「私のような駆け出しファイターが前チャンピオンと闘えるとは…。光栄です。」 「地下闘技場で連戦連勝を誇ったダーティーファイターが『駆け出し』?  冗談にしては笑えんな。」 「…良くご存じで。…少なくとも日のあたる場所では無名ですからねぇ。クククッ。」 「誰の差し金か知らんが、俺を指名するとは良い度胸だ。」 (手を差し出すケイス) 「お手柔らかに頼みますよ、元チャンピオン。」 (互いに睨みを利かせながら固く握手を交わす二人) (しかしゲドーの様子がおかしい。表情は変わっていないが脂汗が額に滲んでいる。) (手元を見るとケイスの親指がゲドーの手の経絡にめり込んでいる。) (手を握る事が出来ない。ゲドーは遂に苦悶に震えて膝をつく。) (ゲドーの手を極めたまま、左手でゲドーの右爪の先から小さな針を抜き取るケイス。) 「ヒドロジウム塩酸塩、遅効性の筋弛緩薬だな。お前の常套手段だろう?  気づかないとでも思ったのか?」 「…ク…クソッ!」 (ようやく解放されるゲドー。右手首を庇う振りをしながらパーカーのポケットを探る。) 「…!?…無い!?」 「落とし物ならあいつが拾ってくれたみたいだぞ?」 (ギャラリーに紛れている屈強な男が、カミソリの刃を軽くかざす。) 「俺の教え子には手癖の悪い奴が多くてな。」 (ゲドーは一つ大きく息を吐いて立ち上がると、鋭い眼光を相手に向けた。) (拳を高く掲げ背を丸めた、ムエタイに近い、しかし独特の構えだ。) (頬に薄笑み。余裕の表情が戻っている。) 「クククッ、楽しようと思ったんですがねぇ。」 (ケイスはタンクトップを脱ぎ捨てて拳を鳴らして応える。) 「勘違いするなよ、これは慈悲というもんだ。汚い手を使うなら  俺も本気でお前を無力化しなきゃならなくなる。こんなお遊びで  一生消えない傷を負いたくは無いだろう?」 「老いぼれ犬ほど良く吠える。さっさと口を塞いでやらなくてはね?」 (突っ立ったまま指でゲドーを招くケイス。) (穏やかな笑みを浮かべた柔和な表情、しかし纏ったオーラは現役時代さながら。) (今まで一方的に相手をいたぶって来たゲドーには、その恐ろしさが解らない。) 「さぁかかってこいよ野良犬。俺が教育し直してやる。授業料は腕二本だ。」