「どうにも暑いな……夜になれば少しは楽になると思ったんだけど」  うっすらと包帯に汗が滲むのを不快そうに手で仰ぐ。  包帯が巻かれているのは彼の顔、否、頭部だ。口と頭髪を除いて それは巻かれている。 「もっとフランクにしてくれよ、僕。しばらくは俺たちで場面を説 明しなくちゃいけないんだからな」  だとしても君、いや僕か。それは出来ない。 「つれないな、親の顔が見てみたい……ああ、君は俺だった」  そういうわけだから、余程のことがない限り僕とは話せない。 「オーケイ。わかったぜ相棒」  彼なりのニヒルな笑みを作り、虚空とハイタッチしてみせる。  傍から見れば虫でも落としていたとも解釈出来るだろうか。 「それで、俺はどこへ向かってるんだっけ」  惚けたことを口にしつつ、彼は元クラスメイトとの待ち合わせ場 所に向かう。 「ナイスフォロー」  それは言わなきゃならないこと? 「ごめん、ちゃんと真面目にやるよ」  旧校舎一階、講堂。  すでに夜は更け、室内には二人の人間しかいない。 「久しぶりに来たなぁ、ここ」  包帯で覆われているというのに、見えているような仕草で彼は呟 いた。 「私は結構授業で来るから、むしろ先生の見え方ってこうなんだっ てびっくりするけど」  微笑しながら、彼の元クラスメイトは教壇の前に立つ。  彼女は杵島ミカ。ジャスリルとは同い年であり、学生時代には共 同で作戦をこなしたことも少なくない。  非常に強力なマギナ使いであり、今は学園で教職に就いている。  臨時講師という身分であるが、未だに学生でもおかしくないよう な印象を受ける。 「君は先生で、俺は生徒。すっかり変わっちまったもんだ」 「そろそろ学生ごっこもやめたら?ジャスリルがこっちに来てくれ たら、私も少しは楽になるんだけど」  口を尖らせるミカに、ジャスリルはきょとんとした顔を見せる。 「俺も真面目にやってるんだけど、なんか、そうだな、後輩の育成 を責任持たない立場でしてやろうっていうのはどうだ」 「よくない」  よくないね。 「二人とも酷い。その件はさておき本来の話に戻そう」 「……二人? じゃなくて、ジャスリルにはお願いがあるんだけど」  僕の声は彼女に聞こえてないんだよ? 「わかってるって、気をつけるよ……で、お願いっていうとあれか。 でも悪いけど俺、教師と生徒が一線を越えちゃうっていうのは」 「手助け……ううん、監視して欲しい子がいるの」  彼の戯れ言は無視し、彼女は言った。珍しく、有無は言わせない という威圧が言葉に込められている。 「ふうん?珍しい、というよりか初めてじゃないか。僕なんかより 適任もいるだろ?」  うーん、とどこか愛らしさが滲み出る仕草で彼女は唸る。 「普通の人間で対応出来ないから、頭に欠陥のある人の方がいいか なって……それにジャスリルといればミスして死ぬこともないでしょ ?」 「ミカってツンデレなのか、それとも僕のこと嫌いなのか」 「嫌いじゃないけど……何処を見て言ってるの?」 「いやほら、そこの不特定多数」  彼女に僕は見えないってさっきも言っただろう?あと人を指ささ ないで欲しい。  比較的近しい彼女だって不審そうにしてる。 「まあいいや。これがその子」  胸ポケットから一枚の写真を取り出して見せた。  ジャスリルは包帯に覆われた目で、まじまじと見つめるように顔 を近づける。 「可愛い子だね。うん、素直で快活そうでちょっぴり恥ずかしがり 屋だろうね」  誰がどう見てもふて腐れた表情で目付きの悪い生意気そうな女子 生徒である。  ミカは本日二桁目に突入したため息をつき、 「見えてないでしょ?」 「実を言えば」  容赦のないアッパーカットで、ジャスリルが天井に叩きつけられ る。  その後スーパーボールのように床、天井、壁とバウンドして机を さんざん蹴散らした後、ミカに首根っこを捕まれて停止した。 「ナイスブレーキ」  にししと笑う彼を見下ろして、 「いつも思うんだけど、それどうやって人とか判別してるの?」  ふと笑いを止めたジャスリルは真面目な顔になり、 「ああ、千里眼なんだよ俺。遺伝でそうなってる。だから目がなく ても普通に見えてるんだ。知ってるのは母さんだけ……あ、今ので ミカもか」 「は?」 「嘘、嘘。何もかも嘘」  乾いた笑い声を響かせて、彼は立ち上がる。  こうやって真正面から向かい合うと、彼女は自然と見上げざるを えない。 「……先生になってもちっちゃいな」 「生徒にしては老けてるね」  見事に返され、彼は肩を落とす。  その姿を見て、百万回言われてるからね、とミカは満面の笑みを 浮かべた。 「じゃあ、お願い出来る?」 「キスしてくれるなら」  何言ってるんだよ、僕。ふざけてるにも程があるじゃないか。 「もう、学生じゃないんだから」  見てみろ、彼女だって困ってる。  そもそも顔も体も食われたときに全部崩れてるじゃないか。 「俺は学生だよ」 「定職に就けたら、してあげる。将来性のない人は駄目よ?」  ……あれ、意外に脈あり? 「ありだね」 「まずは、依頼をこなしてくれる?」 「いいよ、オッケー。超スゲー頑張って色々してもらっちゃうぞー! 」 「ちょ、ちょっと!?良いとは言ってないよ!?」 「で、この子の名前は?」 「サリー。サリー・スティレット。魔術士よ」 続く?