ダブル / ジョーカー                  三話:裏                『D4プリンセス』 「二度とここに顔を見せるな」  その言葉が聞こえてきたような気がしたのは、冬のサウリアで迎えた朝の光が、あの時 のように力なく冷えたものだったからかもしれない。それをドリー=ルーガーは鉄じみて いると感じていた。  昨晩、自分達のボスがとった宿の一階。酒場になっているそこで、ドリーは熱したビー ルをちびちびとやっている。夜からではなく早起きだ。  ドリーはジロリと店内を見回した。記憶の中の酒場は、この店ほど大きくは無かったし、 潰れて転がっている者達も居なかった。ドリーの生まれ故郷は、サウリアほどに大きくは なかったのだから。  カウンタに、ドリーに背を向けて座る男。無論その男がそこに居るわけではないことを、 ドリーはよく知っている。 「……お客さん…………?」  ドリーに気づいて、変温体質の店主がのろのろと首をかしげた。睨まれていると思った のだろう。 「いや、なんでもない……」  斜め上に外へとまっすぐ伸びる眉と切れ上がった目じりは、ドリーの視線を本人の思惑 よりも強いものにしている。それは笑顔を作るのが苦手な事と相まって、ドリーの常の悩 みだった。 「目は覚めているか」  扉の閉まる音と共に声。紫眼の青年。過去を漂っていた意識を引き締めて頷くドリー。  またも睨むようになったその双眸に、相手は苦笑した。 「といっても、まだいいんだ。おやじさん、俺にも一杯」  ドリーは、椅子に腰を下ろす自分たちのボスを見やる。幻影の前後がまたも浮かんでは 消える。  その腕を自分へと伸ばす青年の笑み。相手が『長い腕』と呼ばれている事を知ったのは、 ずっと後の事だ。その腕を取った事を後悔はしていない。故郷を出て、己を試したい―― ――ありふれた望み。その一歩を踏み出す切欠を与えてくれた相手。感謝している。  自分への視線に気づいた相手が「どうした」と眉を上げる。 「…………いや、その、ホセの方は、どうなるか、と」  誤魔化すようになった事に対しては、青年は何も言わなかった。彼はどうもそういうと ころがある。相手の言動や仕草をあまり慮る事がないというか。仲間の一人は「旦那は理 屈っぽいからね」と言っていた。  それにしても―――― 「アイツの事だから。心配ない心配ない」  脱力している。このなげやりさ。  威圧感がないので、軽く見られがちなのは確かだ。今のように軽い笑みを浮かべ続けて、 動じないといえば聞こえはいいが、軽薄ともとられる。本人はどちらも歓迎しているよう だが。 「判ってる。別に油断してるつもりはないぞ」  真っ直ぐにドリーの視線を受け続ける青年が肩をすくめた。  ドリーははじめ、そういう想いを恩知らずなものではないかと悩んだりもした。そも野 盗と紙一重の世界だが、生真面目なドリーはそうもいかない。  今はドリーもわかっている。自分が感じているのはただの余計な心配というやつで、好 ましく思うが故の煩悶なのだと。たとえば恩人がすぐ舐められる事に、やり場のない不満 を覚えているだけだ。  彼の『長い腕』という異名を、最も無邪気に好んでいるのは、ドリーかもしれない。  やおら酒場の壁にかかっている魔導時測機に目をやった青年が、「まあ」と一息吐きな おして、ドリーを見返した。 「時間がないのは相手も同じだ。そろそろ手を出してくる。多分な」  ついでのように「多分」とつける時、それは彼がそれについてほぼ確信していることを 示している。謙遜でもない、おざなりの奇妙な癖。  そのまま流れた青年の視線を追うと、少女が居た。 「あッ、おはようございます!」  バカ丁寧にお辞儀をされたドリーは、ピンクブロンドの髪に向かって会釈を返す。 「おはようございますエリス嬢。お早いですな」 「……どうも」  ドリーとしては、偽名より先に本名を聞いているせいでどうにもつっかえる。 「おっと、こいつはドリーと言います。おい」 「あ、いや……ドリー=ルーガー、だ」  残念ながらじっとしていれば済むわけでもなさそうだった。どちらにしろ、これからし ばらくは一緒に居なければならないのだ。ドリーは腹をくくりなおす事にした。  そう。しばらくは一緒。  他の賢龍団幹部が各々の仕事についているように、ドリーはこの姫と行動を共にし、直 接彼女に対する障害を排除する事になっている。  眼前の鋭い印象の男を前に、エリス嬢=エール王女はやや困惑している。当のドリーも 同じく、愛想を振りまく事にはいつまで経っても慣れない。それに自分たちはまだ、ただ 同じ宿屋に泊まった客を装っているのだ。 「ドリーさん。お二人とも早いんですね。他の方たちはどうなさったんですか?」 「まだ寝てるのかなぁ。そういえば、ベルさんでしたか。お連れの方がいられるんでした よね」  とぼけた言葉だった。少なくとも自分たちは三日前から彼女らを観察していたし、何よ り、当の発言者が先ほどまで外に居たのは、ベルなる人物の後をホセに追跡させる為だっ た。 「さっき、今のうちに買い物に行くって言ってたから……って、昨日は急に失礼しちゃっ て……」 「いやいや。それより貴女も一杯どうですか。暖まりますよ。なあ?」  無意味に振られて、ドリーはただ頷くぐらいしか出来なかった。  そしてカウンターに向かったエールの背を見ながら、冷笑的に顔をゆがめるボスの言葉 にも。 「なんていうか疲れるよな、こういうのは。お転婆王女の相手なんてな。まだ十代の筈だ し。……そりゃ俺だってまだ三十路じゃないけどさ」  故郷でただ鉱石を掘っていた頃は、黙々としていればよかった。外の世界に出てみれば、 荒くれ者といってもそうはいかないものらしい。とはいえ調査や、交渉や、暗躍や、そう いう事をするにはドリーは不器用すぎる。だからここにいるのだ。 「でも、昨日は本当にご迷惑をおかけしました。情けないなぁ」  カップを手に戻ってきたエールが、しゅんとして言う。主人とのやりとりで思い出した のだろうか。ドリーが横を伺うと、その言葉を受けた者の目がやや泳いでいる。いつもは 何だって計算づくのようなのに、あれは本当に偶然だったのだろう。そのお陰でこうして 警戒も薄く王女と接触できるという辺りは抜け目ない。  とにかく、ここのフォローは自分の役目かとドリーは判断する。 「いや、見事な着地だったとは思う」 「ドリぃ!」 「ああああぁう」  引きつった男の顔と身悶える少女を見て失敗を悟る。ドリーは口をつぐみ、乾いた笑い が話題を打ち切るに任せた。 「ははは……、あ、そうそう朝もどうです。まだですか」 「あ、あッ、そうですね!朝食、とろうかな。ベルにも食べておくように言われたし」  青年が宿の主人に呼びかける間、ドリーは魔導時測機を確認する。彼が何かあると踏ん でいるのなら、それはあるのだろうし、朝はとっておかなければならない。 「しかしお連れが一人ということは二人旅ですか」 「ええ。でも皇国はすっごく旅が楽で、便利ですよね。びっくりました」  便利だとエールが言うのは整備された宿場の事だろう。張り巡らされた街道と、その途 中に点在する宿場は、根本的には行政の連絡を用意にし、巨大な領土を皇国という一つの 制度の中に治める為にある。それはまた軍の迅速な展開を可能とし、更にエールがいうよ う旅行者や物資の輸送助け、今日の皇国の発展の一旦を担っているわけだ。 「そちらの皆さんは……」 「ええまあ、傭兵団のようなものをやってますかね。今はオフってなもんですよ。こんな 年末じゃあ、仕事もありませんからね」 「やっぱり色んな場所に行くんですよね」 「そうですねぇ、ロンドニアとか」 「ロンドニア!私も行きました。東出身だから、西は凄く新鮮でしたね〜。女王様すっご く優しかったし」  その発言を二人以外聞いていないのが幸いだった。  自身の不器用さを棚に上げながら呆れるドリーは、カウンターに皿が用意され始めたの を見て、自分から取りにいく事にし、席を立つ。 「海の船もそうですが、砂の船が面白いですね向こうは。アレは魔導抵抗の低い砂でない と量産レベルの呪印では重量に対する十分な推進力が得られないそうで」 「あー、そうなんだー。ロンドニアに入った時あった砂上小船はこんなに便利なのにって 思ってたんですけど、そういう理由だったんだー。魔馬車も高いですもんね」 「ただ皇国の主要都市間の道路には、魔導による加工がしてある区間もありますよ。さす がに全部を砂にするわけにはいきませんけどね」  豆知識のような話をさせると彼ほど舌の早い人間もそう居ないなとドリーは思う。ただ 没頭する癖がある。少女には興味の薄い話題ではないかとドリーは妙な心配をしたが、案 外へえへえと頷いていたりする。  双方が行った事のある各地の話を続けるのを聞き手に周りながら、何はともあれ飯を腹 に収めておくのがドリーの今の仕事だ。  食後に弱い酒で一杯やる頃になると、ドリーらの長が頻繁に魔導時測機へと目を向ける ようになった。 「ドリーさん?」 「いや――――」  立ち上がった理由を適当に紡ごうとしたドリーの口の動きは、しかし紫色の視線を受け て中断される。  爆ぜるように、ドリーが扉の方へと身構えた。その耳には、起きぬけに聞かされた言葉 が反響している。 「実際、皇帝も会いたがってるし、友好的でないと困るんだよ。だから把握した全ての障 害を完全には排除しない。リバランス王女には危険が迫ってもらわなければならない」  背後にいるはずの少女に悪いとは思わなかった。ドリーはそういう事について思考する 気はない。ドリーはただ鋼を志向する。硬い鋼を。  破砕音と共に店に雪崩れ込んできたのは、重厚な鎧を着込んだ戦士たちだった。視界に 入ったのは4人。更に続くか。何者かは知らないが、ボスの言うようなりふり構わないの は確からしい。  迫るそれを見据えて、ドリーは志向に沈む。腰を沈める。足元を意識する。床の下の地 面を意識する。  大地から伝わる力を知覚する。それはひねりを加えられた構えの中で、拇指裏、足首、 膝、内股、体幹へ。マナを体内で己が術に組成するイメージ。それを侵入者たちが三歩進 む間に完成する。  大地と連繋したドリーには、周囲の状態が手にとるようにわかった。少女と、ボスの位 置も。後者が懐から短刀を取り出したのも。先頭に隠れた後ろの敵も。 『地の脈は、それに、螺旋を描く!』  言霊とともに解放する。荒れ狂う力が螺旋のイメージの下に収束。己と二人、ドリーの 認識する『パーティ』へと伝達された。  ドリーの背後より投げ放たれた短刀が、肩を越えて侵入者たちへと向かう。やや放物線 を描くそれに、鎧を打ち抜く力などあろうか。  緑色の魔力波が、短刀の切っ先に渦を巻いた。  そのまま短刀は正面にいた相手の体を鎧ごと抉り砕く。溢れた威力が周囲に飛び散り、 味方の破片に襲われた侵入者たちは、突撃を中断させられた。  ドリーの視界の隅に、幻影の男の背が一瞬映る。  渦巻く緑光の中にそれは紛れて消えた。  あの幻影を見るたびに、ドリーは決意を新たにする。その為にドリーは幻影を決して忘 れないようにしている。そして幻影は一つの匂いをも掬い上げる。冷えた、鉄の匂いを。  そして冷えた鉄を、己の熱情で鋼へと鍛える為に、ドリーは螺旋を描く。かつて炭鉱夫 として鉄を手にする為に生み出した掘削の術。だったもの。  今はもう、それは、全く別のものだ。 「派手にやるぞ、ドリー=ルーガー」  そうあれと言った男の声がする。  徒手空拳のまま、踏み込みの一歩。突き出した手刀もまた、螺旋を纏い、空気を裂くよ うな音と共に鎧戦士たちを突き破った。 「判っている。次はどうする、ボス」 「うわっ、アンデッドだったんだっ」  後ろを一瞥して少女が声を上げた。路地の一本を、三人は逃げていた。  少女の視線の先には、重装しながら疲れも見せずに追ってくる鎧戦士の姿がある。それ らは彼女の言葉通り、兜の下に見える顔であるとか、皮だけで繋がっていて走るたびに跳 ねる腕であるとか、突き出されたグローブもはめていない指先だとかが、生きたものでは ない事を告げている。  襲撃された時の手応えで、ドリーにはおおよそ見当がついていた。だがそれを使役する だけの魔術師の存在や、そういう相手がこうも直接的な手をとってきた事を確認させられ ると気が重い。  横から耳打ちされた声は緊張感の欠片もなかった。 「なに、ブラックバーン=アームが敵というわけじゃない」  それはそうだ。その名は皇国十二軍団の団長の一人の名、大陸最高峰のネクロマンサー の名だからだ。  そんな軽口を叩くのは、狙い通りに進んでいるからだろうか。  共に危険をくぐる。知人の知人を詐称するよりよほど信頼を得られる上に、ボロもでな い。『助けてくれた人たち』というこの上ない立場。  何より―――― 「つ、ぇあ!」  追いついてきた敵をエールの、剣先がなぎ払った。ドリーによる補助魔法が効果を発揮 している為、凄まじい勢いで敵が抉れ飛ぶ。ドリーが見ているのは、彼女の剣技でもなけ れば自分の魔術の効果でもない。彼女が浮かべている申し訳無さそうな顔だ。  一緒にいる二人が、一体なんだこの襲撃はというようなポーズをとっていれば、王女で ある自分が狙われたと思う。丁度ファン=ベル=メルもいない。だからそんな顔をしてい る、のだろう、多分。  上手くことが運んでいるという一方で、ドリーは嫌な感覚が付きまとってはなれなかっ た。  サウリアほど大きな都市となると、路地も入り組んでいる。逃げるルートが多いだけ、 障害が見えるのならば、避けることを選ぶだろう。 「ちっ……こっちか」  舌打ちして交差路を右に曲がるボスについていく。瞬間、その結論に辿り着く。 「ボス、まずいぞ、退路を誘導されている!」 「何……あっ」  相手もすぐに理解したのだろう。顔を歪めて立ち止まった。小声ですばやく問う。 「皆は?配置してないのか」 「いや…………」  言いよどむ相手。といってドリーもそれを詰問できる立場ではない。実際どれぐらいの 事が進行していて、どういう対応をとっているのか、螺旋を纏った鋼でしかないドリーに は判らないのだ。首尾よく事が運んだ時の『足』も用意している筈だし、ファン=ベル= メルのこともある。敵だっていくつ居るのか。  結局、ドリーの役目は一つだけだ。 「…………ボス、突破だ」  ドリーの視線の先、進むべき先には、大量のアンデッドと思しき戦士。  腰を落としたドリーは志向する。何モノをも貫く一本の鋼の切っ先。螺旋に回るそれを。  ただ外の世界を淡く夢想するだけだった暗い洞穴の日々。彼がそこから引き上げられた のは、その術が評価されたからだ。  ドリー=ルーガーは、炭鉱夫という出身故に、確かにがっしりとした体つきをしている。 そして螺旋魔法を生かす為に作られた、回転用ジョイントを持つ特製の槍を装備してもい る。優秀な攻撃力を持つアタッカーではある。  しかしそれは、あくまでドリー=ルーガーを個の戦士として見た場合に過ぎない。その 真価は、宿での戦闘で、確かに発揮されている。 『地の脈は、それに、螺旋を描く!』 「エリス嬢ッ、血路を開く!」  螺旋魔法の効果は、共に大地で繋がっている限り仲間を含む。  徒手空拳が金属を破壊し、緩い飛刀が肉塊を千切り飛ばし、女の手で振るわれた剣が一 帯をなぎ払う。物理攻撃力増強において、ドリー=ルーガーとその螺旋魔法は破壊的に革 命ですらある。 『地の脈は、それに、螺旋を描く!』  ドリー=ルーガーは、最攻の補助魔法使いだ。  そう評した男は、自分の得物を納めてアウラムに手を副える。先ほどよりも荒々しくま とわりつく螺旋の威に、エールが深く息を吐いた。  ドリーは動かない。二人の背後で螺旋を編み上げる。  なぜならその異様なまでの補正効果は 『地の脈は、それに、螺旋を描く!』 「これだけ重ねがけされると、並ではもたんのでね。頼みますよエリス嬢」  重複するのだ。 「突くべしっ!」  力強く、しかしとりたてて目を見張る要素もない凡庸な踏み込みから放たれる刺突。  <ドリルを四重に纏った姫>を見ながらドリーは思う。<D機関は姫の為に>どれぐら い動けばよいのだろうか。この少女を見限る分水嶺はどこなのか、彼は決めているのだろ うか?  緑色の波が渦を巻いて、捩れた空間が悲鳴を上げ、回る。  螺旋。  巨大な破壊力が前方から迫っていた全アンデッド兵を貫き、抉り飛ばした。  路地を構成する左右の家屋。壁は無事としても、突き出た軒や、よろい戸の類まで全て 吹き飛んでしまっている。  突破。  だが走り出そうとする瞬間、地鳴りのような音。 「な」「ん」「だ」  狭い路地の向こうからやってくる、水。水。水。水水水水水水水水水水水水水水水水水 水水水水水水水水。  圧倒的な攻撃力を以って尚、挽回するに不足がある。いや、それは投入機会の判断ミス に過ぎない。だからそれはドリーの不足ではなく、指揮官の失策だ。  しばしの足止めで、敵は一つ手を整えた。させてしまった。 「ぐぅ――――」  鉄砲水のようなそれに、ドリーは押し流される。そういう攻撃に対してはドリーではど うしようもない。一瞬意識が途切れ、気づいた時には衝撃に息を乱して道端に倒れこんで いた。押されたのが十数メートルほどだと簡単にわかったのは、元の位置に二人が残って いたからだ。  エールを支えながら水流をいなしたことにドリーは驚いた。あの彼は魔力はあるが、高 度な防御魔法を瞬時に展開するような構成力を持ち合わせてはいないはずだ。魔法らしい 魔法を使ったところを見た事がない。 (経験の差というやつか……)  年は近いがキャリアは違う。心中で勝手に納得しながら、あわてて身を起こす。痛みを 無視して二人にかけ寄る。自分も含めて、完全に隙だらけだったのに、どうにか無事。  だがドリーが何か言う前に、青年が口を開いた。 「やられた……」  洞穴に溜まった有毒ガスのような重苦しいため息。その様子に、逆にエール本人はしば らく気づかないようだった。 「………………え?あっ、け、剣が!?」  D機関の最大目標、魔剣アウラムが王女の手にない。  激流の中で奪取されたのか。もし相手が攻撃を優先していれば一人か二人は殺されてい たかもしれない、とドリーは考えた。無意味な仮定だ。自分たちの目標を意識しすぎて、 つい敵も同じようにエールを安全に確保してくると考えてしまっていた。 (……どうすればいい?)  ドリーはそう聞きたかったが、相手はぼんやりと空を仰いでいる。前髪から雫が垂れる のさえ気にした風はない。ドリーは口を開けない。祖伝来の品を失って真っ青な顔をして いるエールも同じく躊躇っている。 「グラームズめ、これほどのを出してきたか。道理でドリーがやられるわけだ。直接確か めて正解だった……」  よくわからない事をぶつぶつと呟き続ける。それ自体は、良くあるのだ。しかし、その 捩れた表情、かすれた声。 (俺が……やられる?グラームズ?)  取り乱している。  そういった彼の弱さをドリーは見た覚えがなかった。  実際のところ、それは彼に弱さが存在しないのではなく、ただ本当に『見た覚えがない だけ』でしかなかったのだが、ドリーがそれを理解することはできない。  彼の視線の先、中空に明滅する光点が生まれた。 (信号魔法…………ウチのか?) 「くそ、失敗か……」  それは、現在行動を共にしていない仲間からの連絡なのだろう。恐らく敵に逃げられた、 というような。 『ロード』  確たる事などドリーには何も判らない。  その記憶も、呟きと光の中に消えていくのだから。  早朝、ホセを送り出し酒場に戻った青年は、ドリーの真っ直ぐな視線に苦笑し肩を竦め ることぐらいしかできなかった。  ドリーが自分を心配してくれている事は良くわかっている。危ういものを感じているの だろう。 (だがどうしろって言うんだ。俺に出来る事は判っていることを判っているように振舞う 事だけだ)  誰にも見えぬように浮かべるその笑みが、愉悦から来ているのか疲労から来ているのか、 もはや彼自身には判らない。  だからこそそれは、泥のように澱んでいる。 「ああ、先にクロアを呼んでくる」  それでも、やるべきことを思い出し、彼は立ち上がる。  シナリオを変える為に。  次の『プレイ』は失敗せぬように。 ●ホ  何故こんな事を書くのか覚えてる人なんて居ないと思うが  ロンドニア女王ゼノビアとエルドクリア王女キアラは出ませんよ