『彼らの生き方』                   Elven Path                     前  グラス・レヴィナスはエルフィーナの英雄であった。軍務大臣の下、エルフィーナ騎士団を 率いて幾度となくNI社の破壊活動や闇黒連合の侵攻を打ち砕いてきた。  エルフィーナには近衛隊、守備隊といった王族直属の精鋭部隊も存在したが、それでも騎士 団こそがエルフィーナ軍の栄光ある顔なのは間違いなかった。そしてレヴィナスは古よりその 名を残してきた騎士団を任されるに全く相応しい指揮官であり、騎士であった。  『ベルーカ皇国侵攻』、『第三次ユグドラシル事変』、『42事件』……エルフィーナ人、 つまりエルフは非常に長命である為、彼が関わった事件は数え切れぬほどである。そして彼は それらの中で己の使命を全うしてきた。  そう、たとえば十年前も。 「…………ああ、そうだ。十年前……」  騎士団長の乗機ヴィオレット・ナイトのコックピットで漏らした声が嫌に響いて、レヴィ ナスは意識を引き戻された。息苦しさを感じて空調を確認する。彼らエルフィーナ人は大気に 対して非常に敏感で、清浄さが保たれない場合急速に体調を崩し場合によっては死に至ってし まう。そのため戦闘用モービルロボットであっても、いやだからこそ高性能な空調システムが 完備されているのである。  空調は完璧に動作しており、コックピット内の空気が清潔さを保っていることを操作パネル も示していたが、それでもレヴィナスは息苦しさを振り払うことができなかった。  全身がじっとりと粘りついたような不快感の中で、レヴィナスはもう一度大きく深呼吸をす る。それが終わるか終わらないかのうちに、通信音声が彼の耳を打った。 ≪ダメです!レイクス隊も釘付けです!≫  騎士団の分隊長からの報告。グラス・レヴィナスは今も戦場にいるのだ。いままで数百年の 時をそうしてきたのと同じように。だが………… 「どう……なっているんだ」  レヴィナスは眼前の炎を睨みつける。炎。森が燃えている。エルフィーナの国土の90%を 占めており、エルフィーナ人が生きていく上で必須の清浄なる空気を生み出す、国の宝たる森 が轟々たる火炎に包まれて燃えていた。レヴィナスはそれを強く睨みつけている。その炎の向 こう側を見通そうとするかのように。  ただ森が燃やされていることに対して単純な怒りを覚えているわけではない。レヴィナスは 戦闘が起こればこうなるということは嫌というほど理解していたし、想像の範疇にすぎない。 ≪ダメです、抜けられません!≫  部下の声がする。レヴィナスは返事をしない。 「…………今の奴らが割ける兵は多くて一個大隊が限度のはずだ」  確認、ではなかった。愚痴とでもいうべきか。呟いた口が粘ついてたまらない。  『奴ら』――――とは闇黒連合エルフィーナ侵攻軍である。この全世界に対して攻撃を開始 した恐るべき狂人の集合体は、今回も懲りずにエルフィーナへと侵攻した。小さく森だらけの エルフィーナを攻めるのは、背後にあるソフホーズ連邦侵攻への足がかりを手に入れる為であ る。前回の十年前とは変わって、エルフに対し異常な敵愾心を持つドワーフ族バルク・カザー ドが指揮を執る今回の侵攻軍との攻防も一進一退が続いていた。  そのバランスが崩れたのは、全く予期しない展開からであった。闇黒連合の別軍であるディ オール侵攻軍の司令官、闇の国の王太子バルス・ビン・ケムトサラームに何かがあったらしく、 ディオール侵攻軍の行動が一時停滞、それを受けて他の各軍の配置が変化し、エルフィーナ攻 撃の戦力が減少したのである。  しかしカザード将軍はそれら連合側の状況が敵側に割れたと気取るやいなや、あえて残存戦 力を集中して北のガラドリエを突破、エルフィーナ王都への奇襲を行おうとしている。  それを今レヴィナスが知っているということは、エルフィーナが奇襲を察知しているという ことに他ならない。カザード将軍が決定的な勝利を手にしようするのに対して、エルフィーナ も間に合うだけの戦力を結集した。その上でエルフィーナ騎士団をシンダルの森から迂回させ、 侵攻軍主力部隊を横撃しようというのである。  それが、動けない。  現状の侵攻軍は、王都防衛戦力を叩くのにギリギリに近い戦力と見込まれていた。レヴィナ スの現状から間違いなくエルフィーナ側の策は見破られていたことになるが、だとしても、敵 軍には割るだけの戦力が不足しているはずだった。それを見越しての別働隊である。  だからレヴィナスは歯噛みしている。  エルフィーナ騎士団が完全に足止めされている現状に。 「時間がない……」  エルフィーナ主力、女王軍(クイーン)にくらいついた侵攻軍は、騎士団(ナイト)によっ てチェックメイトを受ける筈だった。戦争とは早指しであり、持ち時間はわずかしかない。  息苦しかった。  敵方の遅滞戦闘は悔しくも完璧だった。エルフィーナの庭であるはずの深き森を敵こそが効 果的に利用していた。どのような部隊機動をとっても、的確に対応してくる。広がる火炎の向 こうから、陽炎のように迎え撃ってくるのだ。そして燃え続ける炎と同じように、まとわりつ いて離れてはくれない。 「…………相手はここを熟知しているということか」  その瞬間、レヴィナスの脳裏で扉が開いた。  このまとわりつくような息苦しさ。 「知っている。この感覚、ああ、知っているぞ……」  十年前、前回の闇黒連合エルフィーナ侵攻軍。レヴィナス当人の活躍によるところ大きく、 それは撃退された。 「我らを取り囲むこの炎に注がれたものを」  十年前、レヴィナスを苦戦させた一機の小隊長機があった。 「このべとつくようなプレッシャーを……!」  十年前、レヴィナスが下したその敵。 「これは、奴の匂いだ!!」  レヴィナスはすぐさま動いた。 (抜けられる。奴なら抜けられる。奴のことならば、私はきっちりと覚えている。たった十年 前のこと、忘れるはずがない……!) 「フェース、続け!敵指揮官の手の内は見えた」  ヴィオレット・ナイトが先陣を切った。この炎の目くらましにも、敵兵の配置にも、癖とい うものが感じ取れる。指揮官の癖だ。  長き時を生きるエルフィーナ人は、それだけ多くの経験を積んでいる。まさにレヴィナスの ように多くの戦場を戦い抜き、様々な戦略と戦術と戦法を通過してきた。  そういう者が、正しい情報を得たならば。 ≪2、1、突撃(チャージ)!突撃(チャージ)!!≫  レヴィナスの指示の下、各部隊長がそれぞれ隷下を建て直し、前進突破を図る。相手が利用 する地形を読み、罠を回避、待ち受ける敵に十字砲火を受けないよう炎の向こうを想定する。 (問題ない。抜けられる)  炎の向きは変わりつつあった。やはり敵部隊は数が少ない。主導権さえ握れば、相手が騎士 団の戦力に抗しきれるはずがなかった。 ≪エコー、クリア!≫ ≪チャーリー、クリア!≫  前進。前進。  敵の抵抗はじょじょに弱まり、そしてついに騎士団はシンダルの森からウァロンデ峡谷へと さしかかろうとしていた。ここを抜ければ、敵主力は目の前のはずである。 「アルファ、クリアー!……なんとかなったか」  そして、レヴィナスは自分が直率する部隊を振り返った。殿の機体が後続の到着を待って、 同じく後ろを振り返り見ている。  爆発。  それを、真っ赤な侵攻軍戦闘ロボ『ジャンクーダ・クリーガー』のライフルが、撃ちぬいた。  爆音。  銃口は背後斜めからこちらを向いている。  数はその一つでは、ない。 「…………誘い、こまれたのか」  口の中が粘ついてたまらない。  確かにエルフィーナ騎士団は前進した。しかしその陣形が完全に縦にのびる結果となってい ることに、レヴィナスは気付いてしまった。  そして分断。  敵はレヴィナスが見破ることをも狙っていたのだ。わざと己の癖を見せつけ、そこに引き込 んだ。『十年前の自分』を利用してみせた。  モニタ、共有回線に反応。敵が動かない。しかしいる。前にも敵がいる。姿は見えなくとも、 間違いなく。  レヴィナスは部隊への通信を繋ぐ。 「油断するな。指示を待て」  言って、共有回線を開いた。  コックピットの空気が、一瞬にして何か別のものになったかのようだった。 ≪フゥー、どうもエルフというのは中身もなかなか成長せんらしいな騎士団長殿≫ 「貴様……!」  粘りついたその声にレヴィナスは思わず叫ぶ。 「覚えているぞ、あの、前線指揮官……十年かそこらだ」  それをレヴィナスは昨日のように思い出せる。比喩というほどではなく。まさに『たった十 年』ではないか?  通信の向こうで、相手が哂った。 ≪それだ、それ!男子三日会わざれば活目して見よ、という言葉を知らんのかあ〜?十年も前 を昨日のように語るからこんな大陸の隅っこでガタガタ震えるハメになるんだ≫  レヴィナスはあの時、その男に名を聞いたのだ。 「あの時の若造、アブラハム!」 ≪変わらんのが肩書きと綺麗な顔だけじゃあ無意味な生だぞおグラス・レヴィナス≫  つまりはその男が、エルフィーナ侵攻軍第六独立機装大隊長『アブラハム・アブラギッシュ 中佐』であった。  レヴィナスの知らぬその異名は、”粘りの”エイブ。 ≪抜けられると思うなよ。私はかなりしつこいぞ≫                                    (後編に続く) SDロボはまとめが丁寧だからここに書き出さなくても出演キャラリンク作ってくれるさ 丸投げかよ