■異世界SDロボ〜葡萄月の継承者達〜■ ――凍える砂漠―― --------------------------------------------------------------------------------  惑星テハノーチ。身を切るような冷たい風と満天の星空が支配する砂漠の星。  人が住むには余りにも過酷な環境のため、入植者たちは地下で暮らしていた。  現在地表に人がいるとすれば、間違いなく軍人である。 『間違いなく蘇芳の一つ目です。三機だけみたいですね。いかがしますか少佐?』  偵察用のホバークラフトからの通信に耳を傾けながら、ナタリー・ゴスはコクピットに 備えつけられたレーダーを見つめていた。 「伏兵が潜める場所も塹壕もなさそうね。いいわ。しかけましょう」  そう返信するとレーダーからメインモニターへと視線を移す。星明りを受けて砂漠が紫 に浮かび上がっていた。外気温の温度表示はマイナス二十度を指している。コクピットハ ッチを開けただけで凍えてしまう極寒の世界だ。 「支援隊はこの場で砲撃に当たってちょうだい。準備が整い次第、各自撃ちかた始め。そ れに気を取られてる内に叩くわよ」  各機に通達した後、ナタリーは右足で中央のフットレバーを踏み込んだ。機体脚部のホ バーユニットのタービン音が高くなっていくのが聞き取れる。 「マケランネ隊、行くわよ!」  砂塵を巻き上げつつマケランネたちのカメラアイが黄色い尾を引いて闇に消えていく。 それに合わせたようにマケトーナイの右肩に装備されているカノン砲が火を吹いた。  轟音と共に暗がりを一瞬だけ朱に染め、砲弾が放物線を描いて飛んで行く。その光景を ナタリーはカメラ越しに一瞬だけ見やった。  障害物が何もないこの星では闇に紛れて襲撃をかけるしかない。それには迅速な移動が 求められた。部下たちが乗っているマケランネも、彼女の乗機であるマケチャイヤもホバ ーによる高機動を実現した砂上移動にはうってつけの機体である。  砲弾が地面に砂の柱とクレーターを幾つも拵えているのがモニターに映った。ナタリー は少し離れた所で機体の速度を落とし、後続の部下たちに止まるようハンドサインを出す。 「砲撃止め! 砲撃止めぇ!!」  支援隊に通信を送った後、カメラをズームしてゆっくりと着弾点の辺りを見回す。そこ にはただえぐられた砂地が映っているだけだった。 『妙ですね、少佐。残骸も足跡もありません』  すぐ後ろにいた大尉から通信が入る。彼も同じ所で違和感を覚えたようだ。 「まだ近くにいるようね。各機、ダイヤモンド隊形にシフト。少尉は左翼、軍曹は右翼に ついて。大尉、先行してくれる?」 『『『了解』』』  陣形の後方を警戒しつつナタリーは先行する部下たちに続いて前進する。  何かがおかしい、本能がそう警告しているものの、それが何なのか言葉では言い表せず にいた。  歩みを進める中で動体センサーが反応を示す。一瞬ではあるが気を取られたのがいけな かった。  前方より飛来する砲弾への対処が遅れたのは致命的ミスだ。先行している大尉のマケラ ンネが至近弾を食らって脚部を損傷してしまった。脚がウリであるマケランネはこうなっ てしまっては擱座したも同然だった。 「何てこと!? 大尉、応答しなさい! 大尉!!」  気絶しているのか、機械の故障か、ナタリーのインカムは砂嵐のようなノイズを拾うば かりだった。  突如、左側の砂が盛り上がり、モノアイを光らせる機体が姿を現す。蘇芳の地雨だ。  素早く反応した少尉と軍曹のマケランネが地雨にマシンガンを掃射するも、ブーストジ ャンプで避けられた。しかも運が悪いことに地雨にトップアタックを許す結果となってし まったのだ。  一瞬のできごとである。少尉のマケランネは頭上から降りしきる鉄の雨に撃たれて蜂の 巣と化した。  インカムから怒りに満ちた軍曹の咆哮がナタリーの鼓膜を直撃し、彼女は反射的にヘッ ドフォン側のボリュームを絞る。それが功を奏したのか、背後で砂の落ちるざぁっという 音が聞こえた。 「後ろか? そこぉっ!!」  ナタリーは間髪入れずにマケチャイヤを急旋回させると同時にバズーカを発射する。バ ックブラストが砂塵を舞い上がらせ、ロケット弾がオレンジの尾を引いて暗闇の空へと吸 い込まれて行った。 「避けられた? この距離で!? 嘘でしょ……」  彼女の背筋を冷たいものが駆け抜ける。その直後に敵機が抜いた軍刀の白刃が一瞬だけ モニターに映りこんだ。  拙いと思った時には既に手遅れだった。咄嗟に回避運動に移ったものの衝撃が機体を揺 さぶる。  バズーカを持ったままの右手が宙を舞っていた。  スリットの間から漏れるモノアイの光りが、彼女の戦闘意欲を削いで行く。  確かにロックオンしたはずだった。しかし結果は仕留め損ない、自分が仕留められよう としている。  敵に、蘇芳の地雨にこれほどの機動性があるとは聞いていなかった。否、聞いていたと しても外すような距離ではなかった。  心臓が胸の中で暴れるように跳ねている。このままでは殺られると頭では分かっていて もどうしようもなかった。  一瞬目の前が白くなりかけたが、動体センサーの警告音で我に返る。いつの間にか目の 前まで接近されていた。 「ひっ……」  無意識の内に息を呑んだ。操縦桿を握った手は小刻みに震えて力が入らない。死ぬのだ と彼女は思った。 『しょおさあああぁぁぁっ!!!!』  インカムから聞こえる絶叫が鼓膜を揺さぶる。  もう一機の地雨の相手をしていた軍曹の乗るマケランネが、左肩を突き出しながらタッ クルの姿勢で割り込んできた。  地雨はバックパックのバーニアをふかして後退し、それをあっさりとかわす。 「逃げて!! 軍曹っ!!」  そう叫んだのとほぼ同時に二機の地雨のモノアイが不気味に光り、マシンガンとカノン 砲の掃射が嵐のように襲いかかる。  射線から何とか出ることができたマケチャイヤだったが、軍曹のマケランネは回避が間 に合わなかった。  銃声と明滅するマズルフラッシュの合間から聞こえる部下の断末魔を、彼女はインカム 越しに聞いているしかなかった。  一瞬の間を置いて再び動体センサーの警告音が鳴り響く。しかしメインモニターに機影 は映っていなかった。 「どこ!? まさか、上!!」  慌ててカメラアイを上に向けて確認する。そこにはトップアタックをかけようとする地 雨の姿があった。 「こんんんっのおおおぉぉぉっ!!!!」  ナタリーは怒りと悲しみがない交ぜになった感情を爆発させ、マケチャイヤの左手にバ トルアックスを握らせ、バックパックのバーニアを限界までふかした。ブーストジャンプ のGに耐えながら落下してくる地雨を迎えうつ。  バトルアックスの間合いに入ったと思った刹那、地雨がブースターを再点火させて直線 上から離脱し、引き際にマシンガンを掃射していく。  カメラアイが被弾してモニターから映像が消えた。 「まさか……」  罠にはまったと気づいた時には全てにおいて手詰まりだった。地上で待機していた二機 の地雨から放たれた砲弾が機体の四肢をもぎ取り鉄の棺桶へと変えていく。  今度こそ死を覚悟した。飛び上がったことも後悔した。惑星である以上、重力は平等に 働く。 「ごふぁ……」  マケチャイヤの胴体が砂の大地に激突した衝撃でナタリーの小さな身体から空気が押し 出される。口の中に血の味が広がり、視界が霞んでいく。  照明の類は全て消えたコクピットは暗く、狭く、そして寒かった。  朦朧とした意識の中で、どの位そうしていたのか分からなかった。彼女を正気に戻した のはコクピットハッチを切断するディスクカッターのエンジン音だった。  どこか異常がないかと身体を動かそうとするも、首より下の感覚がないことに気づいた。 脊椎を損傷しているようだ。  何故死ねなかったのか? と自分の生命力の強さを呪った。  やがてハッチが切断され、赤十字の腕章をつけた防寒着姿の男たちが視界に入った。  男の一人がしきりに何かを話しかけているが何も聞こえない。鼓膜も破れているのだろ う。  担架に固定されて外に運び出されると、痛いほどに冷たい風が頬に吹きつける。  担架が向きを変えたとき、恒星の光でオレンジ色に染まる地平線が、ただひたすらに伸 びている光景が視界に映りこむ。  何故か涙が溢れた。その涙は凍らずに目尻から流れ落ちていった。 了