YAOYOROZSSS ■君はどこにキスをする?■ 「よーっし、次はあたしが王様だぁ♪ んー、おい顔瀬ェ!」 「名指し!?」  なし崩しの飲み会。なし崩しの王様ゲーム。そして、くじに書かれた番号をまるっとガン無 視してなし崩しのご指名。  全く以て何から何までつゆみんだ。  既に完璧に出来上がっている王様に逆らったらそれこそ何をされるか分からないので、 俺は露骨に渋面を作りながらも黙って従う事にする。  あんま変な命令を出されないと良いなあ。裸踊りとか言われたら、イチモクレンを全力開 放してでもダッシュで逃げよう。 「んじゃ命令! 顔瀬は綾川の下のお口とアナル以外のどこでも良いからキスするこべぶ らぼげぇっ!?」  命令を全て言い終わる前に、我らが九条真紀渾身の右ストレートを顔面に打ち込まれた 暴君は、10m近く後方に吹っ飛んでピクリとも動かなくなった。  愚かな。彼女の前で猥語をかますなど、DAI‐DARAのつむじから命綱なしでバンジーす るに等しい行為だ。 「ぼ、菩薩のストレート……」  誰が呟いたか知らないが、拳を標的にめり込ませた瞬間の慈愛の笑みは確かに何かも う修羅とか越えて涅槃の境地に達してる気はした。 「顔瀬くん」  その笑顔のまま振り向く九条さん。慈母の微笑みと右拳の返り血が同居してる絵面は、 控え目に言ってすげえ怖い。  まあでもそんな彼女のストレートが暴君の理不尽な圧政から救ってくれたのだと思えば、 むしろ神々しくも見えようものだ。 「君たちの純情を弄ぶ巨悪は滅びたわ。さあ、思う存分誓いのキスを。  大丈夫、ここにいるのは君たちを心から祝福する朋友(ポンヨウ)達よ」  こいつも酔ってやがったか。  きらきらしたオーラを飛ばしながら俺の両手をがしっと握ろうとするのは何とかかわした が、やばい、完璧に目がイッてる。  誰だ、こいつにこんなんなるまで呑ませたの。つゆみんだ。因果応報極まれり、ざまあみ ろ。  などと現実逃避してる場合ではない。周りは間違いなく俺たちを心から弄ぶ敵しかいない のだ。そんな中でキスシーンなど死んでも御免こうむる。  こんな中じゃなくても嫌だけど。  とりあえず援軍を期待する、とばかりに知り合いの3年生にアイコンタクトを試みるが、水 原めはニヤニヤしながら口笛吹いてるばかり、河内先輩まで頑張ってねーとばかりに手を ひらひら振って来た。沓掛さんはとっくに意識を失って、杯を掲げた姿勢のまま真っ白に燃 え尽きてるし、くそっ、こういう時には人脈のなさが困る。  それでも未練がましく視線を巡らせる俺の目の前に、 「あ、あのっ」  ああ、そうだ。綾川だ。この試練には相方がいたんだった。  真っ白な体をシックな黒いワンピースで包んだ綾川は、胸元で手を組み、顔を真っ赤にし て震えている。  こいつも初心なねんねって訳でもないだろうけれど、流石にさっきの不意打ち気味のセク ハラ発言はきつかったんだろう。つゆちゃん、ちょっとは手加減したげようよ。 「き、キス、ですよねっ。やらないと収まりそうにないですしっ、さあ、ど、どうぞっ」 「いや、それより何とかしてこの場から逃げたいんだけどな、俺は」 「それは……すみませんが、多分無理だと思います」  確かに周りを見ると、皆いつの間にかしんとなって、ギラギラした目でじーっとこちらを注視 している。  しかも全員猫足立ちの構えになって、ありゃ無意識でも獲物を逃がすまいとする狩人の体 勢だ。  確かにこれではイチモクレンの全力ブーストでも分が悪い。 「んじゃ、まあ、ちゃっちゃと済ませよう。あ、綾川、先に言っとく。悪い」 「そ、そ、そんな事はっ。大丈夫ですっ、私、先輩でもっ、先輩ならっ」  緊張のせいか言ってる事が支離滅裂になって来てる。しかし、そういう姿が意地らしいとい う気もしないでもないので、彼女の為にもさっさと終わらせよう。  とは言っても、彼女の何処にキスをするのか?  改めて、綾川の肢体をじっと見る。  足、細くしなやかで雪の様に白い掴んだら折れそうな足……アウト。足の甲から太ももまで、 どうやったって妖しい変態の構図にしかならない。  変質者に縋られるトラウマを綾川に植え付けるのも嫌だし、そんな変質者の真似事なんて 魂と引き換えてもやってたまるか。  胴、ささやかな膨らみと細くくびれた腰、そしてなだらかな背中……考えるまでも無く絶対ア ウト。警察呼ばれても文句が言えないし、レイプ未遂で訴えられたら100%負けるレベル。そ もそもどうやってもキスしようがないわ、そんなとこ。  手、白魚の様に優雅に動く指と艶やかな肩……手の甲ならいけそうだが、王子っぽいので アウト。歯の浮くようなキザさが滑り過ぎで凍死できる。指は余計に変態くさいので論外。  と、なると消去法で残りは首から上なのだが。  首、うなじ……アウト。絵面、普通にヤバい、って言うか綾川泣く。絶対泣く。  唇……ダメ、絶対。考えるのもダメ。ダメったらダメったらダメダメ。次行こう、次。  額、頬……妥協点を探すならここら辺りになりそうだけど、もう少しなんとかならないか。  鼻の先っちょ……落とし所かなあ。でも、大体からして唇で相手の肌に触れるっていうのが な……  と、そこで思い付く。そーだ、これなら一番角が立たないじゃないか。肌じゃないし。 「んじゃ、行くぞ」 「ひゃ、ひゃいっ!」  顔の赤みを一層濃くして、深紅の瞳を堅く瞑った瞼で懸命に隠して、祈りの形に合わさった 手がかすかに震えてて。  ああ、確かにこいつって可愛いのかもな、などと益体も無い事を思いながら、俺は、彼女の 肩で揃えられた襟足、その白い絹の様な髪を指でちょっと梳き、一房を軽く持ち上げて、そ の先端に一瞬だけ唇を置いた。 「ほい、終わり。呆気なかったでしょ?」 「え、え? あ、その、か、髪って、え、ええええええぇっ!?」  目を開けた綾川の顔色が茹でダコの様になると共に、彼女とそして周りから素っ頓狂な声 が上がる。 「おいおいおい、それはやり過ぎでしょー」  「顔瀬くんって思ったよりずっとキザー」 「うん、今日びハーレクインでもようやらんよ、こんなのは」 「うわー、これは痛い、痛いわ。いや、痒い? なんか背筋がぞわぞわ来るわー」 「どこがだよ! 一番無難だろ、髪って! 先っぽにちょっとだけだし! いや、ちょっと待っ て待って待って、もしかして俺、また何か間違えてる?」  盛り上がる周囲に、やらかしてしまったかとパニックになりかけた視界の隅にぶっ倒れて る綾川が入りこんだ。 「ちょ、おい、大丈夫か、綾川! そんなにショックだったのかって、うわっ、酒くさっ!」  先ほどまでは気付かなかったアルコールの臭いが彼女の体からぷんぷんしている。この 臭いに気付かなかったとは、俺もそれなりに緊張してたって事か…… 「ってそれよりも! 誰だ、こいつに酒飲ませたの! べらっぼうに弱いんだよ、こいつ!」 「はい、あたしー」  「ん?」と訝しげな全員の視線が集まる中、挙げた手を能天気にひらひらしているのはい つの間にか復活したつゆみんだった。垂れた鼻血を舌で舐めようと突き出しているのが果 てしなく見苦しい。 「いやー、ほんのコップ一杯かそこらなんだけど、まさかこんなに弱いとはねー。  それでもあんたの為に頑張って立ってたんだから、健気じゃん。よ、この果報者っ」 「いやーじゃないですよ。急性アル中になったらどうすんですか」 「だいじょーぶだいじょーぶだって。なったらなったで何とかなるさぁ」  その言葉を聞いて、ぴくりと肩を震わせた我らが九条さんが再びゆるりと立ちあがる。あ、 やばい。修羅に入ってるわ、あれ。  加えて今の今まで我関せずとばかりに盃を傾けていた一之瀬保健委員長もこれまたゆら りと立ちあがる。  あ、つゆみん、死んだ? 「教師が何無責任な事言ってんですくわぁあ!」 「急性アル中舐めてんじゃないよ、おらおらおらぁ!」 「げぶぁぁぁぁっ!」 「Yes,yes,yes. Oh,my god」  またしても誰が呟いたか知らないが、何か背後に星の白金が見えそうなラッシュだった。 つゆみんは30mほど吹き飛んでピクリとも(ry  なんだかどっと疲れて、綾川の体に向き直る。素人判断ではあるが、どうやら酔い潰れた だけの様だ。とは言え、今日はもうこれ以上の参加は無理だろう。  よっこらせと、彼女を抱き上げる。毎度のことながら、こいつは酷く軽い。一体何で出来て るんだろうか。 「お、帰るのか?」 「ええ、まあ。このまま放っとく訳にもいかないし。水原先輩、あとはよろしく」 「貸しイチな。ま、後は河内が上手く取り成してくれるから」  また僕かい?という河内先輩の声を背に、俺は寮に向かって歩き出した。  ……しっかし、髪は駄目なのか。うし、今後の為に覚えとこ。 おしまい