「俺の右に出る俺がジャスリル=キンシャーサ!おい俺の左にも俺がいるぜ!」  暗い闇の中、魔物を狩りし者が疾走する。  足音の一つも立てることもなく、むしろ 「馬より早いよな、俺」  今ので台無しになった。  それはさておき。 「今は任務中。年下でもちゃんと先輩扱いして先行してあげる僕って素敵?」  独断専行とも言うべき先行である。  灰色の髪は月の光さえも吸収してなお暗く鈍い。  顔中に巻かれた薄汚い包帯は呼吸口や視界さえも奪っているように見える。 「居眠りばっかしてるから涎臭くってさ。嗅いでみる?犬も逃げるよ」  傍から見れば虚空に向かって語り掛けつつも、周りには誰もいない。 「いるいる、あそこに雑魚……雑魚?って、なんて読むんだっけ。 ざつぎょ?ぞうぎょ?ざうお?」  下らない、低レベルにも程がある疑問に首を傾げながら、ベルトに掛けられ ていたダガーを抜いて構える。 「そうだ、ザッコだ。 今回はザッコだけみたいだ」  無線で通話しているようにも見えるが、通信機器など一つも持っていない。  付け加えるなら、彼がしゃがんで無線通話ごっこをやっている内に周囲にはニア  ル・デアが七匹ほど彼を囲むようにして集まってきていた。  その距離10メーター弱。 「あー、てすてす。号令の試し方を行う。ディスプレイの前の君たちはきちんと復 唱するように。今日の晩はアジフライ!」  そう叫ぶと同時に彼へと殺到していたニアル・デアたちは2対のダガーによって 肉片と化していた。  ”分解”のアストラル処理を受けたダガーは、切った魔物の手応えさえも奪い去る。 「次の号令はーっ」  魔物のことなど眼中にないのか、更に何かを叫ぼうとした彼の元に数名のマギナ使い たちが駆け寄ってきた。 「ジャスリル先輩……魔物はこれだけですか?」  ニアル・デアだった肉片を見て、彼の仲間の一人が話しかける。  ジャスリルと呼ばれた彼はぐっと、話しかけた少年の首根っこを掴む。 「あ、ああ?おりゃ後輩だ。去年までの同級生よぅ、いい加減僕を先輩扱いするのはやめろよ。 で、魔物?……いたっけ?そういえば何か追い掛けてきたんだけど、魔物でよかったっけ」  ころころと気の散った動きを見せるジャスリルにはもう慣れているのか、仲間たちは さして困惑することもない。 「はい、はい。そうですから、事後処理して帰りますよ」 「いやー働いたね俺ってば。もう君たちが遅いから襲いから遅われ、襲われ……んあ? よくわかんなくなってきたぞ」  ちんぷんかんぷんな自問自答をし続けるジャスリルを置いて、少年たちはその場を去っていく。 「俺も去っていく。やったぜ第三部完!…………お、お?」  数テンポ遅れて帰路に就こうとした彼の脳裏、形容しがたい違和感が走る。  戦闘経験を積んだマギナ使いならば、これが結界であることに気がつくであろう。  如何に思考回路が狂っていても、ジャスリルは即座に察知し、ダガーを引き抜いた。 「よくさー、あの、俺いっつも見逃すんだけど。スタッフロールが終わった後にある 後日談とか次回の敵の登場とかDEADしたと思った人が出てくることってあるじゃん」  もちろんその質問に誰も、何も答えない。 「そういう状況を初めて味わうのってこういうことなんだ」  漆黒で鋭利的な姿の魔人は闇にさらなる闇と絶望を引き連れて彼の前に現れる。  バルナ・ガルグリフ。上級の魔物、魔人だ。  肉弾戦を至上としながら、やっかいな存在である。 「貴様は人間か?」 「ジャスリル=キンシャーサ、マギナ・アカデミアが誇る永遠の高等部一年生さ! ついでに二十一歳童貞!!そういうお前は人間だな!?」 「魔物だ」 「喋る奴のことは描写する時、人、って言っちゃうからお前は人間だ! あれ、違う?違ったっけ」  バルナ・ガルグリフは珍しく困惑した。  今自分の目の前に立っている者は、ひょっとしてニアル・デアの亜種か何かだったの かもしれないと考えもした。  コンマ一秒にも満たない、その刹那。 「おい、敵を疑うなよ?戦闘の基本だぜ? これだからお勉強が足りないんだ。俺は出席日数が足りないんだ」  そう彼が喋っている内に魔人の首は9割9分、ダガーの刃により切り裂かれていた。  アストラル処理の効果だけではない、斬る側の技量も相俟ってこの威力を発揮する。 「――!」  何か言おうとしたようだったが、既に魔人の体は八つ裂きにされている。 「明日はバルナ丼だな。うわ、でも流石にこれは喰いたいと思えないね僕」  結界が消えていくのを眺めながら、彼はダガーを納める。  納めようとして左右の鞘を間違ったが、無理矢理納めてしまう。 「いや、高等部一年のルーキー、次代エース候補は違うよね。うんうん」  思い切り自画自賛を飛ばしながら、その辺に捨てられていたママチャリに跨り、 彼は学園に向けて走り出した。  オチない。