跫(あしおと)が近づいて来る。  音自体はさして大きくはないし、周囲を揺るがす訳でもない。  だがそれは、耳にする者の心胆に染み入る凄絶な響きを備えていた。    薄く目を閉じ、魔理佳はその跫を聞いている。  四つ数えながら深呼吸し、同様に息を止め、同様に吐く。儀式魔術で行われる四拍呼吸をベ ースにした精神統一法は、M-Aでは最も基礎的な技術だ。  数度も繰り返すと呼吸は落ち着いた。普段なら精神も追随する。  今回は無理だった。音が響く度、少女の心は漣のように揺れる。――近づくものへの怯えに。    元より窮屈な姿勢だったが、魔理佳は『哭制刀』を引き寄せる。  ごつり、ごつりと重い音を立てる気配の巨大さは、見なくても感じ取れた。  巨大でありながら凝集し、凄まじいまでの密度となったその気配が停止した。魔理佳のごく 近くで。      あれだけ通路中を舞っていた呪符は一枚も落ちていない。――とは、黒き魔人の知るところ ではない。  黒い壁≠フ少し手前で、バルナ・ガルグリフは立ち止まった。  足元にはブレザーの少女がうずくまっている。背を壁に預け、黒刀を抱くようにして座りこ んでいた。俯いた顔も全身も小刻みに震えている。  魔物の複眼が僅かに光った。   「――下らん」    言い捨てるや、横殴りの暴風が走った。  唸る右の裏拳をもろに受け、少女の体は爆発したように四散した。    血糊を盛大に振り撒いて、白い手足や鮮やかな臓腑が辺り一面に広がったのとほぼ同時―― 猛禽類の如く、魔物の頭上に何かが舞い降りた。  それは定規で引いたような一直線を飛び降りざま、振りかぶった黒剣を叩きつけたのである。    魔理佳だ。  彼女は天井の、まだ施工されていない廃棄ダクトに潜んでいたのだ。  転じて床を見れば、今の今まで魔理佳だった残骸は、血の跡一つ残さず消えている。  代わりはあった。千切れた紙切れのようなものが落ちている。仔細に観察すれば、元は呪紋 が記された紙片だった事が判ったろう。  闇の魔術で使われる呪符だ。術者のアストラルパターンを転写する事で、術者本人に見紛う 偽物に仕立てる幻戯(めくらまし)――変わり身の術に他ならない。    魔人は右腕のみを目の高さまで上げた。  それだけの動作が、しかし文字通り大上段からの剣勢を防ぎ、のみならず弾いていた。  甲高い残響の尾を引きながら、魔理佳はあらぬ方向へ跳ね飛ばされた。  それでも空中で一回転し、危なげなく着地するや、はっとしたように少女は横へ数メートル も飛び退く。    轟音が通路を揺るがした。  間髪入れずに追ったバルナ・ガルグリフの下段突きが、床を打擲(ちょうちゃく)したので ある。  通路の端から端まで放射状に広がった亀裂の中心点は、数瞬前に魔理佳が着地した場所であ った。呼吸一つ分遅れれば、変わり身の幻影ではなく本体も同じ肉塊と化していたろう。  床へ突き込まれた黒腕に疵一つない事を確認し、魔理佳の整った顔がこわばった。   「――流石に、こんな手に引っかかりませんか」 「下らん、と言った」    相手が拳を抜くのに合わせ、魔理佳は動いた。口に出して一つ二つと数えるより遥かに速く、 剣に必殺の軌道を選んで走らせる。  ほんの半歩下がる事で、魔人がその斬撃を回避したと悟った時、魔理佳は剣尖を下段につけ、 相手に背を向けた。  瞬転する足捌きは半円で止まらず、三百六十度を踏んだ。運動力学上の遠心力に導かれ、下 げた刃もまた下方より急襲する撃剣と化す。  死闘の只中、敢えて無防備を晒す事で虚を衝き、攻めの主導権を握らんとする騙し技だ。し かし、     「よくよく小細工が好きとみえる」    黒刀が断ったのは、またもや僅かに退った魔人の声のみだった。憫笑に近いその口吻が、少 女をかっとさせた。  猛然と斬りかかった。  閃、また閃。黒光が彩目の紋をえがく。――華麗なる剣の舞だ。  一気呵成の乱撃と見えて、細かく上、中、下と撃ち分けている精妙な剣である。傍目には、 魔物が防戦一方と見えたかもしれない。  だが、背に冷たい汗を生じさせているのは魔理佳の方だった。  魔理佳の攻撃は、遂に一太刀も魔人へは届いていない。  全ては避けられていた。最小限度、ミリ単位で読みきった上で、である。  死の点と線が秒瞬の内に交錯する死闘において、それだけの見切りをしてのける――断じて 尋常の感応ではなかった。      不意に黒い装甲がくるりと反転し、一瞬魔理佳はたたらを踏んだ。  袈裟懸けの一刀を避けながら、魔界の武人は流れるような後ろ回し蹴りを放ったのである。  死闘の只中、敢えて無防備を晒す事で虚を衝き、攻めの主導権を握らんとする騙し技――で あった。 「楯(マーゲン)=I」  垂直に立てた峰へ片手を添え、魔理佳は呪句を叫んだ。単発詠唱(ショートカット)による 魔術行使は三割がた効果を減じるが、それでも最大出力で『護壁』を緊急展開。  魔理佳の眼前に青く光る六芒星の印章が発生し、しかし次の瞬間、黒き踵の膺懲に木っ端微 塵となって粉砕された。  足刀の衝撃力は剣身を捉え、更にその保持者たる少女を痛打し、大きく後方へ弾き飛ばす。    M-Aの生徒に支給される制服や衣装は、特殊な繊維で織られている。ごく普通の見た目や手触 りに反する優れた対刃・対衝撃性能だけでなく、簡易な魔法防御力まで備えている。  加えて任務中は、個々人で対物・対魔防御の呪文を重ねがけするのが普通だ。  魔理佳も同様である。そうでもしなければ、人外の爪と牙を光らせる魔物に正面から立ち向 かえるものではないのだ。    そんな幾重にも及ぶ防御陣も、この魔物が揮う力の前では児戯に等しかった。  否、ただの膂力ではない。  修練だけでは足りない。天賦だけでは埋まらない。  動く事すら技と言わしめる領域にまで練り上げられた、これは武技の精髄なのだった。      五メートルも後ろに吹っ飛ばされ、魔理佳は床に叩きつけられた。  度外れた衝撃に胃液を吐く。苦悶に面貌を歪ませながら、すぐさま立ち上がって構えたのは 流石にM-Aきってのマギナ使いと言えた。   「それで仕舞いではあるまい」    魔物は何の高揚も感じさせぬ声で言った。緩やかに歩を詰め、近づいてくる。  急いて追い討ちをかける必要などない。――そう判断されたと、魔理佳は解釈した。己と同 じ手管をまんまとやり返された屈辱と合わせ、眦が引きつり上がる。  少女の憤怒を知ってか知らずか、黒き魔物は、   「まだ底があるだろう。見せてみろ」 「なら――こんなのは如何です?」  口元を拭いつつ、魔理佳が雌豹のような笑みを浮かべた時――。  花吹雪が舞い散った。色は白だ。  今の今までは何の変哲もなかった壁から天井から、大量の紙片が噴出したのである。    少し前、魔理佳が通路中に開陳した数十枚に及ぶ呪符だ。  霊的迷彩を施された上でそこら中に貼られていた呪符が、その実体を露わにしたのだ。重な りながら付着せず、落ちながら積もらぬその一枚一枚には赤い燐光が灯っていた。  火を象徴する獅子宮の印が。    火の妖気を孕んだ呪符は、術者の号令があればその場で爆発し、骨まで焼き尽くす炎を噴き 上げる。  ましてやこの数だ。これは引火性のガスを充満させているに等しい死の罠であった。   「獄炎≠ノアストラル設定した汎用呪符、計九十六枚の一斉起爆――あなたの装甲は魔術へ の耐性も備えているそうですけど、これは効きますよ」 「ほう」    降り注ぐ紙吹雪の下、バルナ・ガルグリフはさして興味もなさそうに言った。   「だが、この距離ではお前も只では済むまい」 「ご心配なく」  魔理佳は左手で印形を結んだ。と、呪符の一部が動いた。十数枚分の符が少女の周囲を巡っ たかと思うと、透明な壁に貼りついたかのように空中で静止する。   「障壁は持ちます。あなたを灰にするまでなら」  これで、と魔理佳は続けた。「計算通りです。私の勝ち」  少女は黒い剣を振った。それが合図だったのか、浮遊する全ての符が赤光を放ち、  爆発した。  初源の時の如く――世界は炎で充たされた。       「――火を使ったか」 「へ?」    思わず洩れた呟きを狂平に聞きとがめられ、クリフは「何でもない」と首を横に振った。  通常なら、結界を隔てた事象など窺う事は出来ない。しかしクリフの極めて鋭敏な霊的能力 と、何より氷を操る彼自身の属性が、相反する火の妖気の発動を察知したのだろう。    少女と魔人が死闘を繰り広げるアツィオウスの壁≠フ向こう側である。  壁≠フ前で瞑目し、両手を翳しているのはエプロンドレスの少女――アリスだ。  闇色の壁面を走る放電光が、常ならぬ激しさで弾けた。のたうつように連続する。  リボン・カチューシャ『ワイズマンメモリ』の赤い宝玉が、うっすらと同色の光を放ってい る。結界障壁を解呪するの為の術式(サーキット)を組み上げている最中なのだ。    その後ろで、クリフと狂平は呪印を結んでいた。  二人とも自分の魔力をアリスに供給する事で、『ワイズマンメモリ』が持つ演算処理能力を 増加させているのである。      印を結ぶ姿勢を崩さず、クリフは口を開いた。   「糸井君、君は桐生さんの出生について知っているか?」 「……何スか、藪からスティックに」    訝しそうに訊き返した狂平は、それでも答えた。   「あれでしょ、餓鬼の頃にどっかのでかい門=c…何つったかな、そこで見つかったとか聞 いてますけど」 「『忌導門』だね」 「そうそ、そこ」    大陸の東部にある門≠フ一つである。幼い頃、魔理佳はそのすぐ傍で発見されたという。  さるM-Aの教師によって引き取られ、マギナへの高い適正を認められて後、学園の戦士として 今に至る。――それが桐生魔理佳の経歴だった。   「精密検査の結果で否定されたが、そもそもの発端をして彼女は魔物の同類だと言う者もいる」 「やっかみ半分じゃないんスか」    あっさりと狂平は肩をすくめた。 「剣も魔術も、どっちも成績いいでしょ、桐生先輩って。魔物かどうかなんて関係ねえし、俺 は普通にすげえと思うけど」    見たままを信じる――そんな気性が吐かせる言葉だった。  狂平はクリフを睨みつけた。   「なんでそんな事、訊くんです? 桐生先輩が魔物かもしれねえから――助けなくていいとで も言うんスか?」 「一番そう思っているのは、桐生さんだろう」    クリフの口調は静謐だった。日々の挨拶も、自分への死刑宣告も、どちらも変わらぬ調子で 口にするに違いない。   「いざという時の捨石は、魔物かどうかも判らない自分だけでいいと――彼女は我から線を引 いている。線だけじゃなく溝まで掘っている観もあるな、困った事にね」 「そんな……」 「――なら、そんな態度は間違ってますって、きちんと教えて差し上げたらいいんですわ」      怒ったような声が飛んだ。  アリスである。闇の壁へ向いた姿勢のまま、大人びた口調で、   「今回だって、そうやって一人で先走られたのが元でのトラブルなんです。もっと年長者とし ての自覚を持って頂かないと、下に示しがつきません。私、魔理佳先輩にはちゃあんと物申さ せて頂きますわ、ええ」    少年二人は、横目を交し合った。  それはつまり、一刻も早く魔理佳を救出して後、という事なのだった。    「……だ、そうっスよ」 「正しいね」と、クリフは穏やかに頷いた。「早いところ彼女を助け出して、皆で言いたい事 を言ってやるとしようか」        狂熱の花弁が咲き狂い、跳ね返っている。色はただ一色、紅蓮である。  魔理佳が喚んだ業火は竜巻のような渦を巻き、黒き魔人の姿をその渦中に没し去っていたが、 空中で静止した符の呪圏(スペル・バウンド)である魔理佳の周囲には、その超高熱は熱風の そよぎ一つといえど侵入を許されてはいない。  にも係わらず、炎に照り映える魔理佳の額には汗が滲んでいた。    防御の障壁もあるし、元々呪符による攻撃は、属性の如何を問わずある程度の指向性を備え ている。  とは言うものの、この至近距離で、この威力の攻撃だ。相手には防御は十分持つなどと大見 得を切ったが、実際はかなり危険な綱渡りなのだった。    不意に、魔理佳は熱を感じた。  周囲で燃え盛る妖火などとは桁を――ではない、質を異にした灼熱を。       ―― 一陣の風が吹きすぎた。  ふわり、と艶やかな髪が揺れた。      魔理佳は眼を瞬かせた。何が起きたのか全く判らなかった。  眼鏡に映る光景が現実ならば、周囲の猛火は火種一つ残さず消失していた。白昼夢の如く。  自分の周囲を護っていた符は、ひらひらと力なく落ちる所だった。通路や天井全体がどす黒 く煤けているのは、炎の舌が舐めていった痕だろう。    もっと黒いものが向こうにいた。  魁偉な彫像のように、バルナ・ガルグリフは立っていた。全身から立ち上っている白い靄は、 業火の洗礼を受けた名残りか。  位置は先程と変わらない。腰を僅かに落として、握った右拳を突き出している。  人間ならば――そして武術家ならば、正拳突きを放ち終えた姿であった。    ごぼり、と魔理佳の口から塊のような血がこぼれた。  体が傾ぐ。杖のようについた黒剣で、ようやくバランスを保つ。  自分の体中で途轍もない悪寒が荒れ狂っている事に、ようやく魔理佳は気づいた。   「なに……これ……」   「お前の計算違いだ」と、バルナ・ガルグリフは答えた。誇るでもなく、淡々と。     「こちら側≠フ言葉でなら『魔鬼勁』とでも名づけるか。人魔を問わず、達者の屍山血河を 以って鍛えし我が技、生半に破らせはせぬと知れ。――いいや、もう知ったな、その身で」      ――こちら側≠ノ、人類の歴史と歩みを共にする文化があるのと同じく、向こう側≠フ もの達も異界の理に則った精神活動を築き上げている事は、接触の早い段階から知られていた。  魔物の種族差・個体差はあまりにも著しい為、人間のそれとは隔絶した有り様ではあるが、 上級魔と呼ばれる高位種族間において、系統立てられた知識や技術の伝播が行われている事は ほぼ間違いないとされる。  それは戦闘というコミュニケーションにおいても同様だった。つまり、武術も。    丹田にて生命エネルギーを練成し、経絡によって全身へと循環させた上で、驚異的な力を生 み出す身体操作法――気功と言う。  これとほぼ等しいメソッドを、魔物の一部も行使し得るのだ。バルナ・ガルグリフは、この 異界異形の気功武術――曰く『魔鬼勁』の使い手だったのである。    人のそれと同じく、体内で練られ、凝縮された闘気は、身の内に溜めれば物理・魔術双方の 攻撃を無効とする強固なフィールドを形成する。なまじな武器で攻撃を加えても、反動として 返される勁力の負荷の前に自壊するのは、魔理佳が放った十二の魔刃ことごとくが砕かれた事 でも明らかだ。  そして一たび放出すれば――不可視にして質量ゼロの気≠ヘ、恐るべき衝撃波となって敵 を襲う。  疵一つつけず、しかし立ち塞がるもの全てを死に至らしめる魔的な波動を以ってすれば、業 火を無すなど容易い事だったろう。   「幾許かの無聊を慰めてくれた礼だ」    構えを解き、黒ノ魔人≠ヘ告げた。 「痛みは与えぬ。一撃で終わらせてくれる」       再び近づいてくる魔物の姿を眼鏡に映しながら、魔理佳は苦悶に全身を震わせていた。  抗いたくても、また逃げたくても、魔気に撃たれた体はまるで言う事を聞かない。    死に際の一瞬にそれまでの人生全てを垣間見る、という話など嘘っ八だと思った。何も浮か んで来はしない。  目に入るのは、今にも突き込まれんとする黒い拳だけだ。  ああ、ほら。弓でも引くように、大きく大きく振り被って。  最後に視覚へ焼きつけるのがこれなのか。自分を殺そうとする凶器なのか。    厭だ。     頭の芯が灼き切れそうになる程思った時、ほとんど音を立てて魔理佳の意識は途切れた。  空白になったそこに、すぐに替わりのものが入ってきた。そして、       ――そして、城塞の鉄門をも拉ぐ黒い拳打が、少女の体を貫いた。      バルナ・ガルグリフは低く呻いた。  己の拳に貫かれながら、何一つ手応えをもたらさなかったそれが、少女の超高速移動が生ん だ残像だと認識したのである。  魔理佳の姿は空中に在った。  その身を、左右でも背後でもなく前方へと躍らせ、跳び箱でも跳ぶかのように、伸び切った 相手の黒腕の上に片手をつきながら。    不安定な姿勢は一瞬だった。少女の体は旋回した。  全身のばねを駆動させて放たれた回し蹴りが、黒き魔人の首筋へ叩き込まれる。さしもの魔 人の反応すらを封じたほどの蹴撃を利して、少女は更なる上空へと駆け上がった。     「いええええええッ」      気合一声、闇に灼き金のような痕跡を残して放たれた斬戮の太刀が、真っ向上段から迸る。  大輪の火花が散った。  ×の字に組んだ黒い二の腕に阻まれ、しかし魔刃はその腕の半ばにまで食い込んでいた。     「やはり混じっているな、貴様」  落ち着いた声音で言い放つや、バルナ・ガルグリフの双腕に尋常ならざる力が篭る。  その力に逆らわず、少女は剣を引き抜きながら飛燕の如く退った。  着地と同時に右八双に構えた少女の口が、かっと開く。  高らかに叫んだ。    声というものが分子の振動なら、魔理佳が発しているこれは声などではない。  それは、波動であった。  大気を塗り替え、天と地をどよめかし、一切を食んでゆくエントロピーの発露だ。   「おまけに『召喚の蛮名(ゴーティー)』とは。――こちら側≠フ存在が、妙な技を使う」    バルナ・ガルグリフの声には感嘆が混じっていた。  人間の喉では発音不可能な異界の神名を唱える事により、己が魂魄を揺るがし、潜在意識に 眠る無限の秘力(フォース)を汲み上げる闇黒魔術の秘儀――『召喚の蛮名』。  それは忌まわしきけだものの咆哮とも、旧き大伽藍に木魂す声明(しょうみょう)とも感じ られる、奇怪な絶叫であった。     「善き哉」    哭(おら)び猛る魔少女を前にしてバルナ・ガルグリフは妖々と言った。  もし人と同じ表情が取れるなら、この魔物は笑っていたに違いない。   「俺の目に狂いはなかった。お前は、俺が俺として在る理由に足る」    謎めいた魔人の呟きと共に、声は止んだ。  爛々と光らせる蒼い瞳を映し、黒い両爪が持ち上がる。  どちらからともなく走った。  かたや地獄の死線を戦い抜いた武人の速さで、こなた闇の秘力を漲らせた魔性の迅さで。      相撃つ凶器が咲かせる百千の火花を添え物とし、彼我の気と気が争鳴する。  刀が哭き、拳が吼える度に虚空は裂け、割れた。木端微塵になった大気は、その次の瞬間に 七花八裂して乱れ散る。    何十何百合に及ぶ応酬の果てに、両者は飛び違って離れた。  バルナ・ガルグリフは諸手をうっすらと上げた。黒剣を捌いた拳の甲殻は、細かい罅割れの ような疵から黒い飛沫を散らせている。  『魔鬼勁』の護りを、秘力で増幅された漆黒≠フ魔刃が破ったのだ。  黒き掌底のすぐ先の空間が、突如陽炎のように歪んだ。  掌底より放射される『魔鬼勁』の絶技。それは床から天井に達する直径を持ち、魔理佳目掛 けて音も無く強襲した。  黒い水車が廻った。  気塊に打ち倒される筈の少女は、剣を振りぬいた姿勢のままに立っている。  電閃となって放たれた『哭制刀』が、不可視の気を真っ二つに断ち切ったのである。    再び跳ね上がった黒い刀身で同色の雷光が爆ぜる。  愛刀を伝い、オーバーフローした魔力の稲光を顕在化させたまま、少女は地を蹴った。  黒き魔人もまた。  互いの背後に等しい距離を引き、黒き剣と拳は束の間、一つになり――そして離れた。        魔人に背を向けたまま、魔理佳は片膝をついた。  びちゃり、と音を立てて床が濡れた。口元と、脇腹から噴き出る血塊で。  何たる無惨か、少女の左脇腹は、ほぼ完全に抉り抜かれていた。    同じく背を向けたまま、黒き魔人は静かに訊いた。   「人間よ。お前の名は?」 「桐生魔理佳」    血混じりの声で少女は答え、魔人は頷いた。   「――見事だ」    掛け値なしの賛嘆が篭った声と共に、黒曜石の胸元で縦一文字の罅が走った。  と見る間に、紅い核(コア)の上を通るそれは、黒い血汐を噴きながら大亀裂となって 魔人の体躯を割った。      その様を目の当たりにせずとも、手応えあり――と魔理佳は確信していた。  そして、自分の死も。  このままでは助かる見込みは薄い。それほどの深手である。  一時、魔理佳の精神を支配した人格――獰悪とさえ言える不可解な攻撃衝動も、その身 に宿したかりそめの秘力と共に失われている。  それが何だったのかは少女自身にも判らない。    それよりも、すぐ傍に死神を待たせながら、魔理佳は不思議な安堵を感じていた。  どうあれこの恐るべき大敵は斃したのだ。これで皆に――クリフ達に害が及ぶ事はない。    ふと、視界の隅に煙のような筋が映ったのに少女は気づいた。  出血多量が生んだ幻覚かと思ったが、違う。確かに自分の右手に、細く長くたなびく靄 のような翳りが纏わりついている。     「見事だ」と、魔物はまた言った。「キリュウ・マリカよ――お前は次≠ノ相応しい」       その黒い靄は、バルナ・ガルグリフの生命の中心――紅き核より生じていた。     【To Be Continude】        ■学園マギア■ 魔術と科学が混濁する世界。 人は”マギナ”と呼ばれる武器で魔術を行使し、科学をもってこれを鋳造した。 マギナとはマギ(魔法)とマキナ(機械)が組み合わされた造語である。 人は戦わねばならなかった。 心を持たぬ機械のように無慈悲な殺戮を繰り返し、飢えた獣の如く人間を喰らう異界の魔物達。 そして、それを利用する悪しき人間達と。 魔物の肌は鉛も火薬も通す事無く、ただ、マギナによる攻撃と魔術でのみで駆除する事ができた。 しかしマギナを自在に扱う才を持ち、魔物を駆逐できる力を持つ人間は極わずか。 そして素質ある一握りの子供たちを集め、実戦を経て人を守る教育機関が創られた。 特務学術機関「Mgina-Academia」 年端もいかぬ少年少女に高度な魔術とマギナによる戦闘技術を教育し、 形だけの学生生活を味わわせるその機関を、人は『学園マギア』と呼んだ。 社会を守る為の生贄の兵士。彼らは何を思い、何を成すのか。     ■学園マギア■ 桐生 魔理佳(きりゅう まりか) 特務学術機関「Magina-Academia」に所属する18歳。 茶髪のロングヘアで赤縁のメガネが特徴の女子。瞳は青い。 赤いラインの入ったベージュのブレザーに赤のプリーツスカートが基本スタイル。 日本刀型の接近戦用マギナ「哭制刀(こくせいとう)」を扱う。 「漆黒」のアストラル処理の施された刀身は黒く、魔物の皮膚を容易く切り裂く。 黒魔術に精通し闇の力を身に纏う。 異界の扉付近で見つかった捨て子で学園マギアの教師に拾われた。 高いマギナ適正を持ち、魔物の弱点を見抜く鋭い洞察力を持つが、 想定外の事が起こると脆く、一流のハンターには程遠い。 クールを気取るが感情の起伏が激しく、挑発されるとすぐカッとなる。 「計算通りです」が口癖。     ■学園マギア■ 富美櫛クリフ(ふみぐし-) 18歳 男 特務学術機関「Magina-Academia」所属。 ブレスレットと一体化している弓型マギナ「観鴬(みのう)」を使う。 「観鴬」は「氷繰」のアストラル処理が施されており、 氷の矢を放ち対象を凍らせる事ができる。 姫カットでポニーテール、長身。 年齢に対し不相応なまでに落ち着いた青年。 有名な茶道裏千家の跡取りで、茶道を身に着けている事もあり、身のこなしが美しい。 性格的にも能力的にも前に出ることはまずなく、指揮や補助を行う。 怒ると怖い。無表情で切れる。 弓道部所属。     ■学園マギア■ 糸井 狂平(いとい きょうへい) Magina-Academia所属の17歳男子 着崩した制服に茶髪とピアスという俗に言う不良少年 所持マギナは背面に装備し敵を切り刻む多脚型マギナ『姫蜘蛛』 8本の銀色の脚を刃のように操り息つく暇を与えない連撃を得意としている 戦闘の際も必要以上に怪物を斬り刻んだり弱った相手を嬲る傾向がある 残忍性を隠そうともしない問題児だが、友人たちには割と気さく 妹が一人おりベタ甘やかしのシスコンという一面もある 姫蜘蛛は狂平から切り離して蜘蛛型マギナとしての単独行動も可能     ■学園マギア■ アリス・ブレイゾン 特務学術機関「Magina-Academia」に所属する少女。13歳 金髪ロングヘアーで青いツリ目を持ち、小柄な体型が特徴 真っ赤なエプロンドレス姿で、下は白のハイソックスを穿いている お嬢様育ちで頭はいいが、プライドが高く子供っぽいので、周囲と衝突する事が多い しかし根はいい子で、いざという時の行動力には定評がある 所有するマギナはワイズマンメモリ。赤い宝玉の付いた大きなリボンカチューシャである 宝玉の中には様々な知識と膨大な魔力が封じ込まれており、装着者の知力と魔力を向上させる 炎系の魔法が得意で、主に後方からの支援や現場指揮などを担当している ただし効果を発動させている間は精神的な負担が大きい為、長時間の使用はできないのが欠点     ■学園マギア■ バルナ・ガルグリフ 複眼で昆虫っぽい顔の魔人 胸に赤いコアを持ち肉体にフィットした黒い甲殻を身にまとう この甲殻は魔術を大きく減衰させ、 アストラル処理したマギナでなければ効果的なダメージをあたえられない 自我を持ち知性があるため魔物としては上級にあたる 人間を襲う時は必ずマギナ使いを襲い 一対一で倒した相手しか食べないという不思議な魔物 武装は両腕の拳のみ 他の魔物の横槍などが入り一対一を邪魔されると横槍を入れた魔物を殺した後、 「食欲が薄れた」と言って元の世界へ帰ってしまう