勝ったのは十三人だった。一人の少女が死に、残った十二人で国を作った。                ダブル / ジョーカー                  七話:表                『Do As Infinity』  ドクターはそんな文句の刻まれた墓碑を眺めていた。場所は皇国の首都、その中心たる 皇宮のそのまたど真ん中――――の地下。そこは水晶と鏡による深い森に覆われて、部外 の者が見たならば「さすが皇国皇帝の宮殿にふさわしき壮麗さ」と評したかもしれない。  その中央に、墓碑が立っている。巨大な墓碑が。  わずかに輝く碑は、皇国の礎でもある。皇国の在る意味。皇国が皇国たらねばならない 理由。皇国が目指すべき標。  どの国にでもある、建国神話だ。ドクターのいるそこは人目に触れる場所ではないが、 そこに刻まれた言葉は皇国のはじまりとして良く知られている。  では国に生存と膨張以外の意義が存在するだろうか。少なくとも皇国にはある。皇国に はそういうアイデンティティが存在する。『王国連合』が対皇国包囲網であるように、皇 国は大陸を糾合しなければならないのだ――――『魔同盟』突破の為に。  二十二の魔王による大封鎖の内で、大陸の人間たち・亜人たちは極度に制限され続けて いた。『聖書』は『詩篇』は、『外』の楽園をあれほどに謳っているというのに、その道 は全て魔王が塞いでいる。いくら人口が増えようとも領土を広げる余地はなく、奪い取る 他は無い。あふれ出した人口は今の世を冒険者たちの時代にしていた。世界中を流れる人 間が大量に存在する時代だ。  少なくともそれは二千年以上の時間で、その為に全ては入り乱れてしまった。『外』に、 そして過去について知る者は大陸内には居ない。それを囲んでいる魔同盟封鎖には、それ が封鎖である以上は更にその外側がある筈だったが、『外周の軍勢』は何も語ろうとはし ない。その上、『王国連合』に見られるように、内側もまた複数の勢力に分裂しているの は誰もが承知のところだ。それどころか封鎖している筈の『魔同盟』すら、その『世界』 が皇国に加担し『悪魔』は王国連合に自らの領地の名を連ねさせるなど、何もかもが錯綜 していた。  今に生きる者たちには、今を生きるやり方というものがあるのだろう。  それでも皇国は皇国であらねばならない。  その自尊心/強迫観念こそが皇国なのだ。世界の中央に在り、最強の兵力と最大の国力 と最新の文化と最古の名義を持つ存在。  いつか皇国は、かつてはじまりの時に唯一あったと謳われる『皇国』と同じように世界 中を統一し、魔同盟を撃砕し、栄光の下に外の楽園へと到達する。皇国は征かねばならな い。  遠くまで、何処まででも。  その一歩目と、その一歩目以降の全てが此処にある。  ドクターが墓碑から視線を外したとき、道化師パスティムが二人の女を伴ってやってき た。  一人は常設十二軍団が第六『瞬閃』の長ロロだ。ボロボロの布を無造作に羽織り、頭に はそれを隠すように奇妙なキューブが覆っている。四軍ブラックバーンのような兜ですら ない、縦横奥三つずつ分に分割線の入った正方形の箱(キューブ)と形容するしかない覆 いだった。  彼女を第六軍団の長に就ける事になった時の皇国軍全体の困惑は、三軍エルンドラード の比ではなかった。少女らしき体躯の、「うー」とか「あー」とかしか喋らずフラフラと 彷徨うだけの存在が軍団の長を務めるなど、誰が納得するだろう。それでも皇帝はそうす るしかなかったのだ。そしてドクターがその為に働いた…………あの時も『D』のサイン が入っていたのではなかったか?  もう一人は黒い髪に黒い瞳の、これまた少女だった。右の眼の色がやや薄くなっていた ものの、見る人が見ればこういう感想を抱いただろう――――現皇帝陛下と良く似ておら れる。  パスティムに手を引かれるまま虚ろに歩いてくる『トワイライト』のコードネームを持 つ『ソレ』は、クロノリオン13世、ギュスターヴの異母姉に違いなかった。暗闘によっ て排除された筈のギュスターヴの全兄弟。その、知られる事のなかったただ一人。  彼女たちは――――ロロのキューブで分わかり辛かったが――――同じような背丈をし ていて、同じようにパスティムに引き連れられてくる。それをドクターが気色の悪そうに 眺めている。 「さ、遊びにきたヨ!」 「僕様は遊ぶつもりはねーです」 「あはっ☆」  道化師の戯れにバッサリと返すと、ドクターは面倒くさそうに手を伸ばした。実際に面 倒ではある。ザーラスの紛失等、速やかに対処すべき事態が起きている。それでも皇帝陛 下の命をどんな形であれおろそかにする事は、すなわち破滅を意味する。 「Ringer Of Regalian Outcome」  魔法の言葉をドクターがもぶっきらぼうに呟くと、ロロの頭部を覆っていた箱が割れ目 に沿って立体的に展開し、その役目を終えた。  キューブには、顔を絶対に晒させないという以外の目的は一切無い。 「あはハはははハははハハ♪」 「この『調整』…………あんまりやりたくないんですよねーぇ…………」  意味もなく笑う道化の横で、全く同じ顔二つを見ながらドクターは嘆息した。  無意味な行為だ。ドクターはそう思っている。無論のこと、皇帝陛下の勅命である以上 彼としてはその処置を続けるしかない。  しかし魂を失った器は疾く崩れていく他ないではないか。  彼女が魂を失い生ける屍と化した理由をドクターは知らないし、どうでも良かったが、 皇帝は彼女を生き延びさせる事を望んだ。それは皇帝個人の感傷と共に、現皇国皇帝とし ても必要に迫られた判断だったのだろう。  結局多くの試みの後に皇帝とドクターはロロを使った。  ロロ自体はドクターの被造物ではなかったのだが、その『映す』という同期的特性の為 に『トワイライト』の肉体を維持する外部装置とするのは容易だった。生きているだけの 肉体では、維持することはできないのだとドクターは良く知っていたからだ。ロロという 存在が『トワイライト』を照射している限りは、『トワイライト』は生き延びることがで きる。  そして彼女と双方向的に繋がったロロは、その繋がり故に『瞬閃軍団』という護衛がな ければならなかったのだ、皇帝にとっては。  つまるところロロとは  (Ringer Of Regalian Outcome)  皇国たる力が生み出しし物の身代わり  なのだ。皇国の礎たる筈の、礎になる筈だった『トワイライト』を維持する為の。  トワイライト――黄昏の色。闇の中、彼方に橙に輝くもの。そんな『皇国』の夢。橙色 の夢。 (……あれも、五年前でしたね)  こうせざるをえなくなった時。  それは皇帝が北のヴァルデギア帝国の勇将ノブレスに敗北した時――『24時の魔法使 い』悪逆のゾーン=ドーンが皇都で死亡した時――そして『魔同盟』が魔王『正義』ロイ ランスと『太陽』アンティマが消えた時――かの『D』が皇国にやってきた筈の時―― 「ねぇパスティム」  ジャグリングをしていた道化師が動きをとめた。宙を舞っていたカードが、受け取り手 を失って床に落ちていく。  ドクターからパスティムに話しかけるのはこれが初めてかもしれなかった。 「オオゥ?」 「…………『これ』は何なのでしょうかね」  そのような言い方、皇帝が聞いていたならば満面の笑みで迎えられるであろう言動だっ た。それは敵対を意味する。  だからか、道化師はカリカチュアライズされた驚愕を見せた。ドクターはその戯れをま たもスルー。しばらくして呆れたように道化師が肩をすくめる。 「彼女は『はじまりの王』さ……ドクターだって知っている筈じゃあ、ないかな?」  クロン朝皇国の前任にして全て、聖王朝皇国の初代王。それを受け継ぐ者。そういう事 だと聞いている。御伽噺の領域だった。だが少なくとも皇国の向かう先は、それと同じ程 の何かではある。そしてその為の人柱をこうして捧げていることは間違いないのだ。  ドクターがザーラスを複製したのも、エルンドラードを生み出したのも、ナナミを用意 したのも、ROROを調整したのも――――全てその為にあるものだ。  同じ理由で、研究室は、ドクターは、太陽の下には出ることなく活動を続けた。  実践――――実戦ではない――――派のドクターとしては、それも重要なことだ。無駄 なことは好きではない。自分の仕事をドブに捨てる事になるのだけは許せない。 (僕様の人生、六十年以上の存在意義が…………この国だ)  その言葉を何度も反芻してから、ドクターは大きく細くゆっくり息を吐き出した。 「……『はじまりの王』は此処に在る。太古よりの統治を持続させる為に。そして『はじ まりの騎士』がファーライトにいる……D機関長もそれ自体は知っている筈?会いに行っ た……?」 「おや?おやおやおやおや?」  繋がりつつある。一年前の事件はD機関がファーライト王都で暗躍する為に行われたの だ。エレムの話は、つまりその点を線にしつつある。   Original 13  はじまりの十三人 Original Character 「D機関長は、その、『はじまりの一人』なのか……?」 「チガウチガウチガウ!」  ドクターの呟きに道化師がけたたましく笑い声を上げた。その狂態を一瞥してから、ド クターは興味なさげに視線を墓碑へと移す。  勝ったのは十三人だった――――  それが真実の詩だと、ドクターには思えなかった。 (勝ったですって?何に勝って……こんなところに閉じ込められているというんですか?)  自分の手を見る。  彼らは一体何なのか。そして/では、我々とは一体なんなのか。無数に解剖してきた肉 体から、その答えを導き出す事は出来そうになかった。  あの『最奥』を出ると既に夜だった。月の下、照らされた宮殿は確かに壮麗ではある。  ドクターはどこに足を向けるかしばらく迷った。ザーラスの問題は解決していない。と なれば、エレムの言う通り闇哭軍団に接触する必要がある。口実自体は一応浮かんでいる のだが……。  意を決しドクターが歩き出した時、その背後に人影。虚ろだが別に非実体の何者かでは ない。 「なんです?……ロロ」  さきほどまで調整していた相手を振り返り、ドクターは嘆息した。それに自我など殆ど 無いことを知っている。だからその問いは無意味だ。  ドクターはこのイカレた少女が嫌いだった。まずもってそれはドクターの作品ではなく、 パスティムが用意したものだ。  誰でもなく、あらゆる者である。  そのワイルドカードの出所はわからない。それを弄り回す事が、ドクターの糧になった 事は間違いない。しかし/だから、気に入らないのだ。さあ食べろと、無理矢理に差し出 された料理は美味しくない。己が欲し、己から食すべきなのだ、欲望とは。  そう考えてみるならば、ドクターが純粋に『そう』した事はあったのだろうか。皇国の 暗部において皇国の為に造り続けた。その途上では、確かに己の為にした料理もあったろ う。自分の護衛でる人造の娘たちや、ザーラスも一部はそうだった。しかし、それらも全 て皇国の未来の為なのだ。  何だってした。何もかもした。――――筈だ。 ≪おまエ……の≫  不意に聞こえた声に、ドクターは我に返る。そして大きく眉根を寄せた。気づけば月が 雲に隠れて影に覆われた外。その先に居るのは、変わらずロロだった。暗黒の中にキュー ブがかすか見える。 ≪……望ム……モ、の……は≫  くぐもったその声はキューブの内側より響き、かつて『トワイライト』と呼ばれた女が 発していた声に相違なかった。 (何…………っ!?)  ロロがROROであってから、彼女が口を利いたのは初めての事だった。『トワイライ ト』の魂は――――人格と言い換えてもいい――――空っぽなのだから、話すことができ るわけがない。あくまでロロはその肉体を維持する為、代わりに動いているに過ぎないの だ。何もしない肉体が崩壊するのを防ぐ為に。 ≪こノ先ニ在ルだろウ…………追うガイい――――おマえの追ウもの……を…………≫ 「僕様の…………追うモノ、だと?」  心当たりはある。まさに今のドクターは追跡者である。追跡者であらねばならない。そ れは、もしかすると初めてのことだったかもしれない。天才として若くして皇国の闇に入 り込み、ずっとそこにいた。そこで、皇国の裏側をただ眺め続けてきた。  ずっと、そうしてきた。  降り始めた雨がドクターの頬を打ったが。彼はそんな事気づきもしない。 「お前は、何だ?一体何が、僕様にそれを言うんだ!?」 「…………」 「先?先だと、先に何が在ると……」  ドクターの問いは、またもや無意味に終わった。 「……う、あ……あー?」 「――――、戻りやがった……ってわけですか」  唸るロロをドクターは昏い視線で睨み続けた。ロロは何も言わない。  雨の音だけが、ただ。 「……もういいですよ、帰りやがって下さい。濡れているわけにもいかない。さあ、ここ を出れば三軍の者が待っているんでしょうよ…………」  フラフラしているだけのロロを、半ば突き飛ばすようにして外へ向かわせる。自分もま た、だらだらとこんな所にたむろしているわけにはいかなかった。  雨の中、ドクターは走り出した。  遠雷が聞こえる。  己の望むもの――――それは一体何か?  謎のD機関長か?ザーラスの行方か?  ――――それとも象牙の塔に倦んだ自分自身の  自由か?  それは夜の黒の中に佇んでいた。 「…………マグナ・カルタ」  癖ッ毛が濡れて張り付いたのを掻き揚げて、ドクターがその名を呼ぶ。  漆黒の巨体。  ドクターが魔導信号によって呼び出した物だ。ソレにもまた、他と同じく独断による処 置が施されていたから。  ソレは正式名を    マグナ・カルタ  対『王国連合憲章』認定聖騎士用人造魔人、アドバンスド・ザーラス  と言う。    再現に失敗したエレムとは違う。およそドクターがやってきた仕事で最も独創的かつ、 成功を治めた製造物。 (一体どんな遺物が回りで蠢いていようと…………所詮過去など、乗り越えられるもの でしかねーつーんですよ)  オリジナルたる上級魔人を全ての性能にて上回る人造の魔人―――― ●どんどんダとかホとかのみになってるけど蛇足補足の略ですよ ROROて Advanced Logistic&In-consequence Cognizing Equipment(笑) P(プロトタイプ)、RORO、マグナ・カルタ 全部人の設定って恐ろしい綱渡り感 すきなえいたんごはれいぷ はははやだなあじょうだんですよ まあしかしロロ編はどうしても「何これ?」から始める以外やりようが…… ナニコレ でもちょっとエレム編と展開被ってるし、徐々に展開の仕方が苦しくなってきてるよ そもそも力入り方が偏ってるよ ていうか君女キャラなんて血反吐はくかセックスしてりゃいいと思ってるよね うん う、ううううn まあそんな感じですが ダブル/ジョーカー編はこれでやっと半分越えたんでサクサクいけますよ 編? 一話を〇話にすべきだった、な…… そういや、オリジナルサーティーンは ディシプリンとは(書いてる人間が違うので)メンバー違うかも 悪魔 勇者 騎士 魔法使い 聖剣 魔王 事象顕現 王 学者 までは居る、のかな