ヤオヨロズ スクに触発されて妄想が止まらなくなった力が勝手に綾川×顔瀬SS ------------------------------------------------------------- 「いつもよりなんか臭ぇなぁ。」 「二倍増量キャンペーン中です。」 「厚塗りって事?」 「はい。」  砂浜にぽつんと出来た暗がりの中、綾川は微笑んだ。 厚手の生地で全く日を通さないパラソルの中でも、こいつは帽子を外さないし サングラスを取ることも無い。ムンムン蒸し暑いビーチにいてもこいつはまるで 真冬みたいな服装をしている。海パン一丁で貧相な体を、文字通り白日の元に 晒している俺とは対照的に。  いつもよりも気合を入れて紫外線防止のクリームを塗り込む綾川の手は 真っ赤になってる。洋服やクリームで遮断していても、やっぱりいくらかの 日は通ってしまうのだ。肌をさす光に対して、綾川の体は抵抗する術を持たない。 曇っていようとも、教室の中であろうとも、日差しは綾川の体を責め苛む。  ましてや、ここは真夏の砂浜だ。自分の身がかわいければ避けるべき所だ。 診断書を偽造してまで来るような場所じゃない。 「あのさ。」俺の言葉を綾川が遮る。 「全然大丈夫ですよ?だってほら、顔も赤くなってないでしょ?」  と言ってサングラスを外して俺を見つめる綾川の顔は、いつもに比べて赤い。 何かに見とれて火照っている訳ではなくて、暑さと日によるものだ。 触れるまでも無く総統に無理をしているのが解る。シャツの背中はびしゃびしゃに 濡れて張り付いているし顎から汗の雫が垂れ落ちている。 「あのさ。」 「嫌です。」 「まだ何も言ってないんだけど。」 「嫌です。」 「お前が倒れたら困るのはお前だけじゃないんだけど。」 「だから大丈夫って言ってるじゃないですか。自分の事は自分が一番良く  解ってます。」  綾川はクーラーボックスから500mlのペットボトルを取り出して一気に飲み干した。 見る見るうちに額や首筋に汗が浮き出る。ゴミ袋の中に詰め込まれたペットボトルの山 のうち、一体何本をこいつが消費したのだろう。 「先輩も皆と一緒に泳いできたらどうですか? 荷物なら私1人で大丈夫ですし。」 「良い。海に入ると後で塩水べたべたするし。」 「じゃあビーチバレーとか、皆と一緒に……。」 「このクソ暑い直射日光の下を好んで駆け回る奴の気が知れない。」  付き合いが長いと、見たくは無かった面と言うのも見えて来るようになる。 綾川は頑固だ、それも変な方向に。意地っ張りと言うのかなんというのか 好意で向けられた気遣いですら突っぱねる事が多々ある。  とりわけ俺の気遣いは素直に受け取った事が殆んどない。綾川のクラスメートの 女の子たちに聞くと、彼女たちに対しては本当に素直で、感謝の意を表す事も しばしばだという。全く不公平じゃないか、と俺が言うと彼女たちはニヤニヤしていた。 「皆が楽しそうにしているのを見ると、私も楽しいんです。」  綾川が呟いた。この言葉を聞いたのは何度目の事だろう。 いつもそう言って、こいつは一人静かに日傘の中で微笑んでいるのだ。 「なんと言われようと俺はお前に気使うからね。諦めて素直に言う事を聞け。」 「じゃあ気を使って私に気を使わないでください。海が君を待ってるぞ★」 「お呼びじゃないって言われるよ。てか、皆の事見えるの?」  白い砂の照り返しはこいつにとって車のヘッドライト以上の輝きに見えているはずだ。 遠くではしゃいでいる皆の様子なんか見えるはずがない。 「殆んど見えません。けど結構綺麗ですよ。砂浜の白、海と空の青、その間で  遊んでる皆が妖精さんみたいに見えます。」 「ふーん。解らんなぁ。そんな風景想像もつかんわ。」 「数少ない私だけの特権ですから。むふふ。」 「あっそ。あやかりたいもんでござぇますなぁ。」 「え?先輩にだってあるじゃないですか、とびっきりのが。」  少しこちらに体を寄せて、俺を見つめてニヤニヤする。まぁ大体意図は掴めた。 「はいはい景様のお隣にいられる事こそ特権でございますねありがたやありがたや。」  ところが綾川は黙ったまま、変わらずこちらを見つめてニヤニヤしている。 てっきり「苦しゅうない、近う寄れ。」とかそういう小芝居に繋がるものだと思ってたんだけど。 「……え?何言ってるんですか?皆の水着姿をじっくり眺められる事じゃないんですか?  そんなに私の隣にいられるのが嬉しいんですか?本心はそっちだったって事ですか?  成程成程、先輩の気持ちはよぉく解りました。嬉しいなー、そんなに思ってくれてるだなんて!」 してやられた。完全に。 「いやいや、え、てか、いや、ちげーし!何言ってんの?頭おかしいんじゃねーの?」 「苦しゅうない、近う寄れ!」ここでそうきたか! 「いや寄んないから!絶対寄んないから!暑苦しいから離れろよ!」 「恥ずかしがらずに私の胸に飛び込んで来なさぁい!」 「やだ!絶対嫌だし!」 「じゃあ真隣に!」 「やだ!」 「じゃあ私が寄りますね。数少ない私の特権でもありますから。」 「ちょ、やめろ、え、てかお前今なんて?あ、皆あがってくるからお終いお終い!」  ところが梅雨美先生はこちらを一瞥するなり、これ以上ない程ニヤニヤした笑みを浮かべ 皆を波打ち際に戻してしまった。おかしいだろその対応。てか皆ニヤニヤしすぎだし。きめぇ。  気づけば隣にぴったりと綾川がくっついている。触れている、海パン越しに、熱を持った 綾川の体が触れている。まずい、いくら妹のように思っていると言ったって、その、触れると 色々不味い。デニムとか学生服ならギリごまかせるけど、これはちょっと、予想外にきつい。 着座状態だと色々肉体の反応がばれる。吐息までが感じられるこの位置、体から発せられる 熱、香り。  俺は逃げた。反応が始まる前に海へとダッシュした。水しぶきを上げて海に飛び込んだ後 俺が見たものは、パラソルの下で涼んで談笑している皆の姿だった。  …ひどくねぇ? 了