――――これは結局、『勇者』とは違うものなんですよ皇帝陛下      勇者方式(システムブレイブ)の再現は現状では一割にも満たない      故に異なる動力(ディファレンスエンジン)と名づけます――――                ダブル / ジョーカー                  六話:表            『Decoration Disorder Disconnection』  皇国常設十二軍団は、巨大な国力を持ちながら周囲を全て敵に囲まれた皇国において四 方の守りを維持する為にある。基本的にどの方向に対しても最低一個軍団が駐留し、残る 軍団が情勢に応じて配置・動員されるのだ。無論、十二軍団外にも戦力は存在するが、主 力たるのはあくまで彼ら十二軍団であり、かつての大戦でその力を誇った皇国騎士団も、 ジーザス・ツヴァルトの失脚を最後に解体された。  十二軍団の持ち回りと言っても、その一部は地方担当を持たない。構成からしてそれが 妥当だからである。たとえばそれは第一軍団空帝であり、第四軍団死鋼だ。  そして今ドクターが訪ねた軍団もまた、基本的には皇国中央の防衛で固定されている。 「そうです、エルンドラード団長を呼べと言ってるんですよ。呼べばわかるっつってんで しょう。いいから行きなさいよ」  そこは皇都にある聖堂だった。皇国もまた大陸の大半の人類国家と同じく事象聖教会を 奉じている。のみならず、三つの大教会の一つであるロタリアは皇都を南下してすぐの場 所に存在し、巨大な影響力を持っているのだ。  現在、第三軍団『神記』の長はこの聖堂に滞在している。 「お、お待たせしました……こちらへどうぞ」  ぶしつけかつ奇怪な来訪者に戸惑う僧兵に先導され、大聖堂に併設された居住施設に向 かうと、やがて真っ白な少女がドクターを迎えた。 「ありがとう。貴方は下がりなさい」 「は、聖下」  態度のでかい子供が突然押しかけてくるという事態にも拘らず、僧兵は彼女の言葉に一 切の疑問をさしはさむ事なく退場する。とはいえ、その言葉の主とて場違いと言えなくも ない筈だ。  平時にも関わらず白銀の鎧に身を包み、上から司教衣を纏った少女。  第三軍団神記の軍団長にして事象聖教会ロタリア総司教、『教皇』エレム・P・エルン ドラード。 「やあ、相変わらず余計な<飾り>だらけですね。僕様のお人形」  そして彼女は、ドクターの生み出したモノだ。  その存在は侮辱に他ならない。  事象聖教会三大山が一にして、大陸中央・皇国内に存在するが故に最も威信を集めた教 会。ロタリア総司教座。かつて東方破天帝国への十字軍すら呼びかけた存在は、だがしか しもはや皇国の道具に成り下がっていた。  皇国は常設十二軍団を整備する過程でロタリアに兵力の供出を求めると共に、その責任 者にロタリア総司教=教皇をつけることを求めた。そして今やその軍団長は、ただ時の教 皇が飾りとして座につくのみならず、皇国によって用意された皇国の為の戦力と化してい る。  だから彼女がその座にいるのだ。奇しくも、ロタリア総司教の『教皇』自称を認めてい ない三大山が一、ネウストール総司教座が同じように幼い娘を飾りとして祭り上げたのと 同じように……。 「何か必要な実験でもできたのか。私の…………心臓に」  『教皇』は極めて事務的に言葉を発した。その、少なくとも信仰世界においては聖なる ものである筈の肉体に関して。 「は、用?君の体に?僕様が完成させ送り出した商品に対して?何でそんな事をする必要 があるんです?ねえ、簡易型勇者試験体エレム・P(プロトタイプ)・エルンドラード?」  ドクターの返答は嘲笑だった 「君の事は、君がその衣を纏う前に嫌になるほどチェックしてやりましたよ。もしも今更 点検だの調整だのを行わねばならない程度の完成度なら、君は今頃生ゴミだ」  ハインラインを実験体にしたのとはワケが違うのだった。彼女はゼロからドクターが生 み出した。聖教会のもつ人体改造技術を接収した上で、あるものを手本として作り上げた 皇国の為の戦闘兵器。  簡易型勇者試験体。  人類以外に対してのみ――――今だにこのメカニズムは解明されていない――――圧倒 的な戦闘力を行使できる、人類の剣にして盾。二千を越える時の中で、その器を変えなが ら『大陸』を魔王達から守り抜いてきた存在。  それを自由にすることは皇国とて不可能ではあったが、ある理由から皇国と勇者との繋 がりが深いゆえに得られた貴重なデータを元に、その簡易版を製造するという試みがなさ れた。当時先代の第三軍団長が『老朽化』し代わりを用意する必要があったため、皇国の 戦力強化と、そして登位したばかりだった現皇帝の政権安定を狙う意図をも含んで、それ は皇国裏の一大プロジェクトとなった。  それがエレムという器と、ドクターによってディファレンスエンジンと名付けられた彼 女の動力なのだ。 「……それとも、何か<障害>が出たというんですかね?」  言ってから、ドクターはエレムの返答も待たず首を振った。 「いや今は良いんですよそんな事は。まあ壊れたら直してやりますよ……それより聞きた い事があるんですがね」  ドクターから自分に向かっての質問――それが自身の身体機能に無関係な――がある事 にエレムは戸惑いを見せた。 「何、を?」 「中央の……皇都の警備は、君の仕事でしたよね」  皇国の裏が作り上げた、単純な忠誠心だけならば最も高いだろう個体。そして教会の聖 地であるロタリアの代表。ディファレンスエンジンの機能も相まって、神記軍団の担当は ほぼ皇国首都圏で固定されている。その分自由が利くため、一年前のクラウド・ヘイズの 言う陽動作戦では彼女も動員されたとドクターは記憶している。 「何者か……恐らくカーメンの工作員だと思うんですが……が機密に接触した可能性があ るって事になってきやがったんですよね」  中央の防衛に関してエレムがその任を受けている事は、ドクターにとって僥倖と言える だろう。ドクターはエレムに、自分の指示を優先するような調整を施していた。念という のは押せる時に押しておいた方がいいのだ。ドクターのような立場の者にとっては。 「恐らくニ〜三日以内だったようです。もう皇都を離れているかどうかは判りませんが、 なんとしてもこれを捕捉したいんですよ」  目標が外交官等なんらかの地位にある者ないしは地位にある者の関係者であれば、出立 が犯行直後でない可能性もある。皇宮で犯行を行った以上、かなりの確率でそういう人間 になる筈だった。よしんば完全に独立した潜入ならそれで、身一つで逃げるのでは速度に 限りがある。此処が皇国である以上、皇国軍の移動速度が最も早い。  エレムがドクターの言葉に反対することはありえない。だからドクターはエレムの応答 に面食らった 「しかし、それは少し問題が……」 「問題…………?」  やや躊躇ってから、結局エレムはその言葉を口にする。 「いや、その、今皇都にいるカーメンの主要人物には……闇哭軍団が張り付いているから」  やや苛立ちかけていたドクターも、エレムの口からでた単語には動きを止めざるをえな かった。  闇哭軍団。  少数精鋭でいわゆる汚れ役を引き受ける特殊部隊的な存在であり、軍団といっても死鋼 軍団以下の人数しか存在しない。おかしな言い方だが、ドクターすら知らないD機関とは 違い、表向きの工作員という事が出来るだろう。 「奴ら、か…………」  その有り方、団長の人格、ドクターとは相性の悪い軍団である。 (しかしおかしいですねー……僕様が見たアレはカーメン人に違いないはず。勿論だから といってカーメン王国とは限らねーですが、外見に特徴のあるカーメン人を他の国が使い ますかねぇ……?カーメンの北にある西国とか……?) 「あの、……闇哭軍団が関知しつつも対処しなかったかもしれない」 「フムンなるほど。既に知っていて泳がせている可能性もあるわけですね。ま、その場合 状況はより悪いってことになっちまいますが…………」  どちらにしろ、それを確かめようとするなら闇哭軍団から情報を提供してもらう必要が あった。 (…………んんー)  黙考するドクターを、エレムが不安げに見ている。ドクターはその視線があまり好きで はない。  侮辱だとしても教皇たるべく作り上げられた戦闘兵器にして扇動兵器。その人格作成は ブラックバーンのネクロマンシーに近い技術により達成されている。ゴーレム型では、複 雑な任に耐え得る筈がなく、よって彼女は何者か――ドクターは興味がない――の人格を 使用しているだろう。『魂』と言い換えてもいい。  教皇の仮面を外したエレムに、その残滓が見えるから煩わしいのだ。 (人形の癖に…………)  作られたのだから、作った者の意図通りに動いてくれなくては困るのだ。その為にドク ターは骨を折るわけだ。勝手に動き出す手足など必要ない。 「あ、人形か」 「…………何か?」  その単語に――それが最終調整時のドクターが繰り返した言葉だからだろうが――エレ ムは嫌悪感を示した。 (ふん、全く……)  首を振って、ドクターは追跡に関する思考に戻る。 「んー、いや、まあいいです。ちょっと目算がついたんで……とりあえず僕様は帰るんで、 特徴を伝えますから一応そっちでもチェックして下さい。キャッチしたらこちらに直接教 えて欲しいんですよ」  エレムが頷く前で、机の紙とペンとインクを引き寄せる。ドクターは生物に関する研究 が主であるので、スケッチぐらいなら出来た。降霊で見た光景を元に、文字と絵で特徴を 記していく。  部屋はペンの音だけになる。 「あの」  ペン先がカツンと音をたてる 「……何です」 「いや、不具合の話だが」 「あるんですか?」  すぐさま聞き返すと、エレムは少し考えるような仕草をとる。 「いいから、言いなさいよ」 「去年の話なんだが……」  ドクターの舌打ち。エレムが躊躇。 「いいから。まあ気になった事はもうちょっと早く報告して欲しいんですがねぇ……」  実際のエレムと会ったのは去年の事で、ドクターから会いに行く事などまずない。エレ ムはドクターの下に行くのに抵抗を感じているのだろう。 (ったく、何だ?一端の人間のつもりですか?)  ドクターが心中で……そして表情で毒づいている前で、やっとエレムが続きを口にした。 「私には、攻撃対象の限定はないはずだ……よな?」 「…………はあ?」  報告が、質問の形から入ったのでドクターは露骨に悪感情を示してみせた。だが、それ はそれとして、ドクターの中で好奇心がむくりと首をもたげる。 (勇者はどういう原理か、判断基準か知らないが人間を全力で攻撃できないらしいっつー アレか?それが発動したのか?いや、んなわけはないですよねぇー……) 「いや、人間は、攻撃できる……去年ファーライト王国軍と戦闘したから」 「ですよね。で?」  自分でも良くわからないからだろう。エレムの言葉が回りくどく、要領を得ないことに ドクターのイライラは急上昇中だった。 「ある男に……なんというか……敵対できなかった。いや別に私は何かしたわけじゃ、な いんだが……」 「具体的に」  ドクターがペンを止めた。 「ファーライトの事が、陽動だったのは知っているのか?まあ、そうだったんだが……」 「本命で動いたのはD機関」 「ああ、知っているのか。それで……つまり、作戦の終了後に、ファーライト王都から一 人の男が戻ってきた。その男がD機関と名乗る人間で、皇帝の勅命で動いていたらしい」  そこまではクラウドから聞いた情報でドクターも知っていた。エレムが一緒だったのは 確かに忘れていたのだが、別にどうでもいいといえばどうでもいい。実際エレムの知る事 もクラウドとそう変わらないだろう。 「クラウド・ヘイズは奴への嫌悪感を隠さなかった。私もあまり好ましいとは思わなかっ たのだが、その時に……どうやっても敵対できない気がした」 「は、あ…………?」  今度の応答は、それほど急かしたものでもなかった。ドクターもまた、エレムと同じ程 度の困惑を感じていたからだ。 「何、ちょっとばかり脅かしてやろうとか、してみちゃったわけですか?」 「い、いや私はそんな事はしない!ただ、どうやっても敵対できない、してはならない、 と漠然と、だが強烈に感じたのだ。勇者も同じように感じるのかと思ってな」  一度二度ペン先が机を叩いた。 「はん、それにコメントできるのは本人だけでしょうよ。わかんねーんだから。まぁでも 君もわかってる通り、そういう制限づけるものはなるべく無いようにしたはずです。一応 勇者の原理をコピーしながらだから、意図しない力の動き方はありえるんですけど、でも 人間は殺せるわけでしょう?……単に相手に気圧されただけなんてオチは?」 「いや、傭兵らしいから戦慣れた感じだったが、別段達人のような雰囲気というわけでも なかったがな。クラウドも喧嘩を売ることに躊躇う素振りはなかったし」 「…………アイツは、アレでそういうところは敏感ですもんねー流石に」  息を大きく吐いてから、ドクターはまたペン先で机を叩いた。 「…………同じような感覚を他に受けたことはねーんですか?たとえば……ナチとか、ヘ イズでもいいですけど。あと魔王ジェイドとか。会ったことねーですか?」 「いえ、その辺りで感じたことはない……強いて言うなら……二度ある」 (なんだ、案外あるんじゃねーですか) 「皇帝陛下に謁見した時に一度と、大分前に教皇としてファーライト王宮を訪ねた時に一 度だ」  それを聞いて、ドクターはペンを手放し立ち上がる。 「わかりました。ああ、あと僕様が言ったのはそれなんでそれで探しておいてください」 「お、おい」  ドクターが紙を押し付け踵を返すと、エレムが抗議の声を上げる。 「わかったって言ったでしょうが。あとはこっちで考えるんで、君は仕事をこなしていれ ばいーんですよ」  沈黙を背に、ドクターは扉を閉めた。  皇宮に戻ろうとしたドクターの前に一人の男が立った。いや実際相手の性別が何なのか、 そういうものがあるのかは知らないのだが、とにかくドクターとしては男だという認識に しておいている。派手な……派手すぎる衣装に仮面を被ったふざけた相手だ。  当然だった。相手は道化師なのだから。 「やあ!ドクター、少し用事があるんだけど、いいかなあ?」  ケラケラと笑うそれを、精一杯嫌そうな顔で迎えるが、相手は意に介した様子もない。 「……いつものですか?」 「ああー!そうやって話を進めちゃうのはツマラナイな!」 「あれ以外の用事でテメェが僕様の前に現れたら消し炭にしてやりますよ」  言って、ドクターは行き先を変えた。私事があるとしても、皇国技術研究室の長として の仕事を放り出すわけにはいかないからだ。 (にしても…………)  突然あれこれと問題が噴出してきた、とドクターは感じていた。ザーラスの盗難、エレ ムの障害、そしてこの道化師パスティムの呼び出し…… (それとも、なんですか……<断絶>していたものが、今更繋がってきただけだと言うん ですかね…………)  自分が立ち止まったことなど、ドクターは無いつもりだった。  少なくともドクター自身はそう思っていたのだ。 ○拿捕 このストーリー中の配置 東:裂攻(ディシプリン) 西:圧壊 南:賢聖(亜人傭兵団) 北:怒轟 ディファレンスエンジンってほんとは階差機関のことなんだけどね まあDなので