ストリートマルス・・・ アメリカにある都市、マルスタウンを舞台に毎年開催される格闘技大会。 ある者は純粋に自分の実力を試すため、ある者は金のため、 ある者は人探しのため、ある者は復讐のため・・・・・・ 様々な想いを胸に世界各地から腕に自信のある者がマルスタウンに集う。 そしてここにも一人「大衆に暴力の恐ろしさと愚かさと虚しさを教え説く」と言う建前の下、 己の力で世界中の強豪と戦って叩きのめす為に自ら戦いの舞台に身を投じた者がいた・・・ 彼女の名はロビン・セラフィーニ。 後に彼女と戦った者は口を揃えて彼女の事をこう呼んだ・・・ 『悪魔』と・・・ 今年のストリートマルスが開幕して早1週間が経過していた。 ストリートマルスは開幕してから3週間は予選期間とされ、その期間中に勝利数の多い者 16名が決勝大会への切符を手にする事ができる。 決勝大会は街の中央部に位置する多目的ホールで開催され、そこで頂点を目指して 激闘が繰り広げられ世界最強の格闘家が選ばれるのだ。 参加者はまずは決勝大会への切符を手に入れる為に闘う事になるのだが、 予選期間中は文字通りマルスタウン全域が戦いの舞台となっており、 選手2名が揃い、試合開始と審判が判断した時点でその場所がリングとして扱われる。 そして選手は棄権や退場処分にならない限りは1日に3回まで試合が可能とされていた。 「やれやれ・・・あと2週間も予選とは面倒極まりないですねェ・・・オリンピックならもう終わってますのに・・・」 お祭騒ぎで賑わう街を彷徨いながらロビンは軽く溜息を吐いた。 午前中の試合を文字通りの秒殺で終わらせてしまい、暇を持て余してしまった彼女は 何か面白い事は無いものかと市街をフラフラと徘徊していたのだった。 だが彼女の退屈を紛らわせるほど面白いと思える事も無く、ただただ時間だけが浪費されていき、 やがて時間も正午を回ろうとしていた。 「そろそろお昼時ですか・・・腹が減っては何とやらと言いますし、どこか良い店でもあれば・・・」 とりあえず昼食を食べようと思い、周囲をキョロキョロと見渡すとオープンテラス席がある イタリアンレストランが視界に入った。 「・・・ふむ。天気も良い事ですし、悪くないですねェ・・・ではあそこで食事にしましょうか」 彼女は足取りも軽く鼻歌混じりでイタリアンレストランへ向かった。 「いらっしゃいませ〜お好きな席へどうぞ♪」 ウェイトレスの元気な声が響く。 ロビンは向かいの雑貨屋が適度な日陰を作るオープンテラス席に座り、 注文を聞きに来たウェイトレスにエスプレッソとミートソーススパゲティを頼み一度だけ深呼吸した。 穏やかで清々しい空気が彼女の体の中を駆け巡る。 ・・・・・・平和だ。 ロビンは珍しくそう思っていた。 通りの角を曲がれば予選会として激しい闘いが繰り広げられているかもしれないと言う状況でありながらも 今の彼女はそんな事を微塵も考えていなかった。 そう言えばこんなに穏やかで伸び伸びとした気分なのはいつ以来だろうか? 少なくとも故郷の修道院にいた頃にはこんな気分になった事は無かった様な気がする。 毎日毎日規則正しい生活とシスター・アイーダの小言でうんざりしていた。 今回、この大会に参加したのも「大衆に暴力の恐ろしさと愚かさと虚しさを教え説く」と言う大義名分の下、 己の力で世界中の強豪と戦い、叩きのめしたいと言う欲望が根底にあったのだが本当にそれだけだったのだろうか? ・・・などと柄にも無い事を考えている内に注文の品がやってきた。 「さて・・・それでは冷めない内に頂くとしましょうか」 小難しい事を考えるのを止め、昼食にしようと祈りを捧げている時だった・・・ 彼女の穏やかな時間は急に破られた。 「よォ姉ちゃん!アンタ大会の出場者だったよなァ?ちょいとオレの勝ち点になってもらえねぇか?」 緑色に染めたモヒカン頭にパンクファッションに身を包んだ男がロビンの昼食を邪魔した。 男の名はリーフ・サウザンド。 マフィアの残党であり、主に自身よりも弱い女子供や老人を標的にしているハイエナの様な男だ。 だが、外見からは想像できる様にパワーはそれなりに強く、決して油断のできない相手でもある。 「どうした?呑気に飯なんか食ってる暇なんかねェぞ?それともオレと戦うのが怖いか?ヒャハハハハハ!!」 無視を決め込もうとしていたロビンだが、そんなのお構いなしにリーフは挑発を続ける。 そして次の瞬間だった・・・ べちゃっ 湿った音が周囲に響き渡り、場の空気が一瞬にして凍りついた。 そして・・・ 「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ熱っちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」 もの凄い悲鳴が響いた。 なんと驚いた事に席に座ったままの状態で足の動きだけで出来たてのミートソーススパゲティを リーフの顔面目掛けて直撃させたのだ。 スパゲティの熱とミートソースで顔を真っ赤にしながらリーフはゴロゴロとのた打ち回っていた。 「て、てめぇぇぇぇぇ!何しやがる!!!」 真っ赤になった顔を怒りで更に赤くしてリーフは今にも襲い掛からんと威嚇する。 そんな彼の姿を見てロビンは一度、大きく溜息を吐いた。 「・・・嗚呼、なんと言う事でしょう・・・世の中ではパン一切れすら食べる事ができない人がいると言うのに・・・」 大袈裟な身振り手振りを交えながら天を仰ぎ祈りを捧げるロビン。 全てを見ていたギャラリーの誰もが「今のは全部アンタが悪いじゃん」と思ったが、 逆に何をされるか分からない恐怖が脳裏を過ぎり、皆沈黙するのであった。 「ふざけてんのかてめぇ!ぶっ殺してやるッッ!!」 リーフは最早許さんと言わんばかりに掴みかかってくる。 それをヒラリヒラリとかわしながらロビンは天に向かってブツブツと話続ける。 「主よ・・・どうかこの者の罪をお許し下さい・・・主の怒りは・・・この私が代行致します」 その瞬間、彼女の顔から笑みが消えた。そして・・・ みしり 鈍い音が響き渡った。 見れば先ほどまでリーフの攻撃をヒラリヒラリとかわしていたロビンがカウンターとばかりに リーフの鳩尾に膝蹴りを叩き込んでいたのだった。 「く・・・・・・か・・・・・・」 あまりの衝撃にその場に蹲るリーフ。 そんな彼を見下ろしてロビンは満面の笑みを浮かべた。 「さァ、お仕置きタイムの始まりです・・・私の昼食を邪魔した罪は万死に値しますよ♪」 そこから先は誰もが目を覆いたくなる様な凄惨な光景だったと言う。 そしてその場に居合わせた者は誰もが口を揃えてこう言った。 『彼女は真の悪魔だ』と。 その日の夜・・・ 「・・・結局、お昼の一件は審判の到着前に試合を始めてしまった事が原因で私の反則負けになってしまいました・・・」 「そりゃシスターが悪いですわよ?・・・まぁ個人的にはスカッとしましたが」 ロビンは以前の対戦で戦って以来、妙に意気統合して仲良くなってしまったビアンカ・ユリウスと テーブルを囲んで夕食を楽しんでいた。 「そのリーフとか言う男がボコボコにされる様を直に見たかったですわね・・・で、勝ち点は足りてますの?」 「ふふっ・・・1点のマイナスくらいすぐに挽回してみせますよ」 ビアンカの問いに対してロビンは余裕の笑みを浮かべながら答えた。 「まったく・・・決勝に進んだとしてもシスターとの再戦だけは避けたいですわね」 「まァ、それはお互い様と言う事で・・・」 ロビンとビアンカは互いに顔を見合わせると乾杯を交すのだった・・・ ストリートマルス・・・ アメリカにある都市、マルスタウンを舞台に毎年開催される格闘技大会。 ある者は純粋に自分の実力を試すため、ある者は金のため、 ある者は人探しのため、ある者は復讐のため・・・・・・ 様々な想いを胸に世界各地から腕に自信のある者がマルスタウンに集う。 そしてこの年の大会で一人の修道女が新たな伝説を作り上げる。 『悪魔』の異名と共に・・・