マギナ=アカデミアには多くの施設があり、その中には購買部がある。  売っているものは文房具、パンや弁当などの至って血生臭さのないものばかりだ。  しかし、昼休みになればそこは戦場と化し、阿鼻叫喚の光景も見られる。  それもまた数少ない平和な日常のワンシーンである。  本日も変わらず晴天。  昼休み前の仕込みを終え、杵島ミカは大きく伸びをした。  現在は授業中、一部の場所を除けば校内は静けさに包まれている。  そんなことは気にも留めず生徒が一人、購買部の前を通り過ぎていった。  黒い布に真っ赤な血の雫を散らせたような髪の少女だ。  個性的な面子の多いこの学園は、誰が誰であるかひと月もいればすぐに把握できる。  もちろんミカも例外なく、生徒の殆どを把握している。 「おーいサリーちゃん、今は授業中だよー?」  サリーと呼ばれた少女はミカの呼びかけに反応することもなく校舎から出て行こうとしている。  慌ててミカは追いかけた。  なぜなら、ミカは教師でサリーは生徒なのだから。 「なんですか」 「今は授業中。今日早退する子がいるなんて報告にはないん、だ、けど……待って待ってってばー」  ミカが言い終わるのも待たずにサリーは再び歩き始める。  伊達にOBではない、ミカは素早く彼女の前に回り込む。 「こーらー」 「………」  面倒な人間に引っかかったという顔をして、サリーは引き返す。  今までにも、ミカはこの少女とこういうやり取りをしていた。  ただ口で言うのではなく目をじっと見つめて、道を塞いでしまえば大概諦めてくれる。  決して怒ったり、力尽くで戻そうとしてはいけないものなのだ。 「よしよーし。それじゃ、私と店番しよっか?授業出たくないんでしょ」  にこり、と微笑を浮かべ、返事は待つことなく購買部にサリーを連れ込む。 「帰っていいですか」 「教室に帰るならいいよ」  ここでも笑顔。童顔で体つきもあまり大人びてはいないが、年相応の手管は持っている。  他の教師のように威厳をもって生徒に接するようなマネはまだまだ出来ない。  若輩者には若輩者のやり方で生徒に接していく。  学園時代の親友に教わったコツを忘れないように。 「……」  少女は不機嫌そうに隣の椅子へ腰掛けている。  その目は暗く、何かへ向けて嫌悪感をもった光が写っている。  端正な顔立ちは眉間に寄せられた皺と、ぐっと引き締められた口元で台無し。  この学園には似たような生徒が何人もいる。  魔物と戦う人間には使命感や才能だけで戦っている者は多くはないのだから。 「なんですか」 「せっかく可愛いんだから、笑った方がいーよ?」 「ふん」  軽く一蹴され、さすがにミカも苦笑いを浮かべた。 ――連絡します。杵島先生、職員室までお越しください。――  校内放送の無機質な声に、ミカは席を立つ。 「あ、ちょーっと店番よろしくね」 「勝手にどうぞ」 「いってきまーす」  返事をするもの億劫だとばかりにサリーはミカから視線を外す。  ミカもそれを気にしているほど繊細でも、暇でもなかった。  まっすぐ、職員室を通り過ぎ校長室へ向かう。  校内放送での呼び出しは職員室とあったが、実際に向かうべき場所は違う。  校長室の前に着き、控えめなノックを2回。  教師という身分になってもここへ入るのはミカは苦手にしている。 「失礼します」 「余計な説明は省く。顕現場所はここ、旧校舎から北東に100mほど。時間はない」  ああ、やっぱりこういうことか。  平和な日常を満喫するのは、後回しになった。  了解、とだけミカは答え目的地へ向かう。  一分もかからずに、現場へ到着したミカを待っていたのは一体の魔人。 「こ、これは……」  蛇腹剣「プリシア」を片手に構えたミカだが、形容できかねる光景に思わず思考停止しかけた。  本能が警鐘を鳴らす。今すぐにでも逃げ出したい。 「い、いや……」  もう既に3歩ほど引き下がっているほどに、 敵は、 「変質者ぁああああ〜〜〜!!!!」  気色悪かった。 「あらぁ、ヒドいわねん。あたいの芸術的美貌を理解できないなんて人生の九割は損してるわよ。 もっとも、あんたみたいなちんちくりんの小娘に気に入られたってうれしくないんだ・け・ど」  魔人ヴー=ローズ。  現在確認されている魔人の中で女性受けしないランキングトップ3圏内を2世紀以上滞在している存在である。 「に、逃げちゃ駄目よミカ。ちょっと見た目がアレなだけじゃない……大丈夫、大丈夫……やっぱり無理ぃ!!」  半泣きになりながらも、1歩踏み出してマギナを構える。 「あんたがそうやって、あたいの青田刈りを邪魔するっていうんなら……仕方がないわぁ」  魔人が手にした筆で中空に絵を一つ描き上げる。  その筆が止まる寸前、ミカは咄嗟に横へ飛び退いた。  先ほどまでミカのいた場所を一筋の閃光が貫いていく。  当たれば問答無用で殺されていた。 「あたいのアートを避けるだなんて、いいじゃない。ちょっとだけ本気見せちゃうわ」  すごく気持ち悪いです。  二種類の悪寒にさいなまれながらの戦闘は、断罪姫と呼ばれたミカにも初めての経験である。 「さあっ来なさい、展覧会のスタートよ!!」  ぱちん、と魔人が指を鳴らした瞬間、空間に亀裂が走った。  肺を内側から圧迫されるような感覚が、ミカを襲う。  後で吐いて、ウコンの力でも飲もう、と誓い、亀裂へ向けてマギナを振るう。 「プリシア!!」  呼び声に反応するように、崩壊のアストラル処理をされた蛇腹剣が唸りを上げる。  亀裂から這い出て間もない魔物たちは、茨に絡め取られるように蛇腹剣に飲み込まれ、爆砕した。  出現場所が分かっていたとはいえ、軽く三桁を超える魔物たちを一瞬のうちに破壊してのけた力量は並大抵のものではない。 「甘いわよ、お嬢ちゃん?」 「しまっ……!?」  背後からの殺気、殺気!!  魔物たちに気を取られていた所為で魔人から気が逸れてしまっていた。  眼前に迫るのは巨大な口、マギナを縮めるには時間がない。  ミカは逃げるわけでも魔術を放つわけでもなく、そのまま飲み込まれてしまった。 「自殺ぅ?勝てないからって、それは美しくないわぁ」  思わず魔人が落胆の声を上げた次の瞬間。  ミカを飲み込んだ蛇にも見える魔獣が破裂した。  破裂の中心には、ミカとそれを守るように覆う蛇腹剣。 「紙一重、ほんとにぎりぎり……一瞬でも迷っていたら噛み潰されてた」  返り血の一つも浴びず、ミカは大きく息を吐いて魔人に言った。 「まさか、あたいの子の喉の奥に飛び込んだっていうの?そんなことするなんてよっぽど馬鹿よ」 「うん、馬鹿なんだ。でも私の得意科目ってこれしかなかったから。美術なんてほんとに駄目だったもん」  元の長さに縮めた蛇腹剣の切っ先を魔人に向け、ミカが歩を進める。 「もったいないわぁ、どうして貴方「こっち」側じゃないのぉ?」  くねくねと生理的嫌悪感を催す動きと共に、魔人が宙へ浮く。 「逃げるつもり?」  慌てて追いかけても罠があるかもしれない。  言葉と顔だけは魔人に向け、周囲の気配を探る。 「お楽しみはまだまだ先よん?あんたは絶対にあたいが壊してア・ゲ・ル♪」  気色の悪いウィンクを飛ばし、魔人は虚空へ消えてしまう。 「……きもちわる」  何にせよ、一往の危機は去ったようである。出来ることならば二度と会いたくない。  事後処理は他の、校長辺りが派遣してくれるだろう。  そう思って、ミカは真っ直ぐに購買部へ歩を進めていった。  その頃、購買部では。 「貴様等ぁ!ぶっ殺ス!!!パンの一つくらい大人しく買えぇえっ!!」  ファッ○ユーと全身で体現しながら、注文をさばいてゆく一人の少女。  ここは昼休みの購買部。  学園内の人間に知らぬものはいない、腹を空かせた魑魅魍魎が群れをなして襲いかかる地獄の空間である。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 借りた設定 ■学園マギア■ 杵島ミカ(21)♀ 学園にて臨時講師兼購買部お手伝いをしている女性。 一般生徒からはミカちゃんと呼ばれるほどにヘッポコで親しみ易い。 加えて童顔な為、生徒によく間違われる。 科目は国史で、かなりの歴史オタク。好きな戦国武将の話になると止まらない。 学生たちにはあまり知られていないが学園OB。かつては「断罪姫」と呼ばれていた。 とある事件の際、2対数百という圧倒的不利な状況から生き延びたという戦闘のプロ。 武器は蛇腹剣のマギナ「プリシア」。 「崩壊」のアストラル処理が施された刀身は触れるもの全て破壊する。 刀身の収納時は40cm程だが、展開時には10m以上の長さとなる。 学園専属のエージェントであり、学園に近づく上級クラスの魔物を駆逐している。 普段の姿は擬態ではなく、戦闘時以外は昔からヘッポコさん。 ■学園マギア■ 魔人ヴー=ローズ 何処からともなく現れる謎の魔人。控え目アフロの口髭マッチョで良い胸毛 上半身は裸だが下半身は黒パンスト一丁で自称芸術家のおっさん。 一人称は「あたい」なうえオネェ言葉でマシンガントーク自重しない。 筆で空中に様々な効果を持つ絵を描けるほか、 空間の裂け目を描いて魔物を大量召喚したりできる。 しかし彼の真の称号は「ゲイ術家」。つまり彼の本当の芸術とは… ■学園マギア■ サリー=スティレット(16)♀ Magina-Academia所属の女生徒。 黒と赤の斑状の髪が目立つ、西欧風の顔立ちの少女。 髪は天然ではなく、魔術で染めている。 無表情の鉄面皮で戦闘訓練以外の講義には一切参加してこない。 無口で愛想もないがやたらと短気で、校内でも何度か問題を起こしている。 数年前にマギナ使いであった兄と両親を目の前で惨殺された過去を持つ。 転送魔術に長け、学園など近場の武器庫から勝手に武器を取り出して使い捨てる戦法を用いる。 体術と取り出したマギナの能力把握に長け、どんなマギナも一度か二度なら使いこなせてしまう。 自身のマギナはなく、実のところマギナを使い捨てられるだけの「魔術士」である。