少し前のおはなし。杵島ミカ、17歳の夏。  才能があった、というだけ。  特別目的意識も正義感もなく、状況に流され人に言われるがまま過ごしていた。  魔物を狩るための訓練、最低限の授業。  何もかも彼女にとっては、そう言われたからそうしていた。  勉強に関する才能は皆無だったが、ここ「Magina-Academia」においてそれは大した問 題ではなかった。  どう効率良く、多く、魔物と呼ばれるモノを撃破出来るか。  その一点だけが重要視されていた。  そして魔物を殺すためにはマギナを操る才能が必要であった。  彼女が生を受けて十年目の誕生日にマギナ使いとしての能力を見初められ、この学園へ と転入してきた。  それから7年の年月が過ぎ、何度かの戦闘を経てもいた。  戦闘と言っても本業には及ばない、いたって偶発的で小規模なものばかりであったが。  彼女にとっては使命感でもなんでもなく、友人たちと一緒にただなんとなく毎日を過ご しているだけであった。 「ねえ、ミカ。来年で私たちも最上級生よね。ここを出たらどうするつもり?」  なんでもない、学生としては普通の話題。Magina-Academiaでもそれは例外ではない。  しかし、ミカと呼ばれた少女はそれに答えることができなかった。 「まだ決めていないんだったら、私と一緒に来てほしいな。この間、デュランダーナから スカウトされたのよ」 「でゅらんだな?」  首を傾げたミカに友人は呆れを通り越して慣れたふうに答える。 「デュランダーナ。知らない?西側ではトップの部隊よ。あっちはファッションも盛んだ し、下手したらそのヘンテコなセンスが評価されるかもしれないじゃない?」 「私はそこらにあったのを着てるだけでセンスは関係ないもん」 「その格好で平然としている時点でセンスないって言うの。……じゃなくて、どうするの ?一緒に来るの?」  彼女の格好は今制服にドテラなる衣服を羽織り、スカートの下にはジャージを履き、さ らには絶対に家の中でしか履かないような毛糸のスリッパを装着するという、年頃の女学 生としては最悪を通り越して人外に近い様相を呈していた。  なまじ、顔立ちは整っており訓練によって体型に無駄がない分、輪をかけてひどく見え ることだろう。 「うーん……ひとりで行くよりふたりの方がいい、かな」 「じゃ、スカウトの方にOK出すわよ。ミカはそういう判断できないんだから」 「ひどい」 「戦闘だけなら誰よりも強いクセに普段はヘッポコなんだから、もうちょっと自覚した方 がいいわよ?」  七年来の親友は長い髪を掻き上げ、口を尖らせる。彼女もミカに負けない美貌の持ち主 であり、ミカが足元にも及ばないほど自分の見せ方を心得ている。  マギナ使いとしての才能は中の上であるが何事にも勤勉で負けず嫌いなため、学園内で も有数の実力者として知られている。  ミカはそれとは正反対に才能だけはトップであり、魔物を殺すというだけであるならば 特級のエージェントにも劣らない実力を誇っていた。  ここ数年大規模な事件は起こらず、比較的平和とも言える状況が続いていたため、世渡 りの下手なミカよりかは友人の彼女の方が将来を見込まれてもいた。  しかし、災いは人々が忘れかけていたころにやってくる、それすらも忘れかけていた時 期でもあった。  ――「裂天の二週間」。  後にそう呼ばれるようになる事件は、ちょうど二人の会話があった翌日から起こった。  着々と、実戦経験こそ少ないものの安定した実力者と戦術論が揃い始めていた「Magina -Academia」へ前触れも何もなく六桁近い魔物が襲来した。  出現ポイントは学園の直上約200m。  教師19名、生徒462名死亡。その他数百名が重軽傷、行方不明となる。  この10年間、否、50年間で最大規模の事件であった。 「ミカ、生きてる?」 「なんとか。そっちも無事みたい」  地獄とも言える状況の中奇跡的に再会できた喜びを味わうこともなく、二人は瓦礫の影 に隠れ、次の事態に備えている。  クラスメイトたちだけでなく教師陣さえ喰われ、生き残っている人間は絶望的な数であ ろう惨劇において、お互いに死んでいなかったというのは何かの運命だろう。 「あーあ、せっかくのネイルが台無しじゃない」  こんな状況でも外見を気にする彼女の拘りは、逆にミカを安心させた。 「終わったら買いに行こ。これだけ頑張れば、サービスしてもらえるよ」 「ついでにミカのセンスもどうにかしてあげるわ……っと、来たわね」  近づいてくる魔物の気配を察知し、二人は何も言わずに立ち上がる。  数は不明、数えるのがバカらしいくらいの数だ。 「知ってる?こういう場合って、数の少ないコンビが勝つものなのよ」  長期戦闘による疲労の色も見せず、不敵に笑みを浮かべる友と並び、ミカは「プリシア 」を、友は槍状のマギナ「アインリッター」を構える。 「作戦は?」 「私が飛び込むから、ミカがバックアップしてちょうだい」  それは即ち、ミカに自分の命を預けると宣言したようなものだ。  こんな目標もなく、決断力もない、ただマギナを使うのが上手いだけの自分を心の底か ら信じてくれている。 「……わかった。絶対に生きて帰ろう」 「当然よ。だって私たち二人が揃えば――」 「「神様だって敵わないんだから」」  一年後。 「最後に聞くけどミカ、本当にいいのね?」 「うん、私が決めたことだから」  旅支度を終えた友人と遅めの夕食を取りながら、ミカは頷く。 「せっかく良い条件だったのに、勿体無い」  ミカの返事に、彼女は言葉ほど落胆した様子もない。  むしろ、ミカの決断に喜んでいる節すらあるかもしれない。 「ミカ、あなた変わった?」 「ちょっとだけ。こんな私を信じてくれる人がいるってわかったから頑張ろうと思ったん だ。 だからね、そんな人に出会わせてくれた学園に恩返しがしたかったの。ほんとにありがと うね」  不意の言葉に、友人は珍しく顔を真赤に染め上げる。 「き、気づくのが遅いのよ。それに恩返しするんならそのヘッポコを直しなさいよ」 「ぶー、ひっどーい。最後の最後まで意地悪」 「ここまで言うのはミカにだけなんだから、感謝なさい」  こうして事件を生き残ったうちの一人は学園に残り、もう一人は異国の地へ旅立ってい ったのだった。