は言わないのだ。 「ハイド、汚い」 「うるへー、死なないからいいんだよ」  マントから氷の結晶に宿る妖精、リセッタ=スノーブランドが出てきて注意を促すとそ れを無視して咀嚼し、飲み込み、反論する。 「買出し、行かない?」  ちゃんとしたものを食べてほしいとかそういうことなのだろう。残りの干し肉を咀嚼し ながら思案するのだが、今は研究所からの返事待ちであるので買出しから戻ってみればそ れが全部無駄になったなんてこともあるだろう。だから、正直なところ行きたくない。 「お届け物です」  こんこん、と簡易小屋のドアがノックされた。  その直前まで全く音はしなかった。  恐る恐るドアを開けてみると薄灰色の制服に身を包み、巨大な郵便袋を肩から下げた男 か女か分からないにこにこと人当たりの良さそうな人間が手紙を片手に持ち、立っていた。 「そんなに驚かないでください、私はただの郵便配達人です。ハイド・ガーベラさんです よね。国立考古学研究所からお手紙です」  一際人懐こそうな笑顔を浮かべて便箋をハイドに渡すと来た時と同じように音も立てず にその場から去っていった。 「な、なんだったんだありゃ……」  その郵便配達人が都市伝説の一つとして扱われている経歴も性別も年齢も住所も不詳の ディア=トゥ=フロムであることは今回の本筋とは全く関係ないことで、ハイドは首を捻 りながら手紙を開けた。    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「あっさりと手に入っちまったな。これが本当にそんな力持つのかね」  手に入れたばかりの小さなそれを手の上で転がしながらグラコロ・バーガクスは呟いた。 「もっと苦労した方がよかったッスか? 拙者はズルして楽するのが一番だと思うでござ るよー、ニンニン」  猫のように目を細くして、おどけた口調で包帯だらけのグラコロの顔を見つめながら戦 乙女部隊の斥候係であるハービィ=ハリソンはけらけら笑った。 「ハービィ、その口調やめなさい」 「ぷっぷー、リリちゃんは硬いッスねー。あーしみたいに肩の力抜いた方がいいッス」  頬を膨らませて猫人のリリス・ローズベルトを抱え上げてくすぐるとゴロゴロ喉を鳴ら した。その様子をハービィがにやにやしながら見ていると、はっと嫌そうな顔をして自分 を抱えている手を叩いてその腕から抜け出した。猫人の習性であるので思わずやってしま うのは仕方ないのだが、リリス本人はあまり猫らしさを出したくないと思っている。 「はぁ、隊長の命令じゃなきゃハービィと組むなんて。隊長は極東で何をしておられるの でしょうか」  額に手を当て、遠く月の昇り始めた地平線上を見つめる。彼女の懸想する戦乙女部隊の 隊長は現在東の果て、極東にて任務についている。幾人かが彼女についていったのだが自 身はその任務からは外され重装甲騎士団と行動を共にしている。戦乙女部隊が彼らの下の 隊であるから仕方ないことではあるがどこか納得がいかない。 「心配してもしょうがないッスよ、隊長ならきーっと皆連れて戻ってくるッス」  この時ばかりはハービィの温かい脳みそがうらやましいと思った。実際、今極東では大 変なことになっているのだがそれを知る方法は無い訳で、彼女たちの隊長を信じるより他 は無い。  そんな二人を見ながらグラコロが手の中のものをぽんぽんとお手玉していると不意に横 から手が出てきてそれを奪い取った。 「もっと大事に扱え、これは危険物なんだからね」  奪い取った相手を見ると咎める口調ではあるもののその顔は嬉しそうに笑顔を浮かべて いた。新しいおもちゃを手に入れた子供のような無邪気な笑顔を。    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  今自分が置かれている状況はとても簡単だ。ボレリアとヴァルデギアという王国連合に 加盟していないながらも強大な力を持つ二つの大国を相手に喧嘩を売ろうとしているとい うことだ。 「なんだってこんなことに……」  ため息を吐く自分が酷く疲れているのが分かった。ちらりと横を見れば同じようにげっ そりした顔をしているハイドがいる。今こここの場に至って初めて彼と同じことを考えた 気がする。 「あー、あー、ボレリアとヴァルデギア両国に告ぐのです」  魔力拡声器を使って両陣営に通達するディライトはどこか楽しそうだった。彼女は意地 を張っている。その意地を張らなければ彼女は死んでしまうのが分かっているので口出し もできないのが難しいところだ。 「貴国らがこれ以上アレを狙うというのなら王国連合の一機関考古学研究所としても黙っ てはおけないのです」  まるで考古学研究所の代表のような口調で喋っているが、全てディライトの独断で王国 連合から切り離されれば単に一人で国に喧嘩を売っている事になる。が、そうでも言わな ければ国としても退くことは出来ないだろうから最悪の選択肢が現状で取れる最良の選択 肢であった。 「連合軍の派遣や聖騎士の派遣もあり得るのです。ついては即刻引き上げるのをオススメ するのですが、返答はいかがか」  勿論、そんな大げさなものが来る訳無い。向こうもそれが分かっているのか、返答の代 わりに飛んできたのは矢の雨だった。    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  野営地で優雅に紅茶を飲んでいると絶叫が響き渡り、なんともいえない恍惚感を感じて ボレリア幻豚騎士団団長であるローレンス・バークシャーは身を捩った。 「あ、はあぁぁん! やっぱり色男の叫び声っていいわあ!」  カップを置いて小指を立ててイスのうえでクネクネしだす。  この男、ゲイである。  黙っていれば顔の整った中年なのだが如何せん動きが気持ち悪い。  全員がそう思っているのだがあえて口に出すことはあるまいと誰も何も言わない。 「でもいいんですか、あの人王国連合の――」  防衛隊長であるエイビス・フォーリーフの口元に人差し指を当ててウインクする。美少 女がやれば大層可愛らしく見えるのだろうが、いいおっさんがやる動作ではない。思わず なにかがこみ上げてくるがそれを我慢する。                  ・・・・・・・・・・・・・・・・ 「いいの、王国連合の考古学研究所にハイド=ガーベラという男はいない。そう確認はと ってあるもの」  嬉しそうに笑みを浮かべ、拷問をしているテントへスキップ気味に向かっていくのを見 送りながらエイビスは彼が心底味方でよかったと思う。そしてこれからローレンスによっ て痛みを伴う拷問とはまた違う拷問を彼にされるであろうハイドに心の中で手を合わせた。    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  臨戦態勢の男が三人遺跡の前で睨み合っている。 「睨み合いってのは悪くないがそろそろ動きが欲しいとこだな」  煙草を咥えたまま、頭上に振り上げられたモーニングスターを見てハイドが言った。 「じゃあ頭カチ割られますか?」  エイビスはニコニコと笑っているが言っていることはえげつない。 「その瞬間俺のランスが喉を貫くけどね」  ハイドに向けられた拳銃を警戒しつつランスを握るグラコロの手に力が込められる。  月並みな表現だが三人には時間にして十秒足らずが永遠のように感じられた。  誰もが誰かが動いてくれと思っていた。  風が吹き砂を巻き上げた次の瞬間――                   ――三つの音が交錯した。    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「やっと……追いついたのです」  息を切らしながら遺跡の最奥にたどり着く。恐らく元はドーム状だっただろうそこは半 分砂に埋まっており、巨大な機械と二本の柱、そして少年――オーベルがいた。 「うん、よくたどり着いたね。褒めてあげるよ」  にこにこと笑っている。  面白いことになってきたという顔だということをディライトは知っている。暇に飽かし た人間はこういう笑顔をするのだ。 「さぁ、それを返すのです」  滅多に見せない表情で睨み付け手を前に出すと彼の周囲に浮かんでいた宝玉が微かに動 き、その手を引っ込めた。 「勘がいいね、そこが射程距離のギリギリだ。これ以上近付くのならこのフォースビット の餌食になるよ。それと――」  ぞくりと背筋に悪寒が走る。  目の前にいる少年はただの少年でないと本能が告げた。  ――危ない。  その思考がディライトの脳内を占めて―― 「バカなのか?」  一歩前に踏み出していた。  正確には一歩だけでない。ずんずんとオーベルに近付いていく。 「バカなのです、それを早く――」 「嫌だね」  返せと言う前に彼はそれを欠けていた場所にはめ込んだ。  止まっていた機械が動き出し、遺跡全体がウォン、ウォンと低い唸り声を上げ始める。 それは数千年も止まっていたとは考えられないほど滑らかな動きで、ディライトは美しさ すら感じていた。しかしそれも束の間で二本の柱の間に小さな穴が生まれた。 「あれは――!?」 「あれこそが僕の求めていたものさ、この世に存在しない癖にいることだけは知られてい る事象龍を知っているか?」  話している間にも穴は少しずつ大きくなっていく。その向こうにあるものは恨み、辛み 妬み――混沌。滅ぼされ、存在しないはずの事象龍。 「……黄昏のレギナブラーフ」  しかしそんなものがここに存在するはずがない。そのディライトの思考に割り込むよう にオーベルが口を挟む。 「その通り。でもね、僕にとってはアレが本物かどうかなんて必要ないんだ。僕が欲しい のはそれほどの存在を封じ込めている力さ。来るべき大きな戦にて我々が必要なのは力だ け。王国連合が君たち考古学者を使って何しているか知っているかい。それはねさっきも 言った大きな戦に備えた――」                  ――力集めさ。    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−                音はもう聞こえない。                 聖騎士はいない。              二十四時の魔法使いもいない。                魔同盟すらいない。               勇者なんて以ての外だ。              大きな歯車が世界を動かす。         でも、小さな歯車がなければ大きな歯車は動かない。              どこかで誰かが動いている。              たったそれだけのそんなお話。               『黄昏の始まる頃に』  とかそんな感じのスーパー妄想タイム