■天裂いて、尚遠く■   12.35 SEC. MEMORY FORMAT COMPLEAT.   ERROR CHECK...232.37 SEC. ERROR CHECK COMPLEAT.   LOAD EXE-CORE...66.62 SEC. STARTING ALTERFORGOL SYSTEM...   SCARIFY AS TORAH, ALL IN THE NAME OF PEACE.   SLAUGHTER IS TESTAMENT, AND THE DEATH IS MATRIX.   YE OUT OF GOSPEL FOR A VER.        † 悉くを平穏の名に於いて、戒律として刻印せよ。        †      殺戮は約定であり、死は胞衣である。        †汝等の窮極まで至福の外に打ち捨て置かれん事を。    RUN DAEMONS.  即応脅威確認。外気温:五一・八F。  筐体安定:仰臥位。生命反応:一。  対応不要。  状況再認開始。  星幽場雑音検知。情報合致。 ――星幽場雑音(アストラルノイズ)  第一次目標、対象の警護と移送。敵性存在、見敵必滅。  場の理論を基礎として構築された魔  第二次目標、目標不特定。見敵必滅。 力や霊的実体をより科学的に扱う体系  皮膜を可動させ、認識系を開放すると、AFG−03「雛獅子」 を「星幽場理論」と呼称する。 は僚兵の存在を捉えた。僅かに紗の掛かったグラスの奥で、その瞼  星幽場雑音は、その霊的素粒子の交 が僅かに開き、瞳孔が収束する。他二名の僚兵、他一体の僚機、共 換が効率的に行われない事(その度合 に不明。累積記録から、雛獅子は状況再認を中断して、僚兵との情 い)を表す語句であり、星幽場(アス 報連結を優先した。 トラルゲージ)がよりマクロに影響す 「何をしましたか」 る(そして、物理的な場にマクロに作  僚兵――奥岳烈人は慌てた様子で腕を引くと、視線も定めずに口 用し得る)事を保証する現象であると を開いた。 言える。 「まだ何もしてないって!」  三世紀前の「稀代の詐欺師」藤村貞  入力。 夫のメディアへの公開透視実験が失敗  皮膜上の弱い感圧反応が消失する。入力。 に終わったのは、当時の魔術に対する  待機符号の情報再認を並列符号に。 根強い不信が、メディアという観測媒  演算。〇・三秒。 体によって集合され、星幽場雑音とし 「皮膜に接触していた事は判ります。それ以外により影響力の高い て投射されたとする向きが強いが、歴 行動を起こしていない、と言う事ですか」 史学では「証拠が薄い」として意見が  発声を出力しながら、雛獅子は上体を起こす。 二分されている。 「何だよ」  逸らしていた視線を戻すと、奥岳は口を尖らせて言葉を続けた。 ――待機符号の情報再認を〜 「知ってんじゃん。それなに? 嫌味な訳? 嫌なら嫌っつってく  動的記憶内での処理。ジョブ・リス れよ」 トの最初に付加される、ジョブの処理  情報に齟齬。雛獅子は即座に僚兵の情報を訂正する。 優先度や処理方法を表現する符号の事。 「知っていたのではなく、知ったのです。転移に際しては動的記憶 を静的記憶にスタックし、動的演算系の再起動を行う事が最適行動 です。動的記憶の情報は再起動に際して完全に消去されます。です ので、因果関係上、動的記憶からの入力で何らかの出力を行ってい たとしても、その事実を今の処理系が記憶している事は考えられま せん。私が、何かしましたか」 「何なんだよ」  いっそ睨みつけるように顔を伏せ、奥岳は答えた。 「謝るって言ってんだよ。唇を指で突っつかれるのも嫌かよ。―― 仕方ないだろ、健全な野郎ならさ。眠れる森の美女にはキスか、で なけりゃ落書きしたくなるんだよ」  再度情報に齟齬。可能性――再起動以前に何らかの出力を行った 懸念。星幽場雑音の影響により、動的記憶または筐体に何らかの問 題が累積し、演算能力が低下している懸念。僚兵の精神状態に何ら かの心理的圧迫が生じ、錯乱している懸念。  可能性から最適解を算出する。演算処理の記録をモデル化して累 積し、静的記憶内のモデルデータと比較すれば、以前と以後の演算 能力の差異は凡そ算出できる。また、正しく再認された状況を共有 すれば、第一と第三の懸念は解消される可能性が高い。  演算。〇・八秒。演算式構成。〇・五秒。問題解決の為の予備動 作が完了する。 「奥岳烈人と雛獅子=オルトフォゴール――詰まり我々は、転移陣 ――転移陣機関(テレポット) 機関による任地への転移を敢行しました。目標地点では既に星幽場  Magina-Academiaが運用する公的な 雑音が確認されており、二つの転移陣機関を用いた安定経路の形成 儀式陣(慣例的に言う魔法陣)の一つ。 を伴わない転移では、その到達地点に誤差が生じる事は考えられま 特定の座標に対し物体を瞬間転移させ す。また、構造の再構成に際し、之は天文学的な確率ではあります る為の物。その敷設コストや消費する けれど――再構成に失敗する可能性はありました。その為、星幽場 電力、再運用までの待機時間から、物 雑音が危険域に変動する前に、早急に転移を敢行した訳です。です 資の運用には余り使用されない。 から、現状で確認される、奥岳僚兵と私、この一名一体以外の僚兵、 僚機が実体を喪失した可能性は限りなく低い。可能性から除外し、 先ず味方との合流を行うべきだと――」 「話を聴けよッ!」  苛立たしげに立ち上がると、奥岳は雛獅子を上から睨みつけた。 「無視か、それは。それとも、その長ったらしいお勉強の後に、 『実は奥岳クン、今だから言うけど貴方の事、大好きなのッ! ブ チューッ!』みたいなギャップに胸キュンでも狙ってんのかよ。そ れより先にはっきりさせてくれよ。嫌か、嫌でないかをさ!」 「失礼」  雛獅子も、依然として横たえていた身体を起こした。そのまま、 勢い込む奥岳のその両肩を軽く抑える。 「重複して説明する部分が発生しますが、転移陣機関による転移が 可能なのは、物理的実体と星幽体だけだと確認されています。それ は、動的記憶を実現する電磁的性質を含みません。稼働状態の電子 機器を転移させた場合、辛うじて動作し続けた事例自体が、把握さ れる限りでも二割を下回ります。これは、実戦的な電子兵器の運用 において致命的な運用率です。電子制御を行うマギナに至っては、 電子術式が致命的な変異を起こし、使用者の心体両面に過大な損傷 ――電子術式 を起こす事例もあります。ですから、転移に際して私は、一度全て  動的記憶に電子的に書き込まれた、 の情報を静的記憶領域に写し、全く原始的な時限装置を用いて再起 魔術を運用する為の演術式の事。 動を行わなければならないのです。その状態で意味のある動作や対  物質に演術式を刻み込むマギナに比 話を行えた可能性は限りなく低い。ですが、無い訳ではありません。 べ、書き換えの可能な電子術式は可塑 クイックフォーマットを行った場合、その可能性は僅かではありま 性が高く、演術式を記憶させたファー すが、増加します」 ムウェアを多岐に渡って組み込めば、  奥岳が雛獅子の手を振り払おうとする――その、僅かな挙動を察 それだけ運用の幅が広がる。 知して、雛獅子は手を離した。  また、知識が無くとも魔術的才覚が 「触られるのも――嫌かよ」 あれば比較的容易く運用できるという  奥岳の強い語調が、不意に尻窄みになる。 利点もあるが、故障の可能性がより高 「どうせ俺は、イーズィーマギナも無きゃ、箸も持てない甲斐性な く、運用性では若干劣る。 しだよ」  尤も、致命的なレベルではない為、  呟くように吐き捨てる。 その選択は魔具鋳造師の好みに委ねら  同時に逸らした奥岳の視線の先で、雛獅子の無骨な手が僅かに震 れているのが現状である。 えるのが見えた。  前腕甲側に接続された複合攻性機構が展開、素早く半回転する。 ――イーズィーマギナ 機構施錠の僅かな金属音が、やけに大きく奥岳の耳に響く。  簡易マギナ。何らかの不具を持つマ  その拳より格段に長く、鋭い軍用銃剣の刃が、周囲の明かりを照 ギナ使いを補佐する為の代用品の事。 り返し、ギリ、と鈍く輝いた。 また、戦闘用ではない魔具も、慣用的 「あ――?」 にこう呼称される。  顔を上げた奥岳の視線を、外気温と然程変わらない、冷めたブラ ウンの瞳が真っ直ぐと見返している。 ――複合攻性機構  風圧に続いて、音が響いた。  ハイブリッドウェポンシステム。  奥岳は本能で死を覚悟した。僅かでも助かろうと、反射的に身を  AFG−03は刺突・斬撃様の軍用 屈める。 銃剣からの流用品と、大素圧銃の複合  その頬や首筋に届いたのは――冷えた金属の感触ではなく、生温 攻性機構を両手に接続されている。マ い粘質の液体だった。 ギナの陣核を含めれば三つの攻生機構 「――は」 のハイブリッドと言うべきか。  思わず首筋に手を這わせる。傷も痛みも無い。指に纏いつくソレ は、ヒトのそれより格段に鮮やかな赤色で、それも端からぐらぐら と煮立つように泡を吐き出すと、即座にタールのような色に黒く濁っ ていく。その泡立つ感触はまるで生きた蛆が無数に這うかのようで、 奥岳は思わず手を振って液体を払う。頬や首筋で起こり始めた同様 の変化は、いっそ横隔膜まで震わせて、笑いを誘った。 「は、は」  見上げれば、影のように黒い半人半蟲が、軍用銃剣の刃に貫かれ、 空中で串刺しになっていた。  カサガサと関節を蠢かせ、それが刃を引き抜こうともがく。  それと雛獅子の視線が、同時に奥岳を刺した。  その双方ともが、奥岳にとっては全く異質なものだ。  それは奥岳にとってだけではなく――確かに異質な存在だったの だ。  半人半蟲の胴部に空いた疵口から、噴水のように吹き出ていた粘 質の液体が、スイッチを切ったように止まる。復元力が作用し、半 人半蟲の物理構造が再構築され始めているのだ。  それは全く既存の生命とは根源を異にしている。  人間はそれを――魔物と名付けた。  雛獅子は吸気系を開放、外気を胴部の内演機関に取り込む。「落 ――内演機関 穂拾い」の陣核は外気から大素を貪欲に搾り取ると、陣線を通して  内燃機関と大素演術機関を組み合わ 肩部から上腕、前腕を通して、大素を複合攻性機構に魔導する。そ せた高効率の発電システム。安定稼働 こに埋め込まれた「氷」の陣核内部に大素が装填された。 時の動作効率は第二種永久機関に相当  鋳型に流し込まれた大素は「氷」の論理を獲得し、複合攻性機構 する。 へ――その刃先が潜り込む「半人半蟲」の論理構造それ自身に干渉 を始める。 ――落穂拾い  半人半蟲の物理構造に、「氷」の論理が過剰記述されていく。  内演機関に組み込まれた陣核。基礎  魔物の動きが、止まる。 となっているのは、大素を陣線に魔導  それは一切の物理法則を無視して、内側から己の固化した血液に する原始的な演術式。が、電子術式に 物理構造を串刺しにされていく。胴の内から芽生えた赤い結晶の槍 よる多重演術によって、その流入圧を が、その腕を削ぎ、刺し、弾き飛ばす。首から突き出た一本が、非 飛躍的に高めている。 効率的な形状で開閉を行う顎を突き破り、そのまま首をあらぬ方向  反面、周囲の大素を容易く空にして に捻じ曲げていく。強度を越えて千切れたその顎だけが、高々と太 しまう為、効率的な駆動には向かない。 陽のほうへ掲げられていく。  噴出し始めた血液が、「氷」の論理に触れて、無情な連鎖反応を ――陣核 起こした。眼球と思しき赤い窪みから、耳朶のような長い筒状の器  高密度集積儀式陣の事。陣線に魔力 官から、そして顎の奥で蠢いていた棘だらけの舌から、大小様々な を魔導する事で、魔力から論理/論理 霜柱がその間隙を広げ、押しつぶし、歪め、貫く。 構造を生成する。  動かなくなったそれを、最早――誰もが魔物とは呼ばない。  魔物に対し、最も効果的な打撃を与え得る、兵器。 ――大素  それは全く既存の兵器とは根源を異にしている。  マナ。大気中の魔力の学術的分類呼  人間はそれを――マギナと名付けた。 称。 「触るのは、構いません」  赤い氷の塊となった半人半蟲には見向きもせず、雛獅子は奥岳に 言う。 「ですが、それは有用である場合です。奥岳僚兵が有用であり、そ の行為が有用であり、その思考が有用である場合での事です。有用 で無い場合も、しかし、有用足り得る可能性を含んでいる限りに於 いて、私は僚兵が僚兵足り得ると認めます。それは助ける事であり、 助けられる事であり、そして、共に一切の敵性存在に銃口を向ける 事です」  雛獅子は僅かに首を傾げ、そのうなじに相当する部位に設けられ たポートから、左手で小さな機械を取り外す。バッテリーが接続さ ――バッテリーが接続された〜 れた、単純な起動PINGを発振するだけの、ほんの僅かなデッド  純物理的な(発条など)仕掛けによっ ウェイト。 て回路を繋ぎ、通電させて信号を送り  演算性能、チェック終了。 出す、非電子機械。  当筐体に一切の問題無し。  雛獅子は機械をその掌で握り潰して遺棄し、その手を蹲った奥岳 に差し出した。 「私は奥岳僚兵を有用足り得ると認めます。これより、僚兵僚機と の合流を繰り下げ、最適の状況を開始します」  奥岳は恐る恐る、その硬い雛獅子の腕に指で触れる。  一切の弾力を持たない感触。金属の、冷気。  その指先から胴の内側に至るまで――AFG−03「雛獅子」は、 マギナだった。  それは魔物を殺す為だけに造られ、魔物を殺すべく演算し、魔物 を殺す為に存在し続ける、一つの武器だった。   - 天裂いて、尚遠く -  奥岳烈人は、大袈裟に後悔していた。頭を抱えて蹲り、それはも う弱っていますと身体で示していた。助け起こされたその直後にコ レだ。相手が雛獅子で無くても不審に思う。数秒経てば掛けられる であろう、「どうしましたか」という言葉が出る前に、奥岳は立ち 上がる。 「あぁ、その、気にしないで。マジで。多分ほら、アレ、混乱し てんだ、まだ。転移とか、慣れなくてさぁ。そのさぁ、雛もなんか 言ってたじゃん、家電がどうとか。その、ソレだよ多分。なんか影 響あるんだって、人間にも」 「そうですか」  返って来た言葉に安堵する。そう言う事にしようと思った――所 で、雛獅子の言葉が続く。 「しかし、気にしない、という事は私の筐体構造上実現するのは困 難です。奥岳僚兵が混乱したというその言動全てを、私はモデル化 して常に評価しています。前後の情報から、より確度の高い、論理 的に納得のいく因果を考えねばならないからです」 「常に、って今も? マジで? さっきまでの俺が雛脳内で超速リ プレイされてる訳?」  うわあ超死にてぇ。等と思いながら顔を蒼白にした奥岳を、雛獅 子は慰めず、ただ事実を伝える。 「理想を言えば、そうです。ですが、当然私の演算性能には限界が あります。モデル化というのは現象をより曖昧に、ファジーにする 事です。当然、失われる情報も多い。ですが、要点を抑えておけば、 誤差は最小に、動作を高速にする事が出来ます。無論、奥岳僚兵に 関わらない所で、当該情報を評価する必要はありません。ですが、 奥岳僚兵と接触する場合、何らかのレベルで当該情報は評価され続 けます。人間で言えば、気にしている、という状態に合致するので はないでしょうか」 「――あー、それってさっきのだけじゃなくて、俺がかっこいいと か、俺が大活躍したとか、そういう事もずっと気にしてくれる 訳?」 「そのようにも表現できます」 「初めてあった日とか」 「革のジャンパーに、下はデニムでしたね」 「うわ何ソレ。俺が女だったら結婚するわ」 「奥岳僚兵が前腕部に接触しようとした際、それを攻撃行動と判断 して迎撃に出た事は重ね重ね謝罪しておきます」 「そんなんまで覚えてんのかよ! びっみょーだなぁそれ。夫的 に」  目を丸くする奥岳を見て、雛獅子は情報に齟齬があると判断、訂 正を始める。 「構造としては、人間の神経系もその様な評価手段を実行している のだと推測されます」 「えー? 俺、座学の内容は数秒で忘れるぜ? あー、あれはそも そも寝てるからか。――あ、そうそう、逆に。その曖昧にする、み たいな事さ。タナボタラッキーで見ちゃった桐生の裸とかな、それ はもうはっきり覚えてっし。忘れるか覚えてるかの二択っぽいんだ けど」 「覚えている、というのはどの程度ですか?」 「あれ? 怒ってらっしゃる?」  いやん、と裏声で囁き、肩を抱いて一歩引く奥岳を、雛獅子はた だ見つめる。 「過去の桐生魔理佳の情報が、この状況に関わってくるとは思えま せん。ですので、私は奥岳僚兵を批判する理由を持ちません」 「ドライだよなー、雛は。ボケ損じゃん」 「皮膜には水分は含まれていませんが、機関冷却用に水分を保持す る機構はあります。乾燥と表現する程の事とは思えません」 「ボケ返したよこの子!」  笑い出す奥岳を、雛獅子は僅かに首を傾げ、演算する。結局、話 を強制的に元に戻す方を選んだ。 「はっきり、と表現されましたが、それは、桐生魔理佳の体表面の 色相から想定される各部の体温や血流量を概算できる程ですか」 「風呂上りっぽかったから、ほこほこしてたかな」 「では、体表面に付着していた水滴の量と分布は。揮発と重力落下 によるその変化は。それを時系列順に整理してグラフ化できる程で すか」 「あの、やっぱり怒ってらっしゃる?」  雛獅子は再び首を傾げる。 「同じ説明を要求されているのですか。それとも他に意図があるの ですか」 「いや、確認したかっただけだし。そこまで覚えられるんだったら、 エロ本なんてわざわざ買う必要ねぇし」 「――ですから、人間の神経系で、はっきり、というのはその程度 だと言う事です。同様に、私の記憶領域に蓄積される情報も、凡そ、 そのような物と考えて差し支えありません。それが情報のモデル化 です。ですが、モデル化と評価に関して言えば、私のそれは、より 厳密に行われます。その上、蓄積された情報を任意に消去する事も 出来ません。ですから、奥岳僚兵の要求に応える事は出来ないと言 えます」  今度は奥岳が首を傾げる。 「――俺の要求ってなんだっけ?」 「気にするな、という要求です」 「あぁ。――今、俺の事、若年性痴呆とか思ってね?」 「その可能性は低いと考えられます」 「あるのかよ可能性。ちょっと悩むわソレ」 「要求を実現できる手段が、一つあります」  と、不意に雛獅子は言った。 「あれ? 出来んの? 出来ないんじゃないの? 言い間違え た?――あ、忘れてたとか! 気をつけようぜ、お互いに」 「新しい解法を構築したと言う事です」 「俺の一言だけで大変な事が行われてる気がしてきたわ」  妙に居心地が悪くなって、奥岳が頭を掻く。 「解法は常に更新されます。ごく日常的な現象です」 「へぇ! で、どんなん?」 「錯誤情報を記憶する領域に、当該情報を写します。それは参照表 から除外されます」 「おー、裏技っぽい。その線でいける?」 「当該情報を絞り込みます。演算に少々時間を頂けますか」  瞳を閉じた雛獅子を見て、奥岳はふと、ゲーム・メディアからの データ読み込み画面を思い出した。読み込み機器がカリカリと音を 立てる、あの音。次に画面が切り替わるとき、何か途方もない物が 画面に飛び出してくるかもしれない、あの高揚を。雛獅子の中では、 確かに世界が切り替わるのだ。  雛獅子が瞳を再び開いたとき、「さっきの事だけど……」と切り 出せば、なんと返答が返ってくるだろう。「当該情報はありま せん」か? 「情報が不足しています」とか。――錯誤情報を記憶 する領域、だって?  奥岳の頭が、本調子を出してくる。バカなダチと話す時、女の子 にちょっかいを出す時、下らない言葉を捲し立てる為だけによく働 く脳は、他の事にも使いようがあるのだ。座学に興味は沸かないが、 それでも聞きかじりの知識を、奥岳は充分に活用してみせる。  錯誤情報の記憶領域、つったら、平たく言えばバグった時のデー タを入れる所だ。バグ処理を覚えてたって、猫の手程も役に立たな い。でも、何でバグったか、という事は重要で、だから記憶してお く必要がある。それのチェックは、雛獅子自身か、他の技術者がや る訳だろう。  要するに。  さっきまでの「恥ずかしい奥岳クン」が、じっくりたっぷり誰か に見られる可能性が激高――という、お話だ。  それに思い至った瞬間、奥岳はわーわー叫びながら、手袋に包ま れた両手で雛獅子の肩を揺さぶった。 「ストップ、雛ちゃん――いやお願いヤメテやめてくださいカミサ マ雛獅子サマ! もうやっちゃった? やっちゃったんですかどー なんですか!」  うっすらと雛獅子が目を開いた。 「行っているのは、当該モデル情報の抽出です。それを行わないで、 再起動から今までの記憶情報を全て、錯誤情報領域に写す方が確か に高速です。これには、敵性存在の討滅情報が含まれますが、現状 から考えて、状況達成に支障を来たすとは考えられません。そうし ましょうか」 「やめて! 気にして! 気にしまくって! ナシナシ、ノーカン、 要求やめますか、はい、やめます! ちょっと大人気なくて情けな い、でも超絶かっこいい等身大の奥岳クンのままでいさせて!」 「そうですか。では、状況を開始します」 「ええ!? えー、あー、うん。そう。そうしましょう雛獅子 サン」  恐ろしくあっさりと切り上げ、歩き始めた雛獅子の背中を見て、 奥岳はワンテンポ遅れて胸を撫で下ろす。  雛獅子の製造者――「お母さん」、リリアンナ・オルトフォゴー ルの事を、奥岳は名前と姿くらいしか知らない。独立した機関で複 合型マギナを研究、開発する様な人種と、学生である奥岳は接触す る機会が無い。製造者なのだから、雛獅子の調整も担当するだろう。  奥岳が記憶する限り、彼女はそこそこ美人で、まぁそんな美人に 恥ずかしい姿を見られるというのは、露出趣味としては上等なもの だろう。奥岳にその趣味は無いが。  ああ、この子は、人間じゃないんだなぁ。  奥岳は、今更のように思い知る。 「なんつか――桐生みてぇ」  振り向きもせず颯爽と――というよりさっさと先を行く雛獅子の 背を追いながら、奥岳はぽつりと零した。 「桐生魔理佳は、本状況に参加していません」 「知ってる。雛と桐生が似てる――訳じゃねぇや、なんか相手にし てると同じ気分になるってコト。なんか、もっと人間みたいなモン だと思ってたから」 「桐生魔理佳は人間です。私は人間ではありません」 「ああ、うん――知ってるって。聞き流して」  悪い癖だな。  思い返して、奥岳は手を――その両手に装備したマギナ「碧疫」 を擦る。いつの間にか、誰かと――人間と話す時、身構えるような 癖が付いている。不意を突かれると、ナイーヴな地の部分を覆い切 れない。茶化して、勘繰って、突き放して――。  人間を、怖がってる。  奥岳は小さく呼気を吐き出した。  崩れたビルの外壁は、すっかり端が丸くなっている。其処此処に 転がるコンクリートの切れ端。砂粒ほどまで細かくなった硝子片。 古い、ゴーストタウン。街と言うより荒野の様相を見せる其処に、 鈍い、赤み掛かった陽光が降り注ぐ。 「蝕ってんなぁ――そら、ノイズも出るわ」 ――蝕って〜  奥岳は空を見上げて呟いた。真円の陽光は、中心ほど、暗い。蟲  誰もが日蝕を連想する。 に喰われたような太陽は、円というより輪だった。 「悪精腫の影響は未だ増大しています。四大規格で、これと言った ――悪精腫 偏りは発見できません。五行規格では陰極、周期は相乗で安定して  LarvaeElementh。瘴気とも呼ばれる。 います。星幽場雑音が発生している場としては、閾値内と言えま  魔物の論理と同質の、魔物に成り切 す」 らない論理構造の事。  奥岳を一瞥して、雛獅子が答えた。  目に見えない微細な論理構造――精霊種は、魔術の余波で発生す ――精霊種 るものだった。魔物の論理構造が余波で発生させるものは、区別し  Elementh。属性とも。大素の論理的 て悪精腫と呼ばれる。悪精腫は強い光ほど、強く吸収する性質があっ な偏りの事。現象に成り切らない論理 た。位置からすれば正午過ぎ、もっとも陽が明るい時期だというの 構造。 に、だからこの古い廃墟の街は、ぼんやりと薄暗かった。人が光で 世界を見るように、魔物は闇で世界を見るのではないか、等と言わ ――四大規格 れる所以だ。  火、水、土、空気の四要素が温、冷、  魔物は、人を喰らう。だからこそ、大きい街ほど魔物に襲われる 乾、湿の四態を帯びる事で論理構造を 事が多い。草食動物が草を求めて常に移動するように、魚が微生物 構成するとする、魔力変動に対する線 の多い海域に自然と集まるように、魔物は「ここではない場 形的理解の為の規格。 所」――異界から、人間を求めて現れる。  大素や物質、固定対象の表現に多く  人間同士の戦争のように、剣や銃では傷も付かない非常識の生物。 使用される。 魔物。例え抵抗しても、ゆっくりと喰らい尽くされていく。この街 のように。 ――五行規格  剣や銃より格段に効率が悪く、扱いづらい、埃の積もった手  木、火、土、金、水の行と呼ばれる 段――魔術こそが、この魔物に効果的であると知れて、国はより組 五要素が上位様態の陰極と陽極、下位 織だった抵抗、より安全な領域の確保の為に、一つの機関を創り上 要素の八卦等を帯びる事で論理構造を げた。 構成するとする、魔力変動に対する周  Magina-Academia。国家を挙げた魔術の――そして、それを利用 期的理解の為の規格。 した、より新しい剣、より新しい銃――マギナを、研究する機関だ。  内素を含む物質や、大素の揺らぎの  魔物そのものは、千数百年も前の文献の中にも顔を出す。異界か 表現に多く使用される。 ら来るそれらと、人類は今まで幾度と無く衝突してきた。しかし、 工業革命と大開拓の時代を経て、爆発的にその支配領域と人口を増 ――悪精腫は強い光ほど〜 やした人類の殆どは、魔術の存在を忘れた。  厳密に言えば陰極を帯びる悪精腫に  人類の総人口に比すれば、ほんの一握り――しかし、大国同士の 限定される現象である。光をより強く 戦争並みの犠牲者の数が数十年もの間、確実に魔物の餌食となるに 照り返す陽極の悪精腫も、存在は確認 至って、国家は漸くその重い腰を上げた。 されている。  手遅れだった。  人類と同様に、その総数を圧倒的に増やした魔物の跳梁。その事 実は、人類を更に減らし、焦らせ、圧力を掛けた。国家の垣根を低 くし、魔物の行動原理を探求し、より逃げやすい環境を構築する。 破壊される事を前提に都市を建築する。人類内部に蟠る軋轢の調整 に時間を食っている内に、世界の半分は魔物に奪われた。  再び陽の目を見た、魔術という手段。魔術師という人種。それら は手品や詐術から、人類の希望へと変わっていった。それに伴って、 社会構造もまた、様変わりした。  魔術は、その多くを才覚に委ねられる。例え魔術を使っていても、 誰でも上手く扱えるような代物は、魔物が相手では役に立たない事 の方が多い。そもそも、魔術を扱えない人間も、居る。守るべき人 類の総数や、魔物の想定される総数と比べて、充分に魔術を扱える ものは圧倒的に少ない。僅かな素質を持つ人員を生き長らえさせ、 戦わせる為に造られたマギナという手段を積極的に用いても、それ は変わらない。戦う事もまた、相応の才覚を必要とするからだ。  Magina-Academiaは問い掛ける。素質を持つもの全てに。黙って 死ぬか。戦って死ぬか。対価の報酬の分だけ、それに否と唱えるも のは、減っていった。  奥岳烈人もまた、その問いに応えたものだった。年齢は十八―― まだ学生の身だ。だが、素質を持つものは皆、前線に立たされる。 異界からやってくる魔物に、拠点や周期は存在しない。存在したと しても、それを人間の側から予測する事は、限りなく難しい。知識 をただ詰め込む事に専念できる安全な銃後など存在しない。一定以 上の能力に達したものは、即、戦力として作戦を任される。それが 例え子供であっても。  若く柔軟な兵士を擁する為に、Magina-Academiaは学園としての 側面を自然と構築していた。  燻ったような陽光の下で、奥岳は廃墟の一角を睨みつける。かつ ての交差点は、罅割れて隆起し、その周りに崩れた砂礫がシュガー パウダーのようにまぶされている。 「どの辺?」 「予想進行経路としてはかなり確率が高いと言えます。三時方向、 距離四〇、タイプ・バンカーで目標地点を起爆始点にすると効果的 でしょう。発見されて消費される事は避けるべきです」 「うぃっす、雛サマ」  応えて、奥岳は瓦礫に深々と開いた亀裂に指を入れる。その指ま でを包む手袋――マギナ「碧疫」に意識を集中する。内素から「碧 疫」へ――自分の内側から沸いてくるソレを流し込むイメージ。魔 術を操作する為のキー・ヴィジョンだ。内素が体内で流動している ――キー・ヴィジョン のが、ヴィジョンへのフィードバックで判る。「碧疫」の陣核に汲  特定の思考を反復する事で、内素を み上げられた内素を、曲げ、押し、或いは引き、目的に沿った陣線 体内で操作する儀式陣として、活性し に魔導していく。この手間は小型で多目的なマギナに特有のものだっ た脳神経が働くのだと言われているが、 た。 仮説の域を出ない。無思考で内素を魔  ヴィジョンを片隅に意識しながら、奥岳は周囲を窺う。援護に雛 導する魔術師も多く、鍛錬によってそ 獅子が居るからといって、気を抜いてたら一発で頭をカチ割られま の技能を獲得する事もある。 した、では笑えもしない。  生活費や諸雑費も含めれば、手元に残る任務の報酬は割のいいア ――内素 ルバイト程度。実績が上がれば話は別だが、奥岳は戦う為に生きる  オド。生物特有の魔力の学術的呼称。 よりは、生きる為に戦う事を選んだクチだ。  演術式魔術は、内素を核にして大素  遊べて、生きれて、残りは羽振りのいい奴にたかれば良いと思っ に働きかける技術であり、内素はその ていた。その点で、扱いが難しいとは言え、補助の小道具に資金を 一つ一つがそれを生成する生物の性向 掛ける必要の少ない「碧疫」は、奥岳にとってお誂え向きのマギナ を表現している、個体特有の魔力であ だ。弾薬等に魔術付加を施す類のマギナなど、支給分の弾薬だけで る。 はすぐに足が出る。度胸があって、その上勘の鋭い奴で無いと、残  生体に於ける細胞や遺伝子に相当す 弾を気にしている内に足元を掬われる。奥岳にはどっちも望めない。 る、代謝される霊的実体と言える。  陣線を通った内素が意味を獲得し始める。奥岳の掌が僅かに熱を  対して、儀式魔術は大素を核として 持つ。周囲の熱量を取り込んで、論理構造が構築されていく。「爆 現象に働きかける技術であるが、内素 薬」の論理。確固と存在し始めた論理構造が固定しない内に、奥岳 による指向性の修正を行う事が多い。 は論理構造を成形していく。  タイプ・バンカーか。考えながら、奥岳は炸薬を含まない、ただ 硬質の弾頭を成形する。貫徹力を重視した流線型。タイプ・バン カーは自律推進する爆薬だ。噴進弾と言った方がより近い。相手が 軟質なら良いが、甲殻を持つものが「群れ」に含まれていると、素 のままではそこで弾かれてしまう。仰角の指定は無し――火薬量か ら調整するとして、一先ずは範囲と威力のバランスが取れる四十度 ラインで固定しておく。  ふと思いついて、弾頭にモンロー効果を仕込む。より硬質な魔物 に当たったとしても、中身の「爆薬」の論理術式だけは目標地点に 届けなければならない。余分の「爆薬」を消費して、肝となる論理 術式を半実体のゲル上で成形。封をすると、今度は推進剤となる 「爆薬」の成形を始めた。 「五行規格で、なんだっけ?」 「相乗です。周期は六〇から七五/毎秒」  奥岳は素早く指を引き抜く。翳る陽を照り返して、細い糸が指先 からつ、と引く。起爆術式を送り込む為の安定経路だ。この安定経 路は物理的実体に左右されず、奥岳――「碧疫」と「爆弾」を繋ぐ。 戦域をカヴァーできるだけの領域は事前に確保してある。 「キモいな。心臓と同じくらいのテンポか。ギャグかなんかか」 「ユーモアを実現できる構造を持つ魔物は、今の所観測されていま せん」  応えを期待していなかった問いに、返答が返ってくる。もしかし てお笑いとか好きなのか? 考えた可能性をすぐに打ち消す。高等 位階の魔物が居ない、という事を言いたいのだ、雛獅子は。 「火行、見といて。ちょいと合わせるわ」 「はい――対応完了。何をするのですか」 「ま、見てなって。かっこいい奥岳クンのブラックメールがすぐ出 来上がっから」  言って、再び「碧疫」を起動、宙に指先で真円を描く。霊的実体 を成形、操作する為の予備行動。真円の中心に僅かな輝点が八、 煌々と輝き出す。 「カウント3で」 「――3、2、」 「ブラックメール」 「――1、今」 「送信――っと」  八の輝点を掌で押し出す。鳩ほどの飛行速度で真っ直ぐ飛び出し た輝点は、途中で散開、軌道を反転させて奥岳の元に――彼の設置 したバンカーへ向けて突入する。貫通。瓦礫の中に潜りこんで見え なく成った輝点が、遠近から再び顔を出す。バンカーの周囲を緩や かに周回する不整列な軌道。その輝きも直に見えなくなり、完全に 物理的な干渉能力を失う。 「火行炸薬ですか」 「そ。振幅、どうよ? 触れ幅大きくなってんじゃない? 周期に 多少のズレが出ても、魔物が出る頃には全消し確定っつーノリよ。 俺の伝説ベストテン!――って感じ?」  周囲の悪精腫に干渉して、それ自体を「爆薬」に書き換える論理 術式。バンカーの爆発に反応して動作するこの受動術式に、起爆の 為の安定経路は必要ない。  これから「やって来る」魔物への致命的な罠。奥岳烈人のキル・ ゾーンが完成した。  魔物が異界からやって来る為の入口――「門」は、悪精腫の濃度 が高いほど開きやすい。魔物の数が多ければ多いほど、魔物の質が 高ければ高いほど、向こう側からも魔物が到達して来る。低級な魔 物は通常、自力で「門」を構築する事が出来ない。が、一度でも此 方側に来てしまえば、それが集まる事で「門」を構築できる事があ る。此方側の気候や魔術的な要因が絡む事も多い。  一部の大都市やMagina-Academiaの周囲では定期的に居付いた魔 物――在来種を討伐する事で、そう言った被害を拡大する事を防い でいるが、地方となるとそうは行かない。後手の対応となるが、そ の為の転移陣機関だ。人員を可能な限り迅速に「予想出現地点」に 送り、確実に後の先を取る。  その後の先を取る事に関して、奥岳以上の人材はそう居ない。  ヤバい。奥岳は思う。ハマり過ぎてヤバい。これは一気にマギア のエースになるかも。  自分の手際にニヤニヤしていると、雛獅子から無表情に容赦のな い突っ込みが飛んできた。 「確認すべき点が、あります。一つは、記憶領域の占有率はどれ程 ですか」 「あー、そんなには……うわ、二割持ってかれてる」  「碧疫」に指を添えて、奥岳が呻く。「爆薬」は無尽蔵に設置で きる訳ではない。物理的な媒体を持たない論理術式は、時間が経つ 程に劣化する。劣化を防ぐには、霊的な管理をする必要があった。 「碧疫」が持つ陣核は、その大部分が管理情報を記憶する記憶領域 で出来ていた。  魔術的な才覚が高ければ高いほど、より多くの情報を管理できる ――魔術的な才覚が〜 が、奥岳烈人は劣等生組の方に近かった。陣線に内素を魔導するだ  ビットを用いた物理メディアのよう けで、半年は費やす必要があった位だ。ただ扱うだけなら、通常一 に、才覚があれば、同じ領域上でより 月と掛からない。 微細に情報を保持、操作できるという  「碧疫」が比較的扱いが難しいマギナであるとは言え、半年の間、 事。 教師からせっつかれるわ余分な間食も出来ないわで、出来の悪い苦 学生気分が十二分に味わえたものだ。 「でもさ、ここ、結構集まるんだろ?」 「可能性は可能性でしかありません。当地点に魔物が出現、到達し ない可能性は充分に考えられます。その為の僚兵、僚機です。以後、 殲滅より、損耗を重視してください」 「いや、ちょっと待って、解体すっから」 「それ程の時間的余裕は期待できません」 「マジで? 急ぐの?」  それから、もう一つ。と言い出した雛獅子の顔を、奥岳は更に青 くして眺める。 「規模が小さいとは言え、霊的実体は魔物の興味を引きます。魔物 の予想進行経路が大きく崩れる可能性があります」 「あ――それは、その、そう!」  慌ててポケットを探りながら、奥岳が言う。背に腹は変えられな い。つるつるとした包装に指が触れ、急いでソレを摘み上げた。 「ほら! 聖餅! これで気を逸らそう!」  ポリプロピレンの包装に包まれた煎餅の様な物体。見てくれはそ の辺の駄菓子だ。見てくれの割りに、「聖餅」は驚くほど高価だ。 物理的には、ただの種無しパンだが。  霊的に高等な物理場――いわゆる魔法陣や、聖域の中で、時間を 掛けて「聖別」された物体は、ある霊的な特質を獲得する。大気中 に存在する外素を吸収し、生物に特有の魔力――内素を生成するの だ。  低級な魔物が魔方陣や聖域、聖別された物体を好んで破壊するの は、それを生物と誤認するからだと言われる。魔術的な疲労を回復 する為の滋養物だが、魔物狩り用のエサとしても使える訳だ。理屈 を抜きにして、奥岳はその点だけは理解していた。  なんだか戦場でブービートラップを張るゲリラの気分から、軒先 で近所の小鳥を捕まえようとする貧乏人の気分。余りかっこよくな いが、背に腹は変えられない。 「それを、私に」 「食うなよ」 「その必要が考えられません」 「いや、ネタだって」  苦笑いしながら、封を切った「聖餅」を手渡す。必要あったら食 うのか――などと考えて、雛獅子が何をするのかと眺める。  雛獅子は、それを投げた。 「そこでボケんのかっ!」  無造作に投げたように見えた「聖餅」はしかし、フリスビーの様 に回転しながら宙を飛ぶ。三時方向、距離四〇――まさにその位置 に、綺麗に落着。 「うわあ――えーっと、ナイッシュー、雛獅子サマ」 「移動します」 「ハイ」  やっべ、惚れそう。等と思いながら、奥岳はとぼとぼと雛獅子の 後を追う。  それにしても、と、顔だけ振り返りながら奥岳は考えた。  ――ここまで人っ子一人居ない場所に、門を開ける程度に魔物が 集まるってのはどう言う事だ? 苦労して頭を捻るが、魔術的な理 屈など、頭を逆さにしても出てこない。理論より実戦、予想より勘。 気楽に生きるならその方がいい。  考えても判らない事より、考えて判る事に頭を切り替える。誰か が暴れまわれば、起爆術式の為の安定経路が切断されてしまうかも しれない。「碧疫」を繰り、一つの糸だった安定経路を操作――霧 のように拡散させる。  記憶領域が更に〇・五パーセント占有される。残りの空き領域の 数字と頭の中で睨めっこしながら、奥岳は次に設置する爆弾の構造 を考えた。  ゆらゆらと揺らめく安定経路の輝線を眺め、奥岳はおー、と呑気 な感嘆の声を上げた。霊視の素養など欠片も無いから、わざわざ内 素を魔導して視覚化していた。無駄この上ない行為だ。  単純な爆薬なら十は詰めそうだ。「碧疫」を撫でながら、その動 的記憶領域の占有率を確かめる。三十は置いたかな――ゆらめく輝 線を数えようとして、目で追いきれずに諦めた。  宛ら、蜘蛛男――でなければ、人形遣い。ちらりと雛獅子を見る と、頭部に接続されたマギナ「LIVElita」を展開して、周囲の星幽 場を監査していた。頭部から伸びるその長い機械が稼働する様は、 一層、雛獅子を人間で無いと思わせる。着込んだ学園の制服が悪い 冗談に見えた。  「阻害」の論理術式を演術する「LIVELita」は、その論理構造を 薄く、広く展開する事で、プローブのように動作する。霊的抵抗を 掛ける事で、周囲の星幽場の状況を感知するのだ。同時に、その長 く複雑な構造は、特に加熱する頭部の電子演算系の放熱フィンの役 割も負う。  耳を済ませる動物を眺めている気分。ゆらりと輝線が雛獅子に流 れる。大素の流動の影響だろうが――それは全く、くだらない事を 考える奥岳の感性を刺激した。 「よし、パンチだ、雛!」  ばっと手を翳して奥岳が叫ぶ。 「敵性存在が確認できません。それとも、奥岳僚兵は敵性存在を視 認しているのですか」 「ごめん、なんでもない。――いや」  敢えて言葉を続けると、雛獅子の認識系が奥岳に向いた。それに 気を良くした奥岳は、更に無駄を重ねた。 「水魚のポーズ!」  複雑に指をくねらせて、叫ぶ。 「奥岳僚兵が口誦演術を行える事は、事前データに無い事柄です。 或いは、私に対する要求でしょうか。何れにせよ私は、その有用性 を問います。内素を必要以上に浪費する事は推奨されません。論理 演術の管理に支障を来たす可能性があります」  すぐに視線も外れてしまった。 「すんません、なんでもないッス」 「そうですか」  有用性かぁ、と奥岳は考え込む。視線だけは思い出したように周 囲に配った。  出頭で魔物に襲撃されたが為に生まれた警戒心は、見所の無い観 光地を廻るようなこの数時間で、完全に吹き飛んでいた。奥岳の脳 は全力で迷走を始めていた。  パンチはオッケーだったんだから、待てよ、水魚のポーズと言う のをしっかり教えてあげれば、やってくれるんじゃね? いやそれ だったら脱げとか。  有用性ね。服を無駄にするのは良くないよな。よし。よしって言 うか、服か。下着まで着てんのかな。初めに見ときゃ良かった じゃん。服の下どーなってんだろ。  あー、結構尖ってるよな、肩とか。隙間に挟まったりしねぇのか な、身体の。  周囲にくれていた視線は、結局、雛獅子の方にばかり向かってい く。視線が合わないのはむしろ好都合だった。  ――いや、雛は、真っ直ぐ見ていたとしても、俺じゃなく、俺の 有用性を見てるんだ。  ふと、奥岳は思いつく。視線に怯える必要なんか無い。役立たず だと思われるなら、その方がいい。キツい仕事をしなくて済む。  どうして人間の姿をしてんだろ。ノーパンノーブラですとか確か にエロいけどさ。エロいから人間の形をしましたとか――ありえねぇ よなぁ。  風で揺れるスカートの裾を眺めるのは、劣情からではなく、純粋 な興味からだった。  よし、言おう。いいか奥岳、脱げ、だ。脱げ、だぞ。有無を言わ さず、自信満々に、もう脱ぐ事は必然で運命だみたいな態度だ。差 し迫ったような言葉で言えば、わざわざ聞き返してくる事も無いっ て。戦うのに必要だから、脱ぐんだ。そう全身で言えばきっと―― 「雛ッ!」 「僚兵、伏せてください」  叫んだ瞬間、頭を思いっきり抑えられた。数歩分は離れていた距 離を、叫んでいる内に零にする機動で。反応が遅れていれば、首は 間違いなく痛めていたに違いない。  複合攻性機構の稼働音が、奥岳の頭の後ろで響く。金属と金属が 擦り合う音。火花を散らして、重い一撃がすぐ上を掠めていく。  視線だけで振り返れば、直立した昆虫のような魔物が見えた。リッ パーホッパー。識別付きの固有種! その血の様に赤い体躯の半ば ――識別付きの〜 から、刺突剣の様にしなう爪を振るってきている。  元来が異界の生物である魔物の研究  巨大な棘だらけの上腕を振るい上げ、今しも押しつぶそうとしな は滞っている。その中でも種として明 がら、だ。 確に捕捉されているものは、その性質  雛獅子の対応は、迅速にして精緻。魔物の構造に直に干渉できな が特定されていても十二分に厄介な為、 ければ、その完全な破壊は難しい。リッパーホッパーの甲殻の強度 学園でもその情報の共有は徹底されて は尋常ではない。通常の弾薬なら、狙撃銃のソレでも貫くのは難し いる。 い。それならばこそ、より物理的に干渉し、戦術を立てる。  こういった固有種は「此方側」の環  左腕の陣核――「雷」の論理構造を生成するそれに大素を魔導す 境に魔物が適応、進化した結果である る。大素圧射撃。「雷」の論理構造を二度、斉射。目標は魔物の両 という観方も根強い。 上腕。  僅かな痺れ――その隙に奥岳の首を掴んで、一息に跳躍。奥岳の 悲鳴。その頚椎も苦鳴を上げる。感銘と共に、不満が織り交ぜられ る。低い姿勢のまま、土煙を上げて雛獅子が地を滑る。  遅れて振り下ろされた魔物の上腕が、瓦礫を洋菓子のように易々 と砕く。 《愛です、愛! それは貫徹される純愛! 生きる事の喜びを分か ち合う、その愛を貫徹しているのですね! ああ、逃げて、逃げ て! 愛に障害は付き物、だからこそ燃え上がるんですね!》  触角を蠢かせて此方を睨むリッパーホッパーの横で、人間染みた 影が周囲をふらふらと飛びまわっていた。爪も牙も無い魔物――識 別コード、ソロピィ。小うるさい事を除けば、邪魔にもならない魔 ――小うるさい事を除けば〜 物。  人間側の言語を操る魔物はかなりの  問題は、それが存在すると言う事は、それだけ魔物が居る可能性 数確認されているが、明確に意志の疎 が高いという事だ。 通が図れた例は殆ど存在しない。  蝕が酷い。咳込みながら、奥岳が問うた。  被捕食者の性質に興味を持つ事はあ 「雛サン、もー、始まってたり、しマス?」 るのだろうが、それはより捕食を効率 「まだです。門の固有周期は検知できません」 的に行う為に過ぎないからだろう。  「LIVElita」を細かく稼働させて、雛獅子。その認識系がくるり と回転する。邪視演術模造マギナ「ZIas」。「低下」の論理構造で ――門の固有周期 魔物に干渉を始める。青い瞳孔が正確に魔物を捉えた。  魔物それぞれに個体差があっても、  リッパーホッパーは、粉塵を巻き上げて、跳躍した。瞬間で、射 その目的が「渡河」である以上は一定 程外。その邪視の焦点が対象を追いきれず、細かくブレる。巻きあ の方向性や法則を捉える事は充分に可 がった粉を吸い込んで、ソロピィの小うるさい嬌声が止む。奥岳を 能である。 抱え上げ、雛獅子は再度跳躍。  直前まで居た、その場所に、リッパーホッパーが落着する。地を 揺るがさんばかりの轟音。二メートルを誇るその細い体躯からは想 像も出来ない重量。  周囲を見れば、下位種のラフィドフォリダーが数体、じりじりと ――下位種の〜 距離を詰めてきていた。  リッパーホッパーは「羽化」する魔 「わお、大人気じゃん」 物である。実際に数件、その瞬間を確 「その様に表現してもいいでしょう」 認されているが、基礎となる骨格や体  一人と一体は、視線を交わす間も惜しんで、素早く散開した。 型にそれほどの違いは無い。「脱皮」  雛獅子はリッパーホッパーに。奥岳はラフィドフォリダーに。 と言う表現がより近い。  下位種のラフィドフォリダーに、それ程の敏捷性は無い。元々が 群れて高所から奇襲を掛け、死肉を啄む弱い個体だ。そこそこの運 動神経があれば、逃れる事くらいは出来る。  そして、そこから攻めに転ずる手段を、奥岳は持っているのだ。  雛獅子は脚部に大素を魔導する。組み込まれているのは、「闇」 の陣核。その論理構造は最良の食餌――濃い内素を含有する奥岳を ――「闇」の陣核 リッパーホッパーの目から隠し、相応の脅威である雛獅子の存在を  通常の暗闇ではなく、認識自体に作 浮き立たせる。食欲より自己保存欲を優先させ、当然の帰結として 用する論理的な「闇」である。魔術的 魔物の赤い視線が雛獅子に向く。 な動作をしない認識機で確認を行えば、  その様子をちらりと見てから、奥岳は迷わず、右に大きく一歩を 実際に光度が変動していない事が判る。 踏み出す。ラフィドフォリダーが二体、小さく跳ねて跳びかかって 来ていたからだ。予想通り――然程の知性を有さないラフィドフォ リダーは、奥岳の急な動きに追いつけず、硬い瓦礫に脚を振り下ろ す。  音を立てて瓦礫に亀裂が走る。当たれば、ただでは済まない。止 まらなければ当たらない、という単純なものではない。真っ直ぐに 逃げ出せば、すぐに組み付かれる。狙いを定めさせない、それなり の勘と、相手の呼吸を読む観察眼。それがあっても、運が無ければ、 ただの人間は助からない。  運が無ければ?  テ イ カ ー  マギナ使いの奥岳は、軽く口を歪めてこう答える。もちろん、こ うする。低い姿勢で子供ほどの背丈しかない一体に正面から近付く。 喰う為には何の用も為さない、分厚く平たい顎が目前に迫る。食欲 を優先させたそれが顎を開くより早く、奥岳は大きく首を捩じって その一撃を逸らす。 「公務執行妨害、減点一ぃー。ちょいと黙ってもらいますよぉ」  魔物の腰に手を置く。「碧疫」。「爆薬」を中心に、「剛体」を 被せる。丁度、掌で掴めるような、丸く硬い感触。破裂。「剛体」 の論理構造に触れた熱と衝撃が、開放面に殺到する。指向性爆薬。 効果範囲は無いが、狙い通りに魔物の甲殻を貫通、内側にまで届く。 重心を崩し、転倒。動きの止まったその脚に、奥岳は微かに手を触 れさせる。  身を更に低くする。その背を追う個体の、胴の中ほどから伸びた 鉤爪が、直に届く距離。奥岳は迷わず、足を大きく踏み出して方向 を真逆に変える。粘液の滴る顎が、赤黒い複眼が、すぐ前に再び迫 る。鉤爪の一閃――伸びきったそれが懐に潜り込んだ奥岳の肉を裂 く訳も無い。 「オオハズレ〜、残念でした」  その脚を撫で、顎を指で弾く。そう長くふざけては居られない。 無機質な複眼が、それでも漸く奥岳に焦点を合わせ始めた事が、頚 の傾きで判る。奥岳は迷わず横に跳ぶ。  僅かに警戒を強めたラフィドフォリダー達が、方針を変えてじり じりと遠巻きに囲んできていた。倒れ込んでいた個体もガチガチと 甲殻を鳴らして起き上がった。復元力――ラフィドフォリダーは核 を持つ種だ。核の論理に損傷が無ければ、物理構造を破壊されても 少しの傷なら直ぐに復元する。 「うっひゃあ、うっぜぇなぁ」  魔物連中を刺激しない速度で、奥岳もじりじりと移動する。地を 手で撫でながら、身を更に屈めて魔物を注視する。距離、位置、速 度――自分の靴に手を伸ばす。  「碧疫」。  同時に、ラフィドフォリダーの跳躍。復元を完了した個体――復 讐? 意趣返し? 馬鹿馬鹿しい。アレには食欲しかない。流動す る内素の動きにつられ、低い姿勢で飛び込んでくる。起爆――靴底 に仕込んだ「爆薬」が、奥岳の身体を大きく跳ね飛ばす。  勢い込んだ次の個体が飛び込んでくるのが見える。起爆。二体の 脚に仕込んだ「爆薬」が、狙い通りにその動きを鈍らせる。  急速に遠ざかる食餌を追うべく、真っ直ぐに飛び込んできた他の 連中が、止まった二体に衝突してギチギチとオシクラ饅頭を始める。 いや、玉突き事故かな。珍しく綺麗に受身の取れた奥岳は、笑って 中指を突き出した。 「残念、免停モンだわ」  起爆。タイプ・クレイモア。  地面に敷設した「爆薬」が、砂礫を銃弾のように撒き散らす。こ の指向性の「爆薬」の論理の残りカスを纏った砂礫が、固まった魔 物どもを貫いていく。衝撃による受動起爆。硬い甲殻の中で熱と衝 撃が跳ね回る。コイツでコアまでコッパミジンコ。思い浮かんだフ レーズに軽く噴出す。この決め台詞、無ぇわぁー。 「保険の効く奴ぁ居るかな。居ても相手にゃしねぇけど。こっちゃ あ、お仕事詰まってるんでね」  一息ついて、雛獅子の方を向く。スコアはまだまだ伸ばせそう。 それには、雛獅子の合図が要る。動かない魔物の塊から距離を置き ながら、周囲に目を配らせた。  「闇」の中から、雛獅子が飛び出してきた。中空で一転――その 左脚が「闇」に触れる。「光」の陣核に大素が流れ――模糊とした 闇が一斉に輝き始めた。 ――模糊とした闇が〜  一息に青空の下に出たような、眩暈に似た感覚。光の中心から、  両腕、両脚といった対に接続された 輝く粒子が散って行く。雨粒のように降る粒子を裂いて、雛獅子は 雛獅子の陣核が生成する論理構造は、 奥岳のすぐ傍に降り立った。土煙を上げて滑る筐体を脚で押し留める 意図的にその基礎構造に共通点を持た 雛獅子から声が響く。 せている。また、魔術的にもその相対 「カウント、三」 性(シンメトリー)は意味を持つ。展 「おうさ」 開した論理構造を過剰記述して、比較  奥岳は思う。はぐれた味方の事を。定石通りに立ち回っていれば、 的容易にその論理を転換する事が出来 自分の「爆薬」に巻き込まれることも無いだろう。 るのはその為である。特に「光」と 「二」 「闇」はそれ自身が相関関係を持つ為、  「光」の中からリッパーホッパーが飛び出してくる。ほぼ無傷。 常態でも充分に実現できる。 タイプ・バンカーでも貫けないその表皮に纏いつく「氷」と「雷」 の論理を振り払い、その赤に輝く目で周囲を睨め回す。 「一」  その声と同時に、奥岳の心臓が大きく脈打つ。背筋を百足が這い 回るような悪寒。周囲を奇怪な輝線が取り巻き始めた。「門」だ。 うねり、周り、歪み、アメーバのように常識を侵食する―― 「今」  誘われてるとも知らずに。  それはオセロ盤に投じる最後の一手だった。歩みを塞ぐ騎士を裂 いて王手に掛かる女王の一閃。全くの不利から、完全なる勝利へ。  奥岳はただ、手を差し出す。「碧疫」を通じて掌に内素が意味を 獲得しようと跳ね回り始める。指先から、空へ――輝線が渦を巻い て奔っていく。 「おウチに帰んな、不良ドモ!」  「碧疫」の管理情報数を示す数値のイメージが、急速に〇へと近 付いて行く。  ――「門」は一層輝きを増して、内側から異形の生物を吐き出し 始めた。  いっそ、静かだった。  節を持つ目の無い線虫が空中から雨のように落ちてくる。手当た り次第に死肉に潜り込むそれらは、瓦礫の上を無様に這い回り、ぶ つかり、困惑したように揃って身を擡げる。  それを上から丸太のような奇怪な生物が押し潰す。足も無いそれ がぐるぐると回転を始め、線虫をペースト状に押し広げて行く。  蝙蝠染みた生き物が、羽根の無い腕を羽ばたかせて羽虫のように 沸いて来る。黒々としたその群れは、夏の雲のように上へ上へと延 びてから、触手のように群れを広げて周囲を旋回し始める。  瘤だらけの腕がそれを叩き落す。その持ち主の巨躯を裂いて、小 さな甲殻類が産声を上げる。のたくる巨大な蛇がそれらを押しつぶ す。嬉々として互いを喰い、貪り、潰しあう。  趣味の悪い無声映画のようだった。  その中で、声を上げていたのはただ、奥岳一人だった。 「おい――おい! クソッたれ! 止まれ――止まれよ!」  起爆術式を強制的に切り上げて、「碧疫」を強く抑える。爆音の 一つも聴こえない。なのに管理情報だけが目減りして行く。「爆 薬」が起爆していないのなら、管理情報が消失する事はそうそうな い。「起爆」と「解体」を間違えるなど、前線に立つ様な奥岳がす る筈も無い。  じゃっ、じゃっ、と汚泥のような魔物の血を跳ね上げる。すぐ傍 で狂態を晒すそれらは、自身らが引き起こした大渋滞に気を取られ て奥岳たちに気付く気配は無い。まだ。まだ間に合う。冷静に情報 を復元しながら、奥岳は内素を魔導した。  「爆薬」との連結を確認する為の単純な通信コードを――  ――怨ぅん。  どこか遠くで音がする。  と。   勢で語る事ではない。勝者は時間が決めるの   得ない。霊長の主たるが、斯様に生存圏を脅   望みなら だからだ。それを存続させる媒体   有様とはどうだ。皮肉 バランス。一時の趨   かされ、人権を剥奪され、抵抗した先にこの   されなければならない。進化、ただ進化。   だ。我々自身がそれを裁定しよう等と 人で   と福音の齎される事が、我々人類にとってあ   らゆるリスクを厭い為されるべき、生命種に   個の思考、文化、形式だろう。我々にはその   準備がある。生殺与奪の内に生き続ける事が   は常に内に込められた情報自身によって刷新   も魔物でも。まして神でも。存在するのは一   よって全く定められた事である。だが 在り  音がする。耳の傍で、瞼の裏側で、首で、胸の内側で、肘の先で 足の裏で。蟲の羽音とは比べ物にならず不快で、意味を持ちながら それを掴ませない多くの会話の混交。言葉と言うより音でしかない。  それが「碧疫」を伝って全身に響いている事に奥岳は漸く気付い た。気付いた時には、魔物の赤い視線が其処此処から自分を貫いて いた。 「何をしているのです」  その無機質で鮮烈な声は、差す日のように奥岳の頭に潜り込んで 来た。  次いで、痛烈な痛み。  猫の子のように首を掴まれて、奥岳は盛大に地面を転がった。鋭 い風圧と粉塵が後を追う。  魔物が迫ってきている。投げ掛けられているのは、不可解なモノ を見る目だ。奥岳は思う。  恐怖だ。魔物が理性無く、原始的な存在だからこそ、恐怖が先に 表立つ。魔物だって、死にに来た訳じゃない。生きる為に門を潜り 抜けてくる。生きている限り、それは食餌ではなく、敵だ。  リッパーホッパーが鉤爪を振り上げる。脚が震えてくる。身体の 内素が振動を始める。何が出来るのか判らなくなってくる。まだ響 き続ける音が、迷いに拍車を掛ける。  死ぬ事など、恐ろしくは無い。何も出来ない事が怖かった。 「僚兵」  左腕を銃剣に構えなおして、雛獅子が割って入る。リッパーホッ パーの全重量を掛けた一撃を交えた腕で受けた。「雷」。接触と同 時に、魔物の全身で火花が散る。だが、姿勢が崩れたのは雛獅子の 方だった。抗しきれず、膝を地に付けて瓦礫を抉る。  魔物の視線が、ふと雛獅子に向く。  何故だ。奥岳は胸の内で叫ぶ。  敵意より一層、無関心が恐ろしかった。  半ば見捨てられ、学園に売り払われた制御不全の魔力持ち――そ れが奥岳烈人と言う人間だったから。  手を伸ばせば届くような場所での出来事から跳ね除けられている。 「爆薬」を設置する暇も無い。声だけが煩く、煩わしい。  畜生。 「この――ガラクタぁ!」  全身をバネにして立ち上がる。「碧疫」をリッパーホッパーに叩 き付けた。当然、ビクともしない。勢いを殺さず、奥岳は魔物に飛 び掛った。  音はもう聴こえない。間近に響くのは魔物の甲殻が上げる軋り。 代りに、心臓を圧迫しそうなほど胸に凝縮した内素が肋骨を振るわ せて跳ね回る。それが出口を見つけた。  肩から肘へ、そして手首を越えて掌へ。筋肉を炙り、血管を浮き 立たせ、痛みと共に魔力が外へ流れて行く。奥岳は手を伸ばして魔 物の甲殻に触れた。  「奥岳烈人」という存在そのものを示す魔力が、リッパーホッ パーの論理構造に潜り込んで行く。  ふつふつと沸騰するように甲殻がうねる。それを触れた掌で感じ たのはたったの一瞬だ。  魔物が、煙と閃光を上げて――吹き飛んだ。 「はっ――はは、ザマァ」  開放感に近い快感。魔力がストレートに抜けて行く感触は心地良 かった。相手がこの数だ。ジリ貧で俺は死ぬな。遠い事のように奥 岳は思う。仲間を――雛獅子を守る騎士にもなれない。  派手に吹き飛ばすのがやっとの力。何れリッパーホッパーも立ち 上がってくるだろう。精々派手にやろう。まだ蹲る雛獅子を見て、 奥岳は肩を竦めた。 「見ろよ、雛。ヘマって、ヘバって、ヘタってるのを、引き起こさ れても何も出来やしねぇの。笑えるだろ?」  競争相手が減ったと見たか、周りの魔物がじりじり距離を詰めて きた。這い回るムガデ染みた死肉漁りの頭を爪先で蹴上げて、奥岳 は続ける。 「どうする、雛。お前一人ならどうにか逃げられんだろ。俺が居る から出来る事が減る。笑えよ――俺は笑うぜ。あばよ世界って、連 中並べて笑い飛ばして言ってやる」  言ったって聴きゃあしねぇだろうな、と奥岳は小さく笑う。雛獅 子は武器だ。恐れとは無縁だ。奥岳が死ぬまで、雛獅子は僚兵を護 り続ける。そう出来てる。 「僚兵」 「何よ」  そら来た。 「矢張り、貴方は有用です」  奥岳は声を上げて笑った。飛び掛ってきた魔物の顔面に手を付け る。閃光。 「馬鹿言え石頭! 俺が何を出来るよ、お前がなにをしてくれる よ! どうせ素直に死なせてもくれねぇ、その上なんだよ、俺の台 詞を全否定か!」 「そのようにも表現できますね」 「な――ン、だと」 「僚兵、貴方の提案は相応に有効な手段です」大口を開けて突進を してきた魔物の顎を雛獅子が切り飛ばす。「――ですが、それより も有用な手段がある場合、その選択はナンセンスです」  雛獅子の認識系がくるりと回る。「ZIas」の術式が切り替わる。 「倍化」の論理。  こいつは。 「じゃあなんだ、お前を切り捨てて俺が生きるって線か。俺がそい つを――」 「貴方が必要なのです」  こいつは。  俺を切り捨てられる。呆気ないほどに。完膚なきまでに。  その、同じ冷徹な方法論で――この俺を生かすと言っている!  こいつは、俺の事実だけを、見てくれる。  奥岳烈人は笑った。ただ、笑った。笑って蹴上げた魔物の首に、 雛獅子の銃剣が追撃をかける。 「いいぜ」  抵抗を無くす魔物の手応えを足の裏で感じながら、奥岳は言った。 「賭けてやる――何をすればいい。何を見せてくれるんだよ」 「貴方を、使うのです」  雛獅子が右腕の攻性機構に手を掛ける。枯れ枝を折るように容易 く剥がれる。蝕した陽の光を受けて、青い「氷」の方程式が陽炎の ような光を放った。 「出来んのか」  話が呑み込めてくる。放っておいても溢れるような魔力の塊が、 ここに一つあるのだ。 「実行します」  理論は単純。実現は困難。ただ魔物を殺す為に研ぎ澄まされた武 器に、融通は利かない。  拳銃に戦車の砲弾を放り込もうと言っているのだ。  無茶を言う。だから、奥岳は言った。 「――やれよ」 「了解」雛獅子が右腕を上げた。奥岳の目の前に青い光が差し出さ れる。「カウント、三」 「上等ォ」  テイク2って訳だ。こいつは意外とシャレてる。奥岳は歯を剥い て周囲を睨みつける。鼓動が耳の奥までも振るわせる。魔物も息を 潜ませて此方を眺めている。観客席は満員――悪くない。 「二」  VIPが此方に視線を投げ掛けてくる。リッパーホッパー。四肢 を広げて、開幕を心待ちにしている。 「一」  上空を飛び交う群れが輪を狭めてきていた。羽音が五月蝿く耳朶 を叩く。気の早い歓声――まだだ。弾が吐き出されても薬莢が残る。 食い潰されては笑い種だ。 「今」  すべてが動いた。  跳び上がるリッパーホッパー。我先に群がる羽音の主達。潰され、 跳ね上げられる蛆に節足。出鱈目に唸りを上げる巨躯。空を裂く鉤 爪。開かれる顎。糸を引く粘液。痙攣する舌歯。  突き出された瘤だらけの爪を屈んで潜り抜け、奥岳は頭の上に変 わらず掲げられている魔法に無心に手を伸ばす。  掌に金属の冷たさ。それが瞬く間に焼けるほどの熱に変わった。  爆ぜる。  右腕に衝撃を受けた雛獅子は、地面とほぼ水平になるまで倒れ 込んだ。筐体を捻る。長い髪が弧を描く。受けた衝撃を殺さず、踊 るように回る。屈めた膝がキリキリと音を立てる。引き絞られた弓 弦の音だ。二歩――三歩。雛獅子は一際強く地を叩く。  リッパーホッパーが上から噛み砕きに掛かっていた。真っ直 ぐ――雛獅子は其処に手を伸ばす。肘の先まで飲み込まれる。皮膜 が牙に引き裂かれる。  その巨躯に比べて小さな雛獅子は、猫に咥えられた昆虫のように 振り回された。肩が鈍い音を立てる。左腕で鉤爪を抱え、雛獅子は 中空で身を捻った。上下が入れ替わる。  衝突まで、秒も無い。牙が皮膜の下に到達する。圧搾に耐えかね               イマダ イタラズ てフレームが軋みを上げる―― 未  至 。雛獅子は短く演算した。  魔物が大きく顎を開く。噛み砕こうと言う気配。  その間から覗く青い光だけを雛獅子は真っ直ぐ睨み付けた。  巨躯が、墜ちた。  飛礫を裂いて鈍い轟音が走り抜ける。奥岳に群れた魔物がひき潰 される湿った音。巻き上がる砂礫を、奥岳は顔の前に上げた両腕で 庇う。  その隙間から青い光が覗く。 「全工程、完了」雛獅子の声だけが響く。「当筐体に重大な損傷は ありません」  腕の隙間から、奥岳はただ光を見つめた。シェードグラスを毟り 取って目を見開く。何が起こっている? 踏み出した足先が、奥岳 にそれを伝えてきた。  キン、と音を立てて割れたのは、魔物の体液だった。黒く濁って 泡立つソレ――泡立っていた、ソレ。冷気が白い靄となって周囲に 広がって行く。  カツ、カツ、と微かな音が響く。粉塵が晴れて行く。雛獅子 が――それから、下敷きになった魔物が見えてくる。  甲殻の上に白い霜の筋を浮かせて、リッパーホッパーは雛獅子の 腕を噛み砕こうとしていた。痙攣するように顎を蠢かせる。白く濁っ た瞳で中空を睨め回し、ただそれだけを繰り返していた。  白い陽の光を照り返して、雪のように何かが降り注いで――そう だ、と奥岳は声を上げそうになった。蝕が、晴れてる!  ちらりと奥岳の方に視線をくれて、雛獅子が言った。 「僚兵。共闘に感謝します」  すっと腕を引き抜く。  その瞬間、魔物は大きく膨れた。甲殻が罅割れ、砕ける。その隙 間から氷柱が顔を覗かせる。空を飛び交っていた魔物達がバラバラ と落ち始めていた。突き出した氷柱に触れたそいつが、一瞬で氷の 塊となって弾ける。  堰を切ったように変化が始まる。血を死骸を伝って霜柱が津波の ように寄せてくる。未だ生きているものも、死に掛けたものも、逃 れる暇も無い。其処此処で氷の華が裂いて行く。 「うは、ははは!」  荘厳だった。壮観で、爽快。  魔物と名の付く周囲の全てが――すべてが白く陽の光を照り返し 始めている。  氷となった巨躯の上から、雛獅子が告げた。 「目標消失――状況を続けます」  こいつは。  腹を抱えて笑おうとした奥岳のすぐ傍を、突き出た氷柱が掠って 行った。 「――っぶねぇ!」 「何をしているのですか」 「あい」両腕を掲げて、降参のポーズで奥岳は答えた。「奥岳 ちゃんは黙秘に徹します、サー」 「そうですか」  言って、雛獅子が投げて寄越す。「碧疫」だ。 「不利な点と、有利な点が双方一つずつあります」  「碧疫」を掌に被せながら、奥岳は変化の落ち着いた魔物の死骸 に腰を下ろした。 「アゲていこうぜ――悪い方から」 「直ぐに第二陣が到達します」雛獅子の視線を追うと、瓦礫の間か ら蠢く黒い生き物たちが遠くでひしめいているのが判る。「魔物は 悪精腫に影響されていない場所に集まる性質があります。先ず間違 いなく、この地点に到達します」 「良いトコなんもねーじゃん」 「それは、我々の僚兵、僚機も同様です。我々の行動の結果である と疑う要素はほぼありません。――何よりも、貴方には再び布陣を 敷く為の時間があります」 「時間ね」伸びをしながら、奥岳は言う。「すぐだろ、ありゃあ」 「無ければ、そのように言います」 「頼むぜ」  寄せてくる黒波を眺めながら、奥岳がひらひらと手を振る。 「いまいち話が読めねーの。不安で泣いちゃうぜ?」  口端を吊り上げる。共犯者の笑み。 「――当機は、これより目標を第二陣と定め、之を陽動します。奥 岳僚兵は――」 「――スーパー僚兵である所の俺は、味方との合流を待ちながら、 でっけぇ落とし穴をでっち上げる。だろ?」  雛獅子の言葉を遮って、奥岳が続けた。 「その様に表現してもいいでしょう」  奥岳は立ち上がって、声を張り上げた。 「さらば平穏――おはよう戦火! 分からず屋の鋼鉄女とちょーかっ こいい奥岳烈人クン、これより――」 「状況」 「開始」  雛獅子が一歩を踏み出す。  キリキリと筐体が悲鳴を上げる。  右腕は重く垂れ、姿勢は不安定にブレる。  真っ只中で、全力で稼動していたのだ。損耗が無い訳は無い。  それでも奥岳は笑った。こいつが、出来ると――言ったのだ。  嫌と言うほどコケたんだ。  立ち上がり様に蹴りかましたって良い頃だ。  「碧疫」の感触を確かめる。クリアになった記術式の構造が手に 取るように把握できてくる。  雛獅子が出来るように――奥岳の頭は出来る事を考え始めた。  雛獅子=オルトフォゴールは演算する。  筐体の機能は五割にも満たない稼動率に低下していた。  AFG−03は、マギナだ。  その機能の半分以上を魔術で実現している。  物理的な機能はほんの一部でしかない。  胴部の「落穂拾い」から胸部の「PREfig」に大素を魔導す る。「反転」の論理構造が石積みのように組み上がって行く。負荷 を受け破損した筐体の各部――「動かない」論理を過剰記述して行 く。純論理駆動。各接続部の固定部が開放され、その隙間を術式が 埋めて行く。  雛獅子は演算し続ける。  視界に入る魔物の一体一体の情報を吟味し、その特質を理解、ま たは推測する。雛獅子の僅かな挙動への反応の度合いを演算する。 視界に入ったその時から、接敵は始まっている。同時に、筐体のバ ランスを再認する。物理的な駆動部が効率良く純論理駆動を補佐す る為の最適解を構築し続ける。  駆動率は、常態から更に一割増加した。  未至。  雛獅子は演算を続ける。  身軽な魔物がゆっくりと包囲の輪を築いてくる。回避、不要。互 いに射程圏内。雛獅子は更に一歩、前に出る。  目の前で地が砕けた。  不意に飛び出してきた一体が、上空から雛獅子に狙いを定める。  演算。実行。  「雷」、「反転」、「氷」。  周囲へ散る放電に右腕で触れる。「PREfig」の補佐を受け て、その論理構造を即座に「氷」に切り替える。  「氷」の槍が周囲の魔物を貫く。上空のソレだけが範囲から逃れ ていた。  雛獅子はただ、首を傾げて演算する。  熱波がその頭部を掠めた。  「炎」――周囲の空気を焦げ付かせて、それが真っ直ぐに上空の 魔物を打ち据える。「風」がぐるりと魔物を取り囲む――落下。同 時に吹き飛んだ飛礫が不意に方向を変えて魔物を隙間無く打ち据え た。「地」の論理。  立ち上がったソレは、魔物ではない。  雛獅子は演算する。  リニ カナワヌ 「 無 理 」  ソレ――僚機が言う。AFG−02「姫獅子」。近接戦において は雛獅子を超える性能を誇る、一機のマギナ。 カ ナ エ マ ス 「 適 応 」  ただ短く応えると、姫獅子は僅かに演算して、言う。  ア ワ セ ヨ 「 合 意 」  僅かの逢瀬。魔物が距離を詰めるのには充分な時間。遠巻きに、 あるいはにじり寄り、魔物が全周を埋めていた。  演算終了。  雛獅子は、各駆動系に掛かった制限を開放する手を選んだ。  その状態なら、近接性能は姫獅子の領域にまで接近する。  雛獅子は口を開いた。  ――我等、万の軍勢が響かせる軍歌。    我等、千の縦列を揃える軍靴。    我等、百の隊列に翻る軍旗。    我等、十の軍犬が掲げる軍律。    我等、一切の例外無く構えられし銃口。    我等、剣よりも鋭く盾よりも堅い意志である。    我等の裡は永久に平穏たれ。    人、窮極に其を勝ち得んが為に。    斯く進軍し給え。  口誦演術によって、各部の制限が開放される。  甲殻の隙間で、紫電と旋風が、爆ぜた。                                          - 了 -