『彼らの生き方』                   Elven Path                     後  赤いモノアイが陽炎に揺らめくのをグラス・レヴィナスは真っ直ぐ見た。  思考。  後続とは分断されており、直率部隊以外に通信ができない。電子妨害を受けている。後方に 割り込んでいた敵機は6。直率機は自身を含めて12。背後の前方にもアブラハムの配置した 『蓋』が居ると想定。炎のカーテンの向こうから突撃してくるまでに猶予はない。挟撃。包囲 突破のセオリーは一、方向を速やかに打ち破り穴をあけるこ と。隊長機は、恐らく先ほど撃った深紅。  行動。 ≪エス、支援。残り北側備えろ。後ろを抜く……!≫  古語(エルヴィッシュ)で副官を呼び、前進する。爆裂した残骸から砲身が滑る。赤い隊長 機の斜め前方に控えていた敵機2つがヴィオレットナイトに反応し、同様に前進。背後の3が 即座に発砲した。  ヴィオレットナイトが左手を掲げる。ビームシールド展開。着弾2発を完全に遮断。青い閃 光が赤染めの空間に瞬いて消えた。応じるように背後から右方の敵前衛へと一閃が走る。副官 機のフェアリーナイト・アイレイドが放ったそれは、敵を貫くことなく過ぎた。だが問題はな い。  肉薄する。  今の一発で先行した敵前衛2機が足並みを微妙に違えている。左方から来る。黒ずんだ、バ クフ様式じみた機体。左マニュピレーターに掴まれた白刃が炎を照り返す。  刀は振り下ろされない。ヴィオレットナイトが右手に構えた発振器から集束された力場が展 開し、ビームが槍の形をとっている。それが、敵機の左下腕を突き刺している。レヴィナスは リーチ差を過たなかった。  砕け散る左腕を捨てた左方敵機がすぐさま跳躍する。至近距離から放たれるのは右方敵機の 小口径銃だ。射程や威力には劣れど、取り回しの良さが白兵戦においては強力な武器となるこ ともある。その銃弾自体は、左腕のシールドが前面を覆うことで防ぎきる。 (――――来る!)  射撃は牽制。ヴィオレットナイトの両腕は塞がり、銃と同じく小ぶりな実体剣が滑る。いや、 まだ滑ってきてはいない。レヴィナスの想定が見せる一歩先の幻影だ。その幻影に向かって一 歩を、防御の為に上げた左腕をそのまま押し付けるように前へ。  左腕前面に展開しているビームシールドがそのまま、懐に飛び込んできた敵機を受け止める。 巨大な質量を受けて力場が歪む。銃撃で相手を縫い付けてのショートブレードによる本命攻撃 を阻まれ、敵機の刃が虚空を撫でた。  視認した機体の形状から、おおよその装備とそこから導き出される敵の取りうる戦法はわか る。敵機――――ジャンクーダの戦力は把握している。だからこそ副長機は当然のように、カ スタム化されているのが間違いない右方の機体を先行させるような牽制射撃を行った。カスタ ム機と先に対峙し、そのカヴァーに入る形となる後続機をアクシデント無く凌ぐ。レヴィナス が何も言わずとも、彼もまたそこのところを理解しているからだ。  それが歴戦ということだ。  暗黒の国にもいわゆる『眷属』やまたはレヴィナスたちと近しい種のものもいる。が、やは りエルフィーナ軍は飛びぬけてその平均年齢が高い。他国軍の感覚でいえば、全軍の八割はベ テラン兵以上ということになる。寿命が長いという一点を理由に。  だからついに狙いを定めた赤い隊長機のアサルトライフルが、盾を押しつけることで胴体前 面をガラ空きにしたヴィオレットナイトに火を吹いた時も、レヴィナスはヴィオレットナイト の右手首を僅かに回すだけで対処した。  連続で弾ける閃光に、射手がたたらを踏んだように見えた。  狙い済ました射撃を受けとめたのはビームランスの細長い穂先だ。胴が開いた時点で、来る のはわかっていた。 「……いい腕だ」  正確だった。だから防いだ。  そう、相手は何も無能ではない。だが見えないその搭乗者は10年前も同じその席にいただ ろうか?そして10年前にはそういう席にいたアブラハムは今その席にいるだろうか?  いない。  しかしレヴィナスも副長も、そして後方を守る10機のパイロットたちも、いたのだ。  副官機の放った一閃が跳躍から落下した和式ジャンクーダの着地点を貫いた。一瞬前に転が り逃れた敵機を放って、ヴィオレットナイトがビームランスを横に薙ぐ。盾の前から退避しか けていたジャンクーダが、間に合わない。ランスはその物理的形状に捉われることなく、その 横身で機体胸部を切り裂いた。  そこまで一息以下。  友軍機が炸裂する中、赤黒いジャンクーダー・クリーガーのビームアサルトライフルが再び 光を吹く。立て続けの光撃音の中で、青い光が彗星のように尾を引いた。出力が急上昇した背 部ブースターから排出されたマナが輝いて散る。ヴィオレットナイトが煌く翼を広げた。  レヴィナスはさきほどの銃撃と共にクリーガーの前に出ていた3機を視界に納めている。全 てO型の重量タイプ。先行したJ型とは違うが、装備は把握している。  背後を通る銃撃音。クリーガーが急接近したヴィオレットナイトではなく、副官機を狙って 銃撃を続行した。フェアリーナイトの実体シールドの表面が弾ける。前面は3VS1だ。  肉薄したヴィオレットナイトに泡を食った正面機が照準をあわせ直すのを許さず、ビームラ ンスが右肩を打ち砕きそのまま霧散した。眩い明滅の中で右方機は戸惑い、左方機の銃撃は輝 くシールドが防いでいる。勢いのままに右腕を失い体勢を崩した正面機の懐左側に飛び込むと、 左右両機がようやく抜剣した。  遅い。  槍身を喪失している発振器が再び光を放つ。力場を固定せずに射出されたエネルギーが弾丸 となり、すれ違う正面機の頭部を貫通した。  レヴィナスの眼前には射撃を終えた深紅の隊長機。肩に備え付けられていたクローつき実体 ラウンドシールドを振り上げている。  右に躱すと、当然頭部を破砕されて戦闘能力を失った敵機がいる。押し出されたそれが、回 り込もうとしていた右方機に衝突し、右方機が動きを止めた。クリーガーのクローの向こうで 左方機が再び銃口を向ける。  クロー回避の為に左腕は開いている。防御できない。よってヴィオレットナイトはそのまま ブーストで前進した。クリーガーがもう片方の手でライフルの首をもたげようとして、横に構 えられたビームランスと衝突した。  引き裂く。  銃身が上下に割断されていき、持ち手が即座にそれを手放した。後ろに下がるクリーガーと 共にクローが引かれ、ヴィオレットナイトが引き戻した左腕のシールドが追撃をかけた左方機 のブレードを受け止める。  ジャンクーダの強さはその安定性とコストにあり、武装はシンプルだ。故に予測する。ヴィ オレットナイトから見て左に下がっていくクリーガーとは逆に右側に抜けながら、左回りに振 り返る。回転中、シールドに体勢を立て直した右方機の銃弾がヒット。  ランス発振器からビームガン。O型ジャンクーダの厚い装甲を抜くことはできないが、被弾 した右方機は、それに寄りかかっている頭部破損機もあって足が止まっている。  再び翼が見えた。  馬上槍試合(ジョスト)のごとく突進したヴィオレットナイトが、右方機の胴体をぶち抜い て通り過ぎる。その先にいるのはニンジャめいた左腕の無いカスタム機。副官機が縛り付けて いた。背後からジャンクーダO型の銃撃音。  振り仰ぐカスタム機。追いすがる銃弾。光翼は残像を残して消え去り、代わりにヴィオレッ トナイトの両肩が輝いた。 ≪エネルギーフィールド……!≫   全方位に展開した力場が正面の敵機を圧し出し、背後からの銃弾を弾き飛ばした。  大出力による全方位バリアはヴィオレットナイト最大の装備だ。今までそれならば危なげな く防げた攻撃に対して使わなかったのは、エネルギーの消耗を抑えると共に、精神的効果を考 慮してのものだった。敵兵とて、エルフィーナ騎士団長の機体の性能ぐらいは当然知っていて 然るべきなのだ。が、立て続けの高速戦闘においてそれを温存し続けたことがその情報を覆っ た。その証拠に、至近距離回線から敵兵の既知を示す驚嘆の呟きが漏れ聞こえてきたではない か。  完全に体勢を失ったカスタム機を、副官機のビームライフルが危なげなく貫通する。エネル ギーフィールドと敵機体の衝突で生まれた反力により前方への運動を止めたヴィオレットナイ トが振り向くと、僚機の射撃の追撃を行うために突進してきていたクリーガーのクローが迫っ ていた。  襲った側は戸惑いと共に、襲われた側は確信を持って、交錯した白兵武器は、クリーガーの シールドクローをヴィオレットナイトのランスが両断して終わった。背後から爆音。  S型一機、カスタム一機、O型2機沈黙。隊長機は武装を喪失し、O型が一機無傷。 ≪強いな……相変わらず。ナミ君相手でもこうか≫  アブラギッシュ中佐の声。 ≪包囲を抜けるぞ!≫  それに答えずに、レヴィナスはすぐさま声を上げた。小破はあるが10機とも稼動している のをモニタに確認する。  ここまでだ。  レヴィナスたちが抜ければ、今度は逆に侵攻部隊側が挟撃を受けることになる。アブラギッ シュ中佐は恐らく兵を退かせるだろう。  しかしここまでだ。  後方の戦闘状況はまだわからないが、分断からの包囲攻撃を受けては損害は無視できるもの では留まるまい。この敵の目的はエルフィーナ騎士団を殲滅することなどではないのだ。エル フィーナ騎士団が敵本隊の横撃を果たしえない状態に陥ったならば、彼らの務めはなされてい る。  後退に入るエルフィーナ騎士団戦力に対して、敵方も牽制以上の攻撃は行わない。  己がいくら敵を貫こうとも、負けは負けだ。レヴィナスはそれを良く知っている。彼が数百 年駆け抜けた戦場とはそういうものだ。  いまだ身構えたままの敵指揮官機を見据える。そのパイロット。少なくともアブラギッシュ 中佐よりは若輩には違いない。だがその相手が、次まみえる時にはどうなっているかわからな い。中佐はそう言う。  エルフィーナ人は長く生きる。それは、長く生き過ぎるのか?その時間には、積み重ね上げ たものが無数にある。あるいはそれは、淀んだ水に結んでしまった苔か?  エルフィーナ人は激変を生き抜くのに長けてはいない。それは時間的な意味だけではなく、 身体的な問題でもある。機体に高性能な空調システムが備えられているように、世界中に散ら ばる彼らのような逞しい生き方はできまい。  しかしそれだけに誇りはある。それが頑迷さと紙一重だとしても。今こうしてレヴィナスが 真っ直ぐ立っているように、エルフィーナ人はソレを守るだろう。襲い来る苦難に対して、中 佐が言ったように『隅っこで震えて』あるいは『ただ諦めることなく留まって』。勝利も敗北 も長い生の中の一幕であり。エルフィーナは残る。ただ長く。  副官機がヴィオレットナイトの横につく。武装を失ったクリーガーがわずかに反応し、その 身でレヴィナスらの前を塞ごうとする。  ふと、レヴィナスは敵機へと送った。 「逝き急ぐなよニンゲン!」  まだ終わってはいない、とそれはレヴィナスの強がりではない。  ジャンクーダ・クリーガーが継戦を諦め、退いた。  エルフィーナ王都は陥ちなかった。  騎士団による横撃は叶わなかったものの、王都防衛軍は侵攻軍主力の猛攻に対して強固に抵 抗を続けた。王都周辺以外の戦力が駆けつけるまでに短期決着を目指していたガザード将軍は 作戦完遂を諦め、侵攻軍はガラドリエ以南まで一時撤退することとなる。  レヴィナスは王都に戻っている。王城から臨む窓の向こう、森に覆われた地平線の彼方に奴 らはまだいるのだろう。 「ふふ、なあ、こういうこともある。アブラハム」                                          了  戦闘シーンだけ書きたかったので  でも近代以降のミリタリー知識もメカニック造詣も浅いんでどうなんでしょう  ロボットものは難しいですねわりと好きなんですけど  おかしくなければいいんですけどね  F……A……FA…………?