■ストリートマルスSS■   -雷帝、布陣-  前編   表の繁華街から離れて、人気のないマルスタウンの郊外だった。   二対の拳と拳がぶつかりあう。   拳の持ち主である二人は、妙齢であるという事を除けば、到って相対的な姿をしている。   方や金髪のョートボブで碧眼、大きな胸が目を引く西洋人の少女。   くりっとした円らな愛嬌のある瞳は、真剣勝負の最中であっても、楽しんでいる様が伺える。   その様子はまるで得物にじゃれつく猫を思わせる。   彼女と相対するは、腰よりも長く蛇の様になびく黒髪の一本結いに、胸は「Cの70」の東洋人の少女。   日本で言われる所謂セーラー服を着ているところから、日本人である事が伺える。   うねる一本結いと類似して目を引くのは、右のふとももに巻きつけられた白い包帯である。   傷を悼むというよりは何かを隠すように巻きつけられたそれは、結び目の先端は彼女が動くたび、  ひらひらと蝶の様に動いていた。   目つきはやや鋭いが、その中心に据える黒は、爛々と輝き、口元にほのかな笑みを浮かべている。   彼女――華奉ひのでもまた、これを大いに楽しんでいた。   彼女達は互いに初めてここで出会ったはずだった。   交わしたのは、名乗りを上げた事と、二、三言葉のみだ。   しかし、息を合わせるように舞う二人はまるで、睦み合う恋人同士とも言える。   拳同士のコミュ二ケーション。   その技を鍛えぬいた格闘家達ならば、それが例え数秒の出来事であったとしても、その刹那が、  百時間、千時間相当の語らいに通じる事が稀にある。   互いの力に大きな差がなく拮抗し、互いが互いの技に惚れ、互いの精神波長が符合するような奇跡。   世界最大の格闘家達の祭典、ストリートマルスという舞台なら、そんな奇跡も起こりうるのだ。   拳をあわせ始めたまさにこの数分で、彼女達はまるで旧知の親友同士の様に、意気投合していた。   本来の目的とは違ったが、わざわざ米国くんだりまで来た良かったとひのでは思っていた。   ジェニスと名乗った少女の技は、打撃から流れるように関節技へと移行する無駄のない動きからして、  どこぞの軍隊か、特殊部隊の技が基盤にあると推察することができた。   対してひのでは父親から習った空手を基盤とした武術に、様々な東洋武術を混合した――というより、  彼女が日本で知りえた武術と彼女独自のセンスを混合してくみ上げたオリジナルの荒削りな技だった。   彼女は洗練されきっていないからこそ、己の技に囚われず見た物を吸収していく柔軟さがあった。   とはいえ、既に技が完成に近く、かなり洗練されたジェニスの技を見切る事はひのでにとって至難の業だった。   五感の総てを総動員し、相手の技を往なし、ほんの僅かな隙に打撃を打ち込む。   相手もそれを綺麗に受け流し、技へと持ち込もうとする。それをまた往なす。   ほんの一瞬の隙が命取りとなる、繊細なバランスで均衡が保たれた天秤。   この緊張を維持する事は一種の快楽だった。   しかしその拳は、その均衡を突き崩す為にあるのだ。   そして真の快楽は、均衡を崩壊させ、勝利を獲る事である。   矛盾した感情に揺れながら拳を突き合わせていた。   どちらにせよ、この肉体の語らいが永久に続く事はない。   持久走の数十k程度なら息も切らせず走りきる彼女であっても、全神経を集中させるこの数分には  普段よりスタミナを消費するし、何より技を避わせていても、一撃、一撃は何度も受けている。   しかもそれが、この華奢な体から放たれるとは思えないような力強さだった。   徐々にミスが増えていく。   そして、ジェニスの放った右ジャブがひのでの顔面を捕らえかけた。   動体視力と反射神経任せにひのでは身体を捻ってそれを避ける。   しかしそれが災いし、伸びる二撃目の左ストレートが左頬辺りに直撃し、ほんのコンマ秒意識が飛んだ。   そのコンマ秒の隙を相手は逃さなかった。   意識が戻った時にはジェニスの両手は蛇の様に動き絡みつき、ひのでの左腕を壊しにかかった。   (綺麗じゃないけど奥の手の使い時だ――!)   ひのでは足を踏ん張り強引に身体を起こすとジェニスの鳩尾に拳速重視の拳を打ち込み、気を炸裂させる――  パァン!   二人は、どこかで発された音に反応して反射的に距離を取った。   それが何の音か、考えずとも二人にはわかった。   銃声だった。  「一時中断だね」ジェニスがふっと息を吐き、呼吸を整えてから言う。  「そーだね」同じく、ひのでも呼吸を整えて言った。   そして視線を見合わせると、互いに頷きあって銃声の聞こえた方向へと走り始めた。   二人とも、好奇心旺盛な年頃で、銃声の原因を突き止めずにはいられないらしかった。   五分経つ前に、彼女らは銃声の聞こえた辺りに辿り着いていた。   そこは工場の様で、その周囲を彼女らの身長よりも高い塀が囲っていた。  「おっかし〜ぞ」  「確か、この辺りだと思ったんだけど」  パン!     彼女らが辺りを探り始める前に、再び、塀の向こう側から銃声がした。   そこからの二人の動きはまるで一つの意思に動かされているかのように、互いの行動を同調させた。 「ひので!」   ジェニスは腰をかがめて手の平を上に向けてひのでを呼んだ。   ひのではうなずくより先に体が動き、彼女の手の平の上に足を乗せていた。   手の平に打ち上げられ、ひのでの身体は、壁をはるか高く越えて工場の中へ飛び込んだ。   ひのでが宙を舞いながら目にしたのは、いかにも柄の悪そうな連中に囲まれ、拳銃を突きつけられている一人の女性だった。   金髪のポニーテール。   白のTシャツとジーンズの上にピンクのジャケットを羽織っている。   そして何より一際目を引く、たいそう立派な胸。   その女性的な身体つきとは裏腹に、勇ましく突きつけられた銃に怯む様子などは一切なかった。   むしろ、撃てるものならば撃て、と言わんばかりである。   ひのでが彼らの上空十メートルくらいまで接近したところで、銃男たちも彼女も、その存在に気付く。 「なんだァそりゃッ!? イカレてやがんのか!」   男たちは銃をひのでに向けるが、既に遅かった。   ひのでは男たち数人を巻き込んで、地面に着地した。   女性も一瞬呆気に取られていたが、次の行動に移るまでは素早かった。   銃口が自分から反れた事を察知した瞬間、後ろの男の顔面に後頭部をたたきつけ、  肘をわき腹に突き刺すように打ち込んだ。   男たちは急いで銃口を女性に戻すが、何もかも手遅れだった。   女性は背後の男を倒すと次に手近に居た男が右手に握る拳銃を、男の手首を掴んで捻り、地面に落させた。   そのまま男の胸倉を掴むと、今にもこちらに向かって引き金を引きそうな男に投げつけた。   その間にひのでも三人の男を制していた。   最後の一人が女性に向けて拳銃を向けて引き金を引いた。 パン!   この唐突の状況に動揺し、定まらない銃口から発射された弾丸は女性に当る事はなく、腕を掠める程度に至った。   男が二度目の引き金を引く前に決着はついた。   既に男に向かって疾走り始めていた女性の抉るようなパンチが鳩尾に突き刺さり、1メートル程飛んで地面に転がった。   女性は埃を払うようにてをぱん、ぱんと叩くと、満面の笑みを作って、ひのでに親指を立てた。   ひのでも親指を立てて返す。 カチリ   しかし、二人はそこで動きを止めた。   二人から離れた位置で伸びていた男がいつのまにか立ち上がり、左右両の手に持つ拳銃それぞれを二人に向けていた。 「なめんなよビッチどもが。まずジャップのガキ、てめーは殺した後犯す。  市長の娘、てめーは人質になってるオトモダチの命が惜しいなら動くんじゃねーよ?」   そう言ってひのでに向けた引き金に力を入れる。   しかし弾丸が発射される事はなかった。    「ごっ…?」   男の首は無理矢理、背後を覗き込もうとするように120度ほど回転し、一言呻いてそのまま崩れ落ちた。   その後ろから姿を現したのは、少し不満気な顔のジェニスだった。 「わたしの分はーっ!?」   彼女は悔し気に地団太を踏んだ。 「もーしわけないっ、残しておける程強い相手でもなくてさーぁ」   ひのでが手を合わせてジェニスに謝罪する。 「とか言う割りに、さっきはピンチだったんじゃな〜い?」 「えへへ」   女性は二人のやり取りを見て、あはは、と豪快に笑った。 「私の名前はシャーロット。シャーロット・マイヤー。ありがとう、二人とも。助かったよ」 「ジェニス」 「私はひので」   二人が交代で自己紹介を済ませると、ジェニスは小首を傾げた。 「マイヤーっていうと…市長の…?」 「そう。私はいかにもこのマルスタウン市長、グリフ・マイヤーの娘だよ」 「市長さんのー、娘さんだからー、命を狙われたの?」   ひのでも小首をかしげた。 「ちょっと違うけど、近いといえば近いかな」 『??』 「私を人質にしてパパと…マルスタウン市長と交渉しようとしてるヤツがいてね」 「交渉・・・?」 「目的は聞いてないけど、大会についての事かお金かどちらかだろうな、やっぱり。  でも私はそうそう捕まれる程か弱くなくってね、残念な事に。  返り討ちにしちゃったんだ」 「で、また狙われた?」 「いいや。あいつら卑劣な事に、私の友達を誘拐したんだ。私の元に脅迫状がきてね。  指定された場所に行ったんだけど、腹が立ってついつい、また全員やっちゃってさ。  パパの知り合いのツテを使ってそいつらの根城を探し出してもらったんだよ。  で、その根城の候補がココってわけ。他の場所は警察が当ってる」 「許せないな。私もそのお友達を助けるの、手伝うよっ!」   ジェニスが拳を握り締めて言う。ひのでも頷く。 「…そういうわけにもいかない。これは私の問題だからね。  無関係な人に迷惑はかけられない…って言いたい所だけど、そうして貰える方が助かるのも事実だし、  断っても聞かなさそうだしね、あんた達は。だってね、私と同じ匂いがするもの。  厄介ごとに首を突っ込まずにはいられないおせっかいって匂いがさ」   シャーロットは二人を見比べて、溜息をついた。   彼女の指摘にひのでもジェニスも身に覚えがあるのか、互いに見合わせてからバツが悪そうに明後日の方向へ視線をやった。 「それに、一秒でも早くクラリスを助けてあげたいし、ここで問答してる時間が勿体無いしね。  二人とも、着いて来て」   言うが早いか、シャーロットは廃工場の中に駆け出し、二人もそれに続いた。 「ん〜〜っ…となんだったか、クリ、クラ、トリ、リス…」 「ふぐっ、ぐ〜!」   廃工場の奥の広い長方形の部屋…というより、広間。   元はそこで流れ作業のコンベアなどが設置されていたらしかったが、放置されていたそれの換金可能な鉄くずだけが  取り去られ、取り残された破片やがらくたがそこら中に散らばっていた。   その奥には無残に穴の開いたベッドが設置され、その上にギャグボールをかまされ、  手足を縛られて寝転がされている白人女性――クラリスがいた。   この場にそぐわない美しい白肌に綺麗な顔立ち、そして巨乳。   その無垢を、この薄汚い場所が、埃や砂で穢し、既に泣きはらして涙を枯らした後が痛々しく、  目尻に赤々とその痕を残していた。   そしてここにはもう一人、この薄汚い場所がお似合いの大層人相の悪い巨漢がいた。   2メートル近い筋骨隆々の巨体に、どはでな紫色のモヒカン。   その男は腰をかがめてその女性を覗き込み、怯えないようにあやしている様子だったが、  この場所も男の存在も全くの逆効果で、余計にクラリスは震え上がるばかりだった。 「そう怖がるんじゃねえよクリ…トリスちゃんよ。俺はこう見えてもとてつもなくジェントル野郎なんだぜ。  女とみりゃ犯して、十分使い倒してからから殺すし、」 「んん〜〜!!」 「社会に掬う年金食いの糞老いぼれをみりゃあ即座にぶち殺して、」 「んう〜〜〜!!」 「何もできねえくせにぴいぴいうざってえガキどもはしこたまぶん殴ってから殺すし、」 「んんん〜〜〜!」 「金溜め込んでそうなセコい白色みつけっと脅して金取ってから殺してちゃあんと使うし、」 「んんんふぅぅぅ〜〜〜!!!!!」 「つまり、俺は社会に貢献しまくりのチョ〜立派なラブ国者ってわけだ。  わかるか? ええ、クリクリオマンちゃんだったか?」 「んふぅ〜……」      男がクラリスの恐怖を解こうとすればするほど彼女はこの状況を否定するように瞼をしっかり閉じて首を横に振った。    「糞ったれ! いつまで俺にこんなママゴトさせやがんだァあいつらァ!」   男は青筋を立てると、足を踏み鳴らして暴れだす。 「市長の娘には手を出されちゃ困るとか言って俺に留守番させやがってァッ!!  本当は今頃あいつらァハメ込め輪姦してんじゃねえだろうなァ〜ッ!?  あの乳! ケツ! 犯れつってるようなもんだろうがよォ〜〜ッ!   犯らせろッ、市長の娘、犯らせろッ! 」   周囲のガラクタを四方の壁に向けてひとしきり投げたくり、少し気が治まると、アゴをなでて何かを思いつく。 「待てよォ…俺ってばいい事思いついちゃったなァ?  聞きたいかァ? クリトリンちゃん? 聞いてくれるよな?」   男はゆっくりとクラリスの方を向いてにたあ、と下卑た笑みを浮かべる。   クラリスは、そのおぞましい視線に身体を一度打ってから、こくこくと小刻みに頷いた。 「あいつらは言ったよなァ〜、『市長の娘には手を出されちゃ困る』ってなぁ。  逆を返せばどうだ…? 市長の娘じゃない娘は犯っちゃっていいわけだなァッ!  俺ってば天才ちゃんかよォ〜〜っ!!」 「んんんんんーーーーーーっ!!!」   クラリスは目を見開いて必死に首を横に振る。   彼女の悲鳴は男の動物的衝動に油を注ぐ。   男は身震いした。 「ヒャーーーア! たまんねえ! いますぐレイプしてやるゼェェェ〜〜ッ!」   男はベッドに飛び乗るとクラリスに覆いかぶさった。   そして紙を千切る様に、いともたやすく彼女の服を破り去ってしまった。   彼女の身体を隠すのは僅かな下着だけで、凹凸のはっきりした美しいボディラインがはっきりと露になる。   さらにクラリスは悲鳴を大にしてもがく。   その度に男の股間は大きくふくれあがり、パンツの中には納まりきらないほどになった。   男はパンツをずらすとその巨大な青筋浮き立つ一物をさらけ出し、クラリスの秘部を覆う純白のショーツに手をかける。   その瞬間、風を切る音と供に、男の巨体は吹っ飛び、ベッドを越えて奥の壁に突っ込み、がらくたにの中に埋まった。   男を吹っ飛ばしたのは、シャーロットの深く突き出した双掌だった。   その一撃は、特大の気を纏って放たれ、掌は激しく蒸気を放出している。   彼女の背後には、ひのでとジェニスの姿があった。 「クラリス!」   シャーロットはあられもない姿の友人に駆け寄り、拘束を解いて上着を被せた。 「シャル、シャルっ!!」   クラリスはシャーロットにしがみ付いて、愛称を連呼した。   シャーロットは抱き返して頭を撫でる。 「ごめんね、ごめんね、私の所為でこんな怖い想いをさせちゃって」 「うん、うん…いいの…助けてくれて、ありがとう、シャル。あれ、…そちらのお二人は?」   ひので達の存在に気付いたクラリスは、涙を拭いながら、シャーロットに尋ねる。 「この二人は…おせっかい焼きのジェニスとひので。私を助けてくれたんだ」 「あなたみたいな格闘バカを助ける事ができるなんて、とても強いに違いないわね。  私の友人を助けてくれてありがとう、お二人さん?」 「ぐーーうぜん通りかかっただけで、大したこと、なーんにもしてないよ?」   ひので少し照れて手を振って否定する。ジェニスも頷く。 「通りすがりのヤツが空から飛んでくんのかぁ? 塀を越えてさぁ」   シャーロットがたっぷり疑念を含んで目を細める。   その状況を知らないクラリスは、眉をしかめる。 「空を…?」   そこで四人の会話は中断された。 「うおいおい、俺様をシカトして仲良くチーパーチーたぁ、どーなってんだ?」   がらくたの中から身体を起こしていた男が、彼女らのほうに向かって歩みを進めていた。   クラリスは再びシャーロットにしがみつく。   シャーロットは彼女を抱き上げると、地面に降ろして後ろに下がらせた。   彼女を守るように、ひのでとジェニスも、シャーロットに並んで身構える。   シャーロットは、男を睨みつけて、びしっと指を突きつけた。 「カーティス! カーティス・バントック! この薄汚い屑野郎、あたしの大切な友人にその汚ねぇ手で触れやがったなッ!」 「おおやァ、誰かと思えば、市長の娘じゃねぇーかァ!   わざわざデザート引き連れて犯されに俺のスイートルームまで遭いにきてくれるたぁ、優しすぎるんじゃねえかァ!?」 「はぁ!? 脳味噌腐ってんのもいい加減にしなよ。  哀れだから今からその首から生えてる雑草、引っこ抜いてやる! 覚悟しやがれッ!  らぁぁぁぁぁああああッ!」      シャーロットは前傾姿勢でカーティスに向かって疾走し、跳躍する。   慣性の法則に身を任せ、カーティスの顔面に気を練った拳のラッシュを浴びせる。 「ぉらーーーーーぁぁぁああっ!」   そして空中で体を捻り、 「イーーーーァッ!」  フィニッシュに回し蹴りを叩き込んだ。   カーティスの巨体はあっさりと吹っとび、再びがらくたにつっこむ。   シャーロットは華麗に宙返りをして着地した。   勝利を確信している彼女は、そのまま踵を返し、手をはたいた。 「シャーロット!」 「えっ――」   シャーロットは振り返る。   そこには、両手を広げ待ち構えるカーティスが立っていた。 「シャーハぁ〜! 愛してるぜ市長の娘ェ〜ッ!!」   シャーロットは後方へ回避したが、射程外へ出ることは敵わず、熱い抱擁を受けた。 「くそっ! 離せっ!!」 「たまんねえな〜あ、牛乳ビッチとくんずほずれつってのはよォ〜」   カーティスはぐい、ぐい、と間を置いて、彼女を抱く腕に力を込め、ベアハッグを行う。 「あうっ、ぐぅっ! は、離せっ…!」   腕に力が込められる度にシャーロットはもだえる。 「おほっ、おほっ、たまんねェ〜! マグナムチャ〜ジMAXだぜ…!」 「んなっ!? 変なもの、押し付ける、なッ…! あぐっ」   腕に力が入るタイミングにあわせて、カーティスは大きく膨らませた股間が押し付けるように腰を振る。 「もう我慢できねェよォ〜! ぶちこんでやるッ!」   シャーロットを抱いたまま地面に倒れこむと、片腕で彼女を押さえ、もう片方の手で彼女の股間をまさぐる。 「やめろっ、汚い手で触んなッ! んぁんっ!」   いくら蹴飛ばしても、彼はびくともせず、行為を黙々と続ける。 「ゲェハハ、もっと暴れろよォ〜泣き叫べよォッ! 俺をもっと興奮させぶォッ――」   言葉半ばで、ひのでの蹴りを顔面に食らってカーティスはぶっ飛んだ。  シャ 「殺ッ!」   まだ宙に舞っているカーティスに、ジェニスが飛び込んで追い討ちをかける。   膝を折り曲げて太ももで頭部を挟み込み、身体を捻って背中側を地面に叩きつけると、宙返りして着地し、  イ  ァ 「威ー唖ッ!」  間を置かずバク転するとカーティスの鳩尾に全体重を乗せた両膝を突き刺す。 「ごぉほッー」   カーティスが胃液を吐き出す。   ジェニスは一度上半身を前に倒すと、背中に反る腹筋の力で再びバク転し、着地とほぼ同時に後ろへステップして、  身構えた。   その背後では、シャーロットが立ち上がり始めていた。 「これは私の試合だ! 邪魔するなッ!」   彼女の言葉に、ジェニスは構えを崩さず口を開く。 「でも、こんなの、見てられないよ!」 「今のはゴッほ、ちょっと効いたぜェ〜…」   カーティスは少し咳き込みながら立ち上がり、血の混じった唾を吐き捨てる。   ひのでとシャーロットは驚き目を見開いた。 「あれをくらっても、ピンピンしてるっていうの!?」 「昔、医者によォ〜、言われた事あんだよな〜。  俺は興奮したら普通のヤツよりすぐにアドレナリンってやつが半端なく出てよぉ〜、  痛みなんかすぐにぶっとんじまうんだとよォ。  拳が折れようが骨が飛び出そうがおかまいなしに物や喧嘩相手をぶん殴りまくっちまって、  いっつもそこら中血だらけになっちまうから血塗れカーティスってよく呼ばれたもんだぜェ〜」   三人はその光景を思い浮かべて背筋をぞくりと振るわせる。 「おっおォ〜? 俺様の武勇伝聞いてブルっちまったかァ?  いいんだぜェ〜! 気にせず三人まとめて来いよォ。一人ずつだろうが三人まとめてだろうが、  てめーら全員犯す事に変わりねぇんだからなァ〜!」   カーティスは舌なめずりして全員を見回した。 「こんなヤツ私一人で十分だし、この手でぶっ殺してやりたいけど気が変わった。  自分の名誉にも経験にもならない相手を倒すのに時間を費やしたって、なんの意味もない。  三人でとっとと片付けて、私たちの本当の闘いに戻ろう」   二人は頷く。 「まとめてレイプしてやるぜェ〜!!」   カーティスは一番近く――真正面にいるジェニスに向かって、拳を振りかざし突進する。   対しジェニスは、身体をひねり振り下ろされた拳をひょいと避わすと、顔の横を通り過ぎる腕に両手を着いて飛び上がり、  膝を醜悪な顔面に突き刺す。 「ぐべえェッ」   まともに両膝を食らい、鼻血を出しながらカーティスは少しふらつくが、それは僅かな間だけで、  一度ぶん、と頭ろ振り払うと、 (鼻血は見るも無残だが)もう何事もなかったかのように正常に戻っていた。   両膝を入れた後、猫の様にカーティスを飛び越えてその背後へと移動していたジェニスは、  彼の右膝窩(膝の裏)に蹴りを放った。 「うぉッ」   カーティスは右膝を地面につけ、反射的に右手を着く。   がら空きの首筋に目掛けて、ジェニスの踵は大きく弧を描いて落ちる。 「ボケがァッ!!」   その攻撃を察知し、カーティスは右手と左足で地面を突き放し、背中側へ跳んだ。   既に回避できない状況の彼女を、背中の体当たりが迎える。   倍近くの体重を持つ巨体にぶつかられ、彼女の身体は宙を舞う。   巨体は振り返りながら着地すると、まだ空中のジェニスの胸倉を掴んで手繰り寄せる。   身に危険を察知した彼女はカーティスの顔面に蹴りを連打した。 「んむぐォッ」   顔面に連蹴りを食らい、カーティスの動きが少し止まった。   この隙にとジェニスは胸倉を掴む手を外しにかかる。   しかし、彼女は連打を止めるべきではなかった。   足の裏にほぼ隠れている顔から覗く口元が、にやりと哂った事に彼女が気がついたときには、もう遅い。 「カァーーーニバルだぜェーーー! ヒィィーーーーハァーーー!」   カーティスはボロ布をはたくように、軽々とジェニスを地面に何度も叩きつける。 「がっ! ぐぁっ! がっっ!」 「ギャァーーーーハハハハァー!」   ジェニスの悲鳴を聞いてカーティスの動きはヒートアップする。   叩きつけられる背中の強烈な痛みと、激しく揺さぶられ霞んでいく意識。   この状態がもう少し続けば、その意識が二度と戻らない事もありえるというぼんやりした直感が脳裏をよぎる。  ガ 『牙ッ!』   背面から近いていたひのでとシャーロットが、カーティスの肩――それぞれ右と左の頭頂部を掴み、  脇に目掛けて膝を打ち込んだ。   腕の力が緩む。隙に反応してジェニスは朦朧とした意識を呼び戻すと、己を握る拳の手首に拳を打った。   そこでようやく手の力が緩み、彼女は両足でカーティスの胸を蹴って跳び、距離を取った。    その間に、シャーロットとひのでのコンビネーションが火を噴く。   カーティスの前に躍り出ていた二人は拳の連打を浴びせ、少しよろめいた所にひのでが足払いをかけた。   前につんのめったカーティスの顎にシャーロットのサマーソルトがヒットする。   顎を思い切り反らせ飛ぶ巨体を二人は追うと、左右から両手で顎と後頭部をがっちりと掴み、  思い切り地面に叩きつけた。    ドァンッ!   まるで何かが爆発したような大きな音を立ててカーティスの身体が跳ね、砂埃を辺りに舞わせた。   そのすさまじさに、二人は少し目をこすった。 ひゅ―― 「ふ、っ――!?」   砂埃の中で何かが煌めき、シャーロット腕に突き刺さった。   一見何かわからないが、よく見るとそこには細い一本の針が突き刺さっている。   ひのでは即座にそれがカーティスの攻撃であると判断し、腕に刺さる針を一身に見つめたまま動かないシャーロットを  回し蹴りで後方に蹴り飛ばし、バックステップして距離を取り、身構えた。 ひゅっ――   再び砂埃の奥で煌めく。   ひのでは直感的に斜線上から身を逸らし、それを回避する。   背後では、シャーロットが痙攣を起こし、地面に伏していた。   そのまま動こうとはしない。 「ゲェーッへッヘ…」   砂埃の中から身体を起こしたカーティスが姿を現す。   ひのでは舌打ちした。 「俺の含み針を避けるたぁ、なかなかやるじゃねーか」 「武器は使用禁止のハズだぞ!」 「聞こえねぇなァ〜!」   カーティスはにやりと笑うと、拳を振りかざしひのでに向かって突進する。   ワン、ツーの左ジャブを後ろに下がりながら掌で避なし、右ストレートは身をかがめて避わす。   身を竦めるひのでに向かって、隕石のような左足の回し蹴りが襲い掛かる。   バックステップした彼女の目の前を足が通り過ぎ、顔に風だけを叩きつける。   蹴り足を着地させ軸足に替え放たれた横蹴りが、さらに追撃する。   身体を横に向けてぎりぎりで避け、目の前を過ぎる足に手をついて身体を持ち上げ、  その勢いで横面に向けて右足で蹴りを放った。   カーティスは首の筋肉に力を入れてあえてそれを受け、両手で捕まえにかかる。   ひのでは折り曲げていた左足でカーティスの腹部を蹴り、身体を後方へと跳ばして射程外へと脱出した。   カーティスの手は虚空を掴み、背中から着地したひのでは受身を取ってごろりと回転するとそのまま起き上がり、  身構える。 「ちょこまかとうざってぇ〜野郎だぜ」 「攻撃が力任せで大振りすぎるからさー、見切りやすいんだって」   カーティスはにやりと嗤った。   彼は、二、三歩ひのでとの距離を縮めると、だん!と大きく右足を踏み込んだ。   その時、ほんの僅かに、かきん、と金属音がしたのをひのでの耳は聞き逃さなかった。   しかし、金属片がこれだけ散らばる工場内、何かがらくたを踏んだだけだろうと判断し、気に留める事もなかった。   右足を軸足にして、左足の蹴り上げが彼女を襲う。   ひのでは身をそらして、それを難なく避わす。   カーティスは蹴り上げた左足をさらに踏み込んだ。   再び、かきん、と小さな金属音が鳴った。   ひのでは眉をひそめた。   その瞬間、カーティスの動きが早まった。   破壊を目的としない、瞬速の右蹴り上げが放たれる。   今までの彼の攻撃にはなかったものだった。   行動の変化に虚を突かれながらもバックステップで回避する。 「―――!?」   回避したはずのカーティスの足先は、ひのでのセーラー服を斜めに半ばまで切り裂く。   驚愕の間を与えず、右足を大きく踏み込んでの回し蹴りが横一門にセーラー服を切り落した。   白の下着に包まれた慎ましやかな胸が露になる。   カーティスは回した左足を着地させた瞬間腰をかがめ、バネのように跳ね上げて前方にジャンプし、  強引な右の前蹴りで追撃した。   胸から顔にかけてを狙ったそれを回避するために、ひのでは上体を後ろに大きくそらす。   視界左下から足――靴が接近する。   ひのでは今まで感覚で避けていたそれに注意を向けた。   感覚が鋭敏化され、世界がスローモーションになる。   徐々に近づくブーツの先端が煌りと輝く。   靴底からその犯人が顔を出していた。   そこからは少し筒刃が伸び、最終的には十数センチ程になり、大きく射程を伸ばしていた。   既にそれを完全に回避する事は不可能と思えた。   刃は彼女の長いもみあげごと乳房の上を霞めブラジャーを切り裂いて、さらに頬へ縦に一線を入れた。   そこで感覚の集中が途絶え、再び時間の流れが元に戻る。   ひのではそのまま後方へバク転し、着地すると赤く筋を引く頬を親指で撫ぜ、血が出ている事を確めた。   カーティスはその様子を嬉しげに眺めながら、舌なめずりをした。   ふとその足先を見る。   靴の先には、刃はない。   遠心力によって一瞬飛び出し、再び収納される構造のギミックナイフが靴底にしかけられているらしかった。   隠し武器が常に見えていては意味がない。 「卑怯者。恥かしくないのか、お前?」 「卑怯? 何を言ってやがる、闘いってのぁなあ! 最後まで生き残らなきゃァ意味ねえんだよ!」 「でも、そんな事をして勝って、本当に勝ったって胸を張れるのか?」 「てめーらみたいによぉ、遊びでやってるヤツらはそれでいいさ。  俺はなぁ、地下の闘技場で、命がけで戦ってきたんだ。  テレビに映ってる、あんなゴムのリングじゃねえ、有刺鉄線に囲まれたリングでだ!  そこでのルールはただひとつ!  生き残る事!」 「………」   ひのでは己の知りえなかった世界の一端を耳にして絶句した。 「その中で俺は人気もあったが憎まれ恨まれもした。  俺がリング上で死ぬ事を望むヤツは腐るほどいたし、俺の支持者ですらそれを求めてやがった。  俺たちの命なんて屑未満だった。  だが、そういうショーだ。てめーが糞するくらい当たり前の事。  嫌じゃなかったかって?  俺は根っからの役者のなのさ!  それこそが生き甲斐!  これこそが存在意義!  やれと言われて嫌と言う権利はなかったが、拒否する気なんて毛頭なかった。  話を持ちかけられたら受けずにはいられなかった!  例えどんな窮地の闘いであってもだ!  むしろ、死に近づいた時こそ俺は昂揚した!  舞台の上にいてこそ役者ってのは輝くんだ。  ほとんどのヤツはある程度金を稼いだ後は逃げるか、その前に死ぬ。  だが、俺は総ての挑戦を受け続けた。そして生き残り続けた!  やつらは面白がって、俺を殺すためになんでも仕掛けてきた。  武器をもった覆面どもと戦ったし、複数人とも戦ったが、そんなの序の口だったぜ。  虎とも戦った。クマとも戦った。特別に育てられた糞でかい肉食の猪ともな。  何度も死に掛けたが、生き残ってきた。  俺はやつらより狡猾に、凶暴に、残虐に闘い、殺してやった。  卑怯? 胸を張れるかだ?  俺は堂々と胸を張って言えるぜ!  『オーマイ神様ブッダ様、ビッチの腹から生まれたクズでクソッタレな俺は今、ここでちゃあんと生きてるぜ、くそが!』  ってな!  どんな無謀な戦いもするが、勝つためにはどんな手段も使う!  これこそが、いわば俺流の格闘技よ!」   カーティスがにぃ、と歯を見せた。   ひのでは一度目を伏せた。   そして、次に瞼を開けた時、その瞳は紅く燃えていた。 「…わかったよ。お前がどんなに最低なやつだったとしても、武道家のはしくれには違いないって。  あたしも、本気出すよ」   拳を握り、親指と人差し指を擦った。   指の隙間で、ぼ、と何かが小さく爆ぜた。 「おんやぁ〜? もちかちて手加減してくれてたんでちゅかぁ?  なめんじゃねェぞビィィィィッチがぁ!」   カーティスは叫ぶと同時に拳を振上げた。   巨体からは、ワンツー、キックが放たれる。   攻撃を回避する事はできるものの、やはり伸びる刃の所為で、ひのでは踏み込みきれずにいた。   刃に切り裂かれれば、致命傷になりかねない。   その恐怖が、少し彼女を及び腰にさせていた。   もとより刃物が嫌いであったし、包丁が怖くて料理もできないのだ。   彼女の怖気はカーティスにも伝わっていた。 「こいつの、本当の使いかたを教えてやるぜェッ」   これ好機と連続で蹴撃を繰り出す。   ひのでの腕や脚は、至る所から出血した。   その攻撃は、体や顔などの急所を狙ったものではなく、踏み込みきらずに放たれる、足や腕を狙ったものだった。   身軽に回避するひのでには、確かに当りきらない。   しかし、完全に回避もできておらず、その刃が皮膚をかすめ、傷つける。   ひのでは瞬く間に体中、生傷だらけになっていく。 「げぇハハ、ほらほらちゃあんと避けねえと血だるまになっちまうぞ! ゲェハ!」   ひのでは内心舌打ちした。   確かに、戦い方としては効果的だ。   下手に大きく踏み込んで隙を作るより、手早く浅い攻撃をくり返し、出血させて徐々に体力を奪っていく。   相手は集中力を欠いていき、やがてミスをする。その瞬間、勝負は決まる。 (完全に相手のペースにはまってる…! 激流に飲み込まれるみたいに…! そうだ、あの時みたいに…)    ひのでは追憶する。   五つの頃、彼女は山奥で修行中、父――華奉建速(はなまつりたけはや)の跳び蹴りをまともに食らって滝から堕ち、  溺死しかけた。   彼女の父親は格闘家で、彼なりに手加減はしていたらしいが、年端もいかない娘に対してすら、容赦のない男だった。   高い滝の要所要所にあるでっぱった岩に何度も身体を打ちつけられながら落ちて行き、  最後は滝つぼが彼女を飲み込んでしまい、吐き出すそぶりをみせなかった。   既に激痛を通り越して体中の感覚が飛び、鈍重に混濁した意識の中で、光に向かって脱出を試みる。   しかし身体は滝つぼ内で発生している水流に持てあそばれ沈んでいく。   そしてとうとう我慢できずに、水を大きく吸い込んだ。   驚くほど冷たい水を吸って、吐きながら意識を失った。   次に意識が戻った時、彼女の体は河原に横たわっていた。   嘔吐感に意識を叩き起こされ、彼女は息を吹き返す。   視界に入った父親は、その鍛え抜かれた分厚い胸板をほっとなでおろしていた。   そして、にかっと歯を見せた。 『龍の娘よ、やはり生きていたな』   しかし、しにかけました、ちちうえ。   応えようとしたが、口から出るのは咳だけだった。 『しかし、溺れるとは情けないな、龍の娘よ』   みずのなかにはいったら、だれでもおぼれてしまいます、ちちうえ。 『否。それは人の場合だ。我ら龍には無い道理だ』   りゅうはおぼれないの? 『そうだ。龍。それは総てを“断つ”』   たつ。たつ。 『生物至上、いや、存在至上最強の存在、龍。  龍は総てを断ちきり、常に己の行く手が何者かが遮る事を許さない。  それが例え山であっても、海であっても、風であっても、空気であっても』   そう云って、建速は流れる川へ向かって足を進める。   彼は何事も無いように、川の、水上を歩いて向こう岸まで渡りきった。 『龍の道とは、総てを断ち切り、牙(我)を貫く事なのだ、龍の娘よ』   はい、ちちうえ――   追憶から醒めた時、自分の胴ほどもある右足が既に左側面から迫っていた。   靴先からは刃が伸びている。   恐怖心を、断ち切る。   龍の拳は――   ひのでは右拳を引いて、脚を踏み出す。   腕の辺りを狙った蹴撃を、その内側にもぐりこみ、左腕を折り曲げて固め、防いだ。   破壊力の無い蹴撃はそこであっさりとまる。 「総てを断ち――」   引いていた拳を放つ。   気を纏ったその拳が、カーティスの腹にめり込む。 「牙を通す拳だぁーーッ!」   ド ボォ ――ン!   次の瞬間、爆裂してカーティスをふっとばした。   そして、巨体はそのまま背後の壁を――大砲のように貫いた。   瓦礫が崩れ、砂埃が舞う。 「――気爆…」   シャーロットが呟く。   ジェニスは彼女を振り返る。 「知ってるの?」 「気功の一種ね。気というのは誰の体内にも内在する一種のエネルギーなんだけど…  これは普段、ただ生命エネルギーとして丹田から放射され続けている。  まあ、垂れ流し状態なわけ。  それを意識して操り、身体部位に纏わせて効率よく使う事によって120%をも越えるの力を出す。  例えば私なら、拳に気を纏わせて――やろうと思えば岩を砕く事もできる」 「…すごいね。じゃあ、あれは?」 「彼女のあれは、そのエネルギーを燃料にして爆発させる力。  それも、ただ爆発させるだけじゃない。  人同士の気は、特殊な状況を除いて、基本的には相反しあっているものなんだけど…  その反作用を利用してより強い爆発力に変換する。  人は本来自分の気で膜を生み出して自分の身体を無意識のうちに守っているのだけど、  相手自身の気を爆破する事によって気膜に穴をあけ、無防備になった部分へ効果的にダメージを与える。  あれは、幾ら痛覚が麻痺してようがかなり効いたはずよ、真芯(ましん)にね」 「それが――気爆」 「気をエネルギーとして攻撃に使う事自体は珍しい事じゃない。  ただ、それを直接、燃料にして爆発させるという技は珍しい。  私も目にしたのは、過去に一度だけ――あの、第四回ストリートマルスの時に起きた、暴龍の惨劇の時にね…  そうか、彼女は華奉の――あの人の娘なのね」   シャーロットは一人で納得し黙りこんだ。   彼女が思慮に耽るのをみて、ジェニスはそれ以上追及しなかった。 「さっさと、起き上がってこい。まだ立てるって事はわかってる。  それとも、もう終わりなのか!」 「ぐっ、ひゃは、いてえ、いてぇじゃねえかッ…! くそ、ころしてやる、殺してやるぜぇこの糞ビッチッ」   カーティスは立ち上がると我武者羅に、ひのでに襲い掛かった。   ひのではその雑な攻撃を容易く往なすと、再び一撃打つ。   腹部に爆撃を受け、巨体は下半身から跳んでうつぶせに落ちた。   起きあろうと腕に力を込めるが、痛みに全身を震わせ、顔面で地面を受け止めた。 「その一撃…気爆が“効いた”のはわかったけど…。  でも、アイツ――カーティスの動きに、明らかにキレがなくなって隙だらけになってる…?」   ジェニスが首をかしげる。   シャーロットは頷く。 「そう、例え痛覚が麻痺していてもダメージは蓄積されてる。  真芯を貫かれた事によって虚ろだった感覚が引き戻され、蓄積されたダメージが一気に開放された。  無意味だったかのように見えた私たちの打撃が、今効いてるはずだ。  あいつは今、全身に走る激痛に耐えながら意識をなんとか保っている状態だろうな。  もはや、闘える状態じゃない」   カーティスは全身をわなわなと震わせながら上半身をもたげると、口をすぼめる。 ひゅっ―― 「くるとわかってて当るわけないじゃん!」   ひのでは放たれた含み針を人差し指と中指で挟み、ぴたりと止めた。   そして、それをそのままダーツのように投げ返す。   それはカーティスの胸部に命中する。 「あ…が…?」   カーティスは己の放った含み針によって、上半身を起こしたまま、筋肉を痙攣させ、そのまま動きを停止させた。 「最後は、貰っていいかな? 私の問題だし」   シャーロットが言う。ひのでは頷いた。 「ありがと。じゃあ、死体に鞭打つようで気が進まないけど――」   シャーロットはひのでの前に出て伏すカーティスと相対した。   そして腰をかがめ膝をつくと、右拳の甲を地面につけた。 「こいつでええええええぇぇぇぇーーーー――」   シャーロットは地面を拳で抉りながら前進し、 「KOだぁぁぁぁァーーーーッ!!!!!!!」   カーティスの顎に到達すると同時に、高らかにアッパーを放った。   巨体は、さきほど貫いた壁を抜けて工場の外へ飛び出していった。   !!!! カーティス・バントック  K O !!!!   それから少しして、サイレンの音が接近してきた。 「シャール! シャーロット! マイヤー嬢!! 無事か!」   そして、そう叫びながら、建物の入り口の方から入ってきたのは、くわえ煙草の口ひげを蓄えた細身で中年の男だった。   後ろには数人の警察官をつれている事から、彼も関係者である事が伺えた。 「トムおじさん! なんともないさ。だって、たかだかごろつき相手だし。  それより、クラリスを早く病院へ。見たところなんともなさそうだけど…いや、酷い姿をしてるな」 「もう! シャルったら、酷い姿なのはお互い…皆同じじゃないの。特にヒノデは血だらけよ、彼女を早く手当てしてあげて」   自分に振られて、ひのでは一旦きょとんとすると、必死に手を横に振った。 「うへ、病院なんて、ゼンゼン大丈夫だって。こんなのかすり傷だし!!」   その表情を見て、ジェニスはにやりと笑った。 「へぇ、怖いんだ?」 「う、うへえ何言ってんだってば! 注射が嫌いなわけじゃなくて!」 「嫌いじゃないなら、してもらってきなよ、注射。傷もすぐ治っちゃうから。ほら、ぷすって」 「うぎゃだぁやめろ〜っ!!」   等と二人がコントをしている間、警部はクラリスの介抱をしていた。 「クラリス、ご無事でありますか。チャールズ議員…御父上がたいそう心配しておられました」 「ありがとう、トム。お陰で助かりました」 「余りのもんを総動員で他を探索しておったのですが、人数も足りませんし、どうにも当たりが悪かったみたいですな。  マイヤー嬢に先をこされちまったみたいで。はっはっは」 「余り? ああ、そうですね。今はストリートマルスの開催でみなさん、警備が大変ですもの。  そんな時に、ご迷惑をかけてしまって…」 「警部! 警部!!」   その時、一人の制服の警察官が大声を張り上げながら、トムを呼んだ。   全員がそちらに注目する。   トムは、耳の穴に指をいれて、胡散臭そうに口を開いた。。 「あーん、なんだ、どうした、クラリス嬢ならもうみつかったんだぞ。何を騒いでる?」 「そ、それが…!」   警察官はトムに耳打ちをする。   それを耳にしたとたん、トムは顔を青ざめて、口にくわえた煙草をぽとりと落とした。 「なん、だと…?」 「どうしたんだよ、トムおじさん。奥さんに浮気がばれたみたいな顔してさ」      シャーロットが茶かす。   トムは眉間を狭めてシャーロットに振った。 「バカな事を言ってる場合か!!!」   シャーロットはその剣幕に身を引く。   彼は唾をのみこむと、ゆっくりと言った。 「ゼウスが…ステファノ・カロが…脱獄した」 『―――――!!!!』 ―――続く 登場設定 ■ストリートマルス■ 華奉 ひので(はなまつり-) 18歳  セーラー服。髪型は長い黒髪の一本結い。手には真っ赤な指貫グローブをはめている。 右のふとももから足にかけて、龍に見える痣があり、普段は包帯で隠している。 年齢の割には子供っぽく、無邪気で明るい性格。切れると豹変して口調も変わり、瞳が赤く輝く。 父親は数年前、ストリートマルスに参加した時に死亡している。 空手を基盤とし、様々な東洋武術を取り入れた独自の戦闘スタイルと、亡き父親から教わった 自分の気や相手の気を利用して爆発を起こし打撃に追い討ちをかける技「気爆」の使い手。 超必殺技は龍のオーラを纏い繰り出す飛び込み蹴り「龍牙咆翔戟」 ■ストリートマルス■ ・ジェニス(17) 身長168cm、ふわふわの癖のある金髪ショートボブで碧眼、巨乳娘。 片田舎の森の中に住む少女。元々は孤児院にいたが、院長に乱暴されそうになり、院長を殺害して脱走。 森の中で迷って泣いていた彼女を元ストリートマルス出場者が助けたのがきっかけで格闘技に興味を持つようになった。 みるみるうちに上達し、師匠越えを果たそうとしようとした矢先に、師匠が謎の失踪をとげてしまう。 彼女は手がかりを探すため、ストリートマルスの参戦を心に決めた。 見かけとは裏腹に力は強く、間接技を決め、動けなくなったところで首を折ってとどめを刺す戦法を得意とし、 「カットスローター」の異名を持つ。 しかし殺害が禁止されているストリートマルス、彼女なりに殺害せずに相手を倒す方法を考える必要性があるのだが… ■ストリートマルス■ シャーロット・マイヤー グリフ・マイヤーの一人娘で、自称「職業:格闘家(=フリーター)」。22歳 長い金髪ポニーテールに碧眼で、少々のソバカスあり。引き締まった体型に、100cm近くある巨乳が自慢 白のTシャツとジーンズの上にピンクのジャケットを羽織っている 学生時代からストリートファイトに嵌り、卒業後は武者修行の旅に出て腕を磨いた 今回の大会から初出場となり、有名な格闘家達と戦う為、目標である父を超える為に戦う 明るい性格で楽天家、好きなものはピンク色とホットドッグ 格闘家マニアで手が先に出る性分なせいか、まともな彼氏ができないのが悩み マーシャルアーツに、修行中に学んだ気功を取り入れた独自の戦闘スタイルを持つ 手足に気を纏った必殺技がメインで、バランス型だが父に影響されてか若干パワー寄りなのが特徴 超必殺技は、強力な気を拳に纏っての突撃からアッパーを繰り出すバーニング・ホーク ■ストリートマルス■ カーティス・バントック 地下レスラー崩れのチンピラ。年齢は29歳で紫色のモヒカン頭と褐色肌の大男 金と酒と暴力とレイプをこよなく愛し、女子供を痛めつけるのに性的興奮を覚える異常者 かつてこの街を牛耳っていたマフィアの残党に雇われたならず者の一人で 今年のストリートマルスをきっかけに再びマルスタウンを無法地帯にすべく暗躍する 見た目通り頭の悪い言動とテクニックより力任せに相手を叩き潰すスタイルだが 実は含み針やブーツの仕込みナイフといった奥の手も準備する狡賢い一面も持つ ■ストリートマルス■ ゼウス(本名ステファノ・カロ、身長185cm、45歳、♂) 若き日のグリフ・マイヤーに壊滅させられたマフィアのボス、現在服役中。 表の顔は総合商社の社長。栗色の髪を丁寧に撫で付け、最高級生地で誂えたスリーピースを 一分の隙も無く着こなす社交界でも名を轟かせる、イタリア系の伊達男であった。 表面上は紳士だが敵を陥れるためなら手段を選ばない残酷さと執念を併せ持ち 現在も刑務所内からグリフ殺害のために指示を出している。 ファイトスタイルは我流。余裕を現す為、まずは両手をポケットに入れたまま蹴りのみで戦う。 両手を開放すると、獣の如く相手を追い詰めて必殺の拳を叩き込むファイターと化す。 マフィア絡みのキャラクターで全クリすると対戦モードで解禁されるぞ!