「お疲れ様、宗助くん」    モードのねぎらいに宗助はカービン銃を上げて応えた。が、すぐ眉間に皺を寄せる。   「止めは俺がやるって言ったのに。君なら、下級魔程度の手足だけ狙うのも簡単だろう?」 「でも」とモードは口を濁した。「確実に仕留めないと、万が一という事もあるわ。もし、 あなたにも危害が及んだら……」 「で、俺は電車やバスの中で肩がぶつかりそうな他人かい? おんなじ場所で切った張った やってるんだ、それこそ気にするな、だぜ。……な?」    うつむきながら、こくりとモードは頷く。宗助は嘆息した。   「ま、とにかく――これで、こっちの棟は大体片付いたみたいだな」 「ええ。引き続き哨戒は続けるけれど、警戒レベルは幾分落としても平気そうね」    顔を上げ、行きましょうとモードは宗助を促した。    モードと宗助は並んで暗い廊下を歩き出す。夜目が利く二人は、ことにモードの足取りは 確かだ。  周囲は夜の静けさを取り戻していた。魔物の気配もない。  モードは片手で乱れた髪をかき上げた。黄金が豪奢にうねる。  もう片方の手には両刃の大剣『ネガキャリバー』を下げている。持ち上げるだけですら、 屈強な男でも至難の業だろう。そんな超重量武器を、少女はいとも易々と扱っている。      ――実の所、モードは全身の表面を不可視の魔力で纏っているのだった。彼女の意のまま に動く魔力の流れは、彼女の五体の挙動(モーション)を外部から司っている。  それが、一見たおやかな少女が度外れた巨大武器を揮える仕組みだった。このパワーアシ ストにより、モード・エヴラールは縦横無尽の剣戟と、それ以外の運用を行い得るのだ。    要は操り人形のような原理である。人形が自分自身を操っているという違いはあるが。  もっとも、いくら魔力の流れによる身体操作とはいえ、本人の肉体まで全く楽をしている 訳ではない。水準以上の膂力や反射神経は当然必須だし、そもそもの魔力操作自体が生半可 に行える技法ではないのだ。  ミリ単位での精密な魔力制御と実際の身体の動きを、しかも死線を争う戦闘中に一致させ るのは、ある意味力のみで大剣を使いこなす以上の神技と言えるだろう。      二人が靴音もなく闊歩するこの学校は、とっくの昔に廃校扱いになった施設だ。  門(ゲート)≠ェ生じた為である。  異界への出入り口を、そう呼ぶ。この学校の場合、特定の箇所ではなく、敷地内全域で次 元間の壁が薄くなっている。出現はそう頻繁ではなく、下級魔に限られるとは言え、最前斃 したシギュワリのように越境≠オてくる魔物どもを止める術はない。  空間そのものを完全に破壊、または封印するには不都合も多く、こうしてモードたちM-A ――『学園マギア』の生徒が定期的に巡回し、生じた魔物を順次駆逐するしかない、という のが現状だった。        歩きながら、モードは意識を集中させた。別の棟にいる仲間へと念信を送る。   『こちらモード。新校舎ニ、三階の掃討はほぼ完了しました。――ヴィク、そちらの状況は どう?』 『はぁい、こちら旧校舎。今のところ進捗はスケジュールの範囲内よ』    ヴィクという名の相手から、同じ念信での返答があった。  脳裏に響く声音はハスキーである。それもその筈だ、相手は生物学的には男だったから。 女口調と相まって、声≠ノは何やら妙な艶っぽさがあった。   『あたしも子猫チャンも至って元気。そっちも問題ないっぽいわね』 『……先輩、その子猫チャンて呼び方、止めて貰えませんか?』    念話に別の思惟が割り込んできた。  こちらは間違いなく女性だ。モードたちより幾分年下らしい、溌剌とした声≠フ主は、 大分不機嫌そうである。  モードはくすりと、これは現実の声として苦笑する。  女口調の方が身悶えした。実際のその姿がモードに見えた訳ではないが、その気配がこの 上なく濃厚に伝わってきた。   『ええー、だって子猫チャンを子猫チャンって呼ぶの禁止されたら、あたしは子猫チャンを 何て呼べばいいのさあ』 『名前で呼んだらいいじゃないですか! あたしは唐河岸祐奈(からかし ゆうな)っていう 名前があるんです!』 『じゃあ祐奈の子猫チャン』 『こッ、子猫から離れろと言う!』 『まあまあ、大猫ちゃんに子猫ちゃんたち。喧嘩はいかんよ、喧嘩は』    しれっと割って入った宗助に、唐河岸祐奈はすかさず『咲中先輩!』と噛みつく。  それを無視したヴィク――モードと宗助の同級生、ヴォール・ヴィク・ウォーターマンは きびきびとした調子で、   『モード? 子猫チャンとバカ猫の寸劇アワーは置いといて、真面目な話をするわよ』 『じ、自分から振った癖に……』 『おいおい、バカ猫って俺? お前、お前の化粧ぐらいきっついな』    ぶつぶつと、或いはからからと、祐奈と宗助がそれぞれ悪態をつく。急にドスの利いた低 い声≠ノなったヴィクは、   『うるせえぞ宗助この野郎。……ああ、モード。こっちの方は、まだ残敵の反応が少しある のよね。妖量反応からして、大したことない下級魔だろうけど。あたし達は引き続きそれを 追うわね』 『了解したわ。二人とも、くれぐれも気をつけてね』 『お互いにねん、モード。それからバカ猫も』 『先輩たちもご武運を』    『あいよ』と応じた宗助共々、モードは二人との念信を切った。     「……賑やかそうだなあ、あっちは。女は二人でもかしましいってやつか」 「あら。ヴィクのこと、ちゃんと女扱いしてくれるんだ?」    ため息混じりの宗助を、モードは面白そうに見た。  ヴィクの肉体上の性別は男だ。長身かつ輝くような美貌の持ち主でありながら、彼――乃 至彼女――は女装を好む。任務中の現在も、退廃と倦怠の気配漂うクラブにこそ似合いそう なゴシックドレスに身を包んでいる。迷彩服に軍用ブーツ姿の祐奈とは真逆の装いだ。  宗助は肩をすくめ、   「ま、あいつはあのなりが似合うからね。外見は尊重するさ。しかし唐河岸も大変だ、いじ られちゃってまあ」 「あれはヴィクなりの気配りなのよ。祐奈ちゃんは今日のチーム編成の中では最年少だし、 若干経験に欠ける所がある。いざという時に硬くならないよう、緊張をほぐそうっていうフ ォローなんでしょう」 「二人の事をよく見てるね。流石は我らがチームリーダーだ」  モードは少しはにかんだ。  その表情は、宗助の次の言葉で強張った。   「で――チームリーダーどのとしては、自分の体調管理はどんな感じなんだろう?」    黙ったまま、暫く二人は歩いた。  教室を二つ三つ行き過ぎてから、宗助が重い口を開く。   「今夜、君が斬ったのはシギュワリ五体。下級魔とはいえ、それだけの魂魄を吸った訳だ。 ――そうでなくても、最近シフトが連続してるだろ」 「ありがとう」    モードは穏やかに微笑した。  今夜、また少し尖った牙が出来る限り露にならないよう、上品に。    「でも、大丈夫よ。ごめんなさい、気を使わせてしまって」 「さっきも言ったけど」と、宗助はモードを横目で見た。「別に謝ることじゃない」    乾いた血痕の如く――大剣の根元で、赤い宝珠が鈍く光っていた。       ――モードが、咲中宗助と二人一組(ランデス・ロッテ)での任務をこなすようになって 暫らく経つ。  顔立ちと同じで、宗助の戦いぶりにはさしたる派手さはない。魔術技能にも長けていない が、接近戦や銃撃戦での着実なサポートはモードも信頼している。互いに命の貸し借りをす るような激しい戦闘も、何度か乗り越えている仲だ。  反面、お調子者という顔が災いしているのか、宗助は男子からはともかく女生徒からの受 けはやや悪い。もっとも、理知的で生真面目なタイプの女性の常として、モードはこの手の ひょうきんな男が嫌いではなかった。  第一、友人としても信頼に足る人間なのだ。    戦友として、また異性の友として申し分ない。――では、それ以外では?    モードは周囲に目を遣った。  かつては何の変哲もなかったであろう学び舎。若々しい笑い声が行き交い、青春の光がさ んざめいていた筈の空間。  その輝きは、もうない。  今、廊下をゆく制服姿の少年少女は、手に手に銃と剣を下げている。ただの学生である前 に、二人は戦士なのだ。    もし世界が、その様相をほんの少しでも違えていたならば、とモードは考える。  向こう側=\―異界からの侵攻に晒され続け、世界の存続を賭けた闘争の挙句、自分た ちのような若者までもが戦列に駆り出されるような混沌に陥っていなかったとしたら。  平和で、穏やかな世界であったなら。    そんな世界でなら、私もこの学校の廊下を歩いていただろうか。  何かを殺す事も、殺される事もなく、明日に繋がる今日を追っていられたのだろうか。そ の時、自分の隣には誰がいるだろう。    モードの心にひとつの名前が浮かんだ。その名前を、少女はひそやかに飲み込んだ。      不意にモードは、きっと顔を引き締めた。  まだ任務中だというのに、何をぼんやりとした感傷にふけっているのか。その油断で自分 が危機に陥るだけなら、まだいい。それが宗助や他の皆にまで及んだらどうする、とモード は自省の念に駆られる。  ――もっとも、取りとめのない思考を追っていた時も、モードの意識の一部は隙なく四方 に見澄まされていたのだが。    と、モードはどぎまぎした。不意に宗助が口を開いたので。   「この学校、廃校になってから何年だったかな?」 「資料だと確かニ、三年だったと思うわ。それがどうかして?」    宗助は首を振った。   「いや、当時ここに通ってたけど、今はうちの生徒……なんて奴がいたりするのかなと、そ う思っただけさ」    いるかもしれないわね、とモードは答えた。モードの友人にはいないが、実際そうした可 能性はある。  宗助が足を止めた。モードの方を見る。  奇妙なものでも眺めるようなその目線に、モードは蒼白になった。自分が何を口にしたの かすぐに判った。   「――ごめんなさい。舌がもつれてしまって」    小さく、震える声でモードは答えた。  宗平は「やっぱり大丈夫じゃあないな」と、哀しそうな目で相棒を見つめる。  ――今、モードが普通に発したつもりの声と言葉は、先程シギュワリたちが発していたそ れによく似ていた。         モード専用の大剣型マギナ――『ネガキャリバー』。施された『吸魂』のアストラル処理 は、斬殺した対象の魂魄を吸収する効果を発揮する。  魂魄とは霊的エネルギーの塊だ。他者から吸い上げたこの力を所有者自身への魔力に転化 し、攻撃や癒しの術として揮うのがその真の効能だった。    だが、あらゆる営みが等価交換の律から外れる事がないように――魂魄を吸≠「、超常 を為す機構もまた、それなりの代償を要求した。    使い手は、吸収した魂魄の影響を如実に受けるのである。  同じ現世の存在である人間や動物の魂魄ならさして障害はない。問題なのは、斬殺した対 象が魔物の場合だ。  異界の存在である魔物は、その心身に例外なく妖気を帯びている。これを摂取すれば、使 い手の魂もその異形の気に侵される。    所謂魂魄汚染≠セ。  身体や臓器に障害を起こさせるレベルの汚染が、更にその度合いを越せば、肉体的変質が 始まる。  眼球や毛髪の色が変わり、牙や爪が生える。――現在のモードのように。  次に精神も魔物のそれに同化する。言語も思考も本人が意識せぬ内に魔物化を余儀なくさ れる。  平たくいえば、魔物を斬れば斬るほど、使い手もまた魔物に変貌してゆくのだ。      先刻、宗助が魔物への止めを買って出たのは、これが理由だった。  『吸魂』の拒否は出来ない。そして類い稀な『ネガキャリバー』の使い手として、これま でにもモードは歴戦を重ねている。  それは大量の魔物をその剣の錆にしているという事だ。  中級以上の大物をし止めた経験も何度かある。例え霊格の低い小物でも、積み上げていけ ばいずれは――。      「なあ、悪い事は言わない。一旦任務から離れるべきなんじゃないか。長期療養の申請は通 ると思うぜ」 「それで魔物化が治る訳ではないもの」    モードは首を振った。医師から日々の服用を厳命されている大量の錠剤、一日一時間の魔 力治療。そうした手段での抑制は、既に綱渡りの領域だった。  何か言いかける宗助へ被せるように、   「私たちにはマギナ適性がある。魔物と戦う力がある。他でもない今、それは必要とされて いる力だわ。  マギナ使いとして、誰かが泣いたり傷ついたりするのを少しでも減らせるのなら、私は自 分にあるその可能性を使いたいの」 「自分自身を磨り減らしても、か?」    静かに宗助が問う。同じぐらいひっそりと、モードは微笑んだ。   「異能を持つものは、それを行使する義務がある。それで何かを為さねばならない義務が。 ――私は、そう思うわ」 「――義務、ね」    宗助はそっと嘆息した。   「そういう所、ほんとに真面目だな、モードは。……もっとさ、個人的なしがらみで戦って るだけの奴だって、結構多いのにな」 「例えば、どんな?」 「復讐」    ちっぽけな小石をひと蹴りするような声で、宗助は答えた。 「――とかね。俺の知り合いでも一人いるよ。恋人を魔物に殺されて、それで学園に入って 来た奴が」    モードは頷いた。そうした決意を秘めて魔物と対峙している生徒は、彼女の友人の中にも いる。   「まあいい、君の覚悟は判った。なら俺は、出来る限りその可能性を助けるさ」 「え?」 「君の背中は護るってこと。ま、お仕事の内容としては、これまでと変わらんけどな」 「――ありがとう」    モードは顔を伏せた。   「それも気にしなくていい」と、宗助は鼻の頭をかいた。「その、相棒なんだしな、俺たち」 「素敵な言葉ね」    濡れた目尻を拭いながら、モードは牙を隠さぬ唇をほころばせた。  本心からそう思った。しかし相棒だから、ではなく、それ以上の理由だからと言って貰え なかった事を、心の片隅で寂しく思い――そんな自分自身を、彼女は深く軽蔑した。       「……残留瘴気は低いな。ここら辺は問題なさそうだ」 「ちょっと待って」    暫く後、校舎内の哨戒を続けていた二人は、廊下の突き辺りにいた。  モードは首から提げた小さなプレートの液晶表示に眼を凝らす。  宗助も自分の首にかけたそれを検めている。学園の生徒たちが、任務の際に身に帯びる装 備品の一つだ。指先ほどの薄っぺらい板だが、魔物が放つ妖気や、それに付帯する瘴気など を計測できる他、常に装備者の生体反応とアストラル波形をトレースして学園本部に送って いる。  相当の衝撃にも耐え、超高温や超低温下でも稼動する。過酷な戦場に赴く者たちにはなく てはならない品の一つだ。   「低すぎるわ」と、モードは小首をかしげた。    「周囲の瘴気濃度を考慮すると、逆におかしい。ここだけ際立って低いと思うの」 「――そう言われると、確かに」    宗助はハッとしたように周囲を見回した。   「そういや、見取り図でいうとこの辺りにはもう一つ教室があった筈だ。でも、入り口も何 も見当たらない」 「どうやら、何か厄介ごとが起こっているのは間違いないようね」    蒼白い双眸に燐光が灯る。  スピリチュアル・リンクを行い、のっぺりとした周囲の壁を見据えたモードは、だが首を 横に振った。   「特に異常な反応はないわ。リンク係数を上げてみます」    モードは両目を閉じた。もの言わぬ美しい彫像のように佇立する。  すぐに双眸が開く。傍の壁を向いたモードは「宗助くん、下がって」と傍らに呼びかける。 言われた方が飛び退くや、気合もかけず『ネガキャリバー』が一閃した。      宗助は目を剥いた。  大剣が横薙ぎに壁を切り裂いた途端、壁の様相が一変したのだ。  今の今まで何もない壁だった所に、ドアが生じたのである。その戸板は、すぐに大剣に両 断された形で床に転がった。しじまを破る物音と濛々たる埃が同時に上がる。    先程までは確かになかった窓や「視聴覚室」という表示プレートも、急に現れている。本 来そこにあった景観に覆いがかけられており、それが一気に剥がされたかのようだった。  ドアがあった場所から洩れているのは、残雪のような――薄ぼんやりとした白い輝きだ。  モードは呟くように、   「『隠蔽』のアストラル処理――と同様の効果だわ」 「こりゃヤバそうだ」    白々とした声で宗助は言った。  それが予想ではなく数秒後の現実になるであろう事に、内心でモードも同意した。したく はなかったが。       「こいつは――」    室内に足を踏み入れた宗助は、そう言ったきり絶句した。  モードにしても同じ様なものだ。息を呑み、宗助の隣で立ちつくしている。漸う口にした。   「フモモフがこんなに群生しているなんて……!」      入口の表示通り、広めの室内は元は視聴覚教室らしかった。  らしい、というのは全てが白一色に覆われているからだ。天井も、壁も床も、横に長い机 の列も、並んだ端末やOA機器も、全てが。    染み一つない羽毛のような胞子。窓のない室内を埋める白い色の正体はそれだ。  一つ一つが指先ほどのものが教室中にはびこり、薄っすらと発光し、時と場所を無視した 雪化粧となっている。空中にも同種の胞子はおびただしく漂い、粉雪のようにゆったりと対 流していた。    そこかしこに、同じく純白の大きな塊が目についた。猫ほどのサイズである。  しゅうしゅうと幽かな音がしている。小さく蠢くその塊から、呼気のようなその音は発せ られていた。      知らぬものが見れば幻想的な――その実、これは身の毛もよだつような、死と隣り合わせ の光景であった。    この大きな毛玉の塊もまた、魔物なのだ。  フモモフという。魔物といっても、自ら進んで害をなす訳ではない。四つ足のような突起 があるだけで、後はよちよちと動いては瘴気を吐くだけである。高熱でなら駆除も可能だ。  だが常に吐き出している瘴気は、生物を容易く蘇生屍(リビングデッド)に変える猛毒だ し、瘴気の濃度が高まれば魔物を呼び寄せ、場合によっては門≠開く恐れすらある。  現世を異界そのものに改造(フォーミング)してしまう危険度からすれば、なまじな魔物 の群れよりも警戒すべき存在であった。      口元を手で覆いながら、宗助は足元のフモモフを軽く蹴った。  子ネズミのような声を立て、毛むくじゃらの塊はふるふると震える。辟易したように、   「この白い毛は、全部物質化した瘴気か。ひどい濃度だな。耐性のない一般人なら、五分も 吸えば蘇生屍の仲間入りだぞ。  ――大体、こりゃ昨日今日に沸いて出た量じゃない。よく今まで探知に引っかからなかっ たな」 「群体として結合した魔力で、繁殖地に疑似結界を張っていたんだわ。それで外部からの干 渉を遮断していた……と見るべきでしょうね」    「変異種?」と訊いてくる宗助に、「恐らくは」とモードは応じた。  通常、フモモフは無秩序に増殖するだけだ。白く物質化した瘴気を吐いたり、低い瘴気を 装った結界を張り巡らせる例などはない。   「不味いわね」    モードは美麗な眉をひそめた。少し身じろぎするだけで、床から白い瘴気が舞い上がる。   「この部屋は、今まで現世からも異界からも隔離されていた。こちら側≠フ魔力探知に引 っかからなかった代わりに、向こう側≠ヨの呼び水にもならなかったのよ。でなければ、 瘴気濃度からしてとっくに異界への通路が開いていたでしょう。  けれど、閉ざされたその門≠ェ今、開いてしまった――」 「こちらとあちら、両方へ向けてか」    宗助は緊張をはらんだ声で言った。モードは暗然とした面持ちで頷く。   「瘴気は魔物を招くわ。この濃度なら、下手すると大物が顕現――うッ!?」    不意にモードはこめかみを押さえ、苦悶の声を洩らす。  眉間の奥底に走った感触を、モードは鋭い苦痛に似た戦慄として認識した。  魔力を司る松果体が、大妖量反応の発生を感知したのであった。    愕然と、二人は同じ方を向いた。  教室の中央付近の宙空に、形容しがたい色が生じていた。  赤の様でもあり、蒼とも見える。緑、黄色、紫――黒と白と金色のいずれでもあり、いず れでもない。  ありったけの絵具をぶち撒け、こね合わせている最中のパレットのような只中から、    ずぶり、と何かが突き出た。    蟹か蝦のような甲殻類――節足動物の手足に形は似ていた。  だが先端は、いかなる名槍も及ばぬ鋭さを備えている。徐々に姿を現していく太さは人の 腕ほどもあり、おまけにその径は、どんどん太さを増していく。      優に二メートルが抜け出た時、続いてそれと繋がっているものが現れた。  形と大きさは辛うじて人に似ている。もっとも共通点は頭部と四肢を備えているというだ けの事で、人間と見誤る者はいないだろう。  赤黒い全身は、甲殻類か昆虫のような外骨格で覆われているのだ。  頭部もまた硬質なその殻に覆われ、人間でいえば目に当たる部分では、昆虫類の複眼が吐 き気を催させるほど不気味な緑の光を放っている。  そして臀部から生えた異様な長さ、太さの尾。最初に出たのはこれだったのだ。      異教の神像めいた生物――魔物は完全に姿を現した。  白い瘴気の園に降り立つ。目醒めたばかりのように、ぶるりと全身を震わせる。  魔物を産み落とした奇怪な色彩の渦は、いつしか霧消していた。  首が滑らかに動き、緑色の複眼がモードと宗助に向けられる。    反射的に、少年と少女はそれぞれ銃と剣とを構えた。  赤黒い全身から放射される妖気は、背骨に氷柱を刺し込まれたような感覚――ほとんど危 機感と呼ぶべきものを、歴戦たる二人に与えていた。    宗助が呻く。   「上級魔、カージナル・テール――!」 「最悪ね」    モードは唇を噛んだ。        だが彼女は間違っていた。  本当に最悪の運命はもう少し後、彼女らへと降りかかる事になる。     【To Be Continued】       ■学園マギア■ 魔術と科学が混濁する世界。 人は”マギナ”と呼ばれる武器で魔術を行使し、科学をもってこれを鋳造した。 マギナとはマギ(魔法)とマキナ(機械)が組み合わされた造語である。 人は戦わねばならなかった。 心を持たぬ機械のように無慈悲な殺戮を繰り返し、飢えた獣の如く人間を喰らう異界の魔物達。 そして、それを利用する悪しき人間達と。 魔物の肌は鉛も火薬も通す事無く、ただ、マギナによる攻撃と魔術でのみで駆除する事ができた。 しかしマギナを自在に扱う才を持ち、魔物を駆逐できる力を持つ人間は極わずか。 そして素質ある一握りの子供たちを集め、実戦を経て人を守る教育機関が創られた。 特務学術機関「Magina-Academia」 年端もいかぬ少年少女に高度な魔術とマギナによる戦闘技術を教育し、 形だけの学生生活を味わわせるその機関を、人は『学園マギア』と呼んだ。 社会を守る為の生贄の兵士。彼らは何を思い、何を成すのか。     ■学園マギア■ モード・エヴラール 特務学術機関「Magina-Academia」所属。18歳の金髪ロングストレートの少女。 白い瞳で口元には鋭い牙が生えている。 物静かで思索的な性格でやや内罰的な傾向がある。 人当たりがよく面倒見もいいので、後輩達からは慕われている。 「吸魂」のアストラル処理が施された両手剣型マギナ『ネガキャリバー』 人間でも魔物でも斬り殺した相手の魂魄を吸収し、自分の傷を癒したり魔力に変換したり出来る。 しかし異質な存在である魔物の魂魄を過剰に吸い続けると、使用者は徐々に魔物へと変貌していく。 歴代の使用者は完全に魔物化する前に全員戦死している。 彼女も元々青かった瞳が白くなったり(視力は逆に異常向上)、牙が生えたりと魔物化の兆候が 出始めており、魔術や薬品で症状の進行を何とか抑制している。     ■咲中宗助(さくなか そうすけ)■ エヴラールと同年代。黒髪黒瞳(但し絵柄によって若干変化する) 性格は普通で容姿も普通だが妙にもてない。魔物に恋人を殺された為、自らマギア学園に編入。 魔力を操る才能が無いため、後天的に自ら四肢へマギアを移植。隠れて肉体鍛錬や識学向上に励んでいる。脱ぐと凄い。 経歴について黙秘を貫いているため、周りからはちょっとアホでそこそこの能力の普通の子という印象。その他の設定は、ストーリー構成上の都合に任せる!     ■学園マギア■ ヴォール・ヴィク・ウォーターマン(18)♂ 「Magina-Academia」所属のマギナ使い 見るからに男と分かる女装姿の変わり者 お姉言葉で、素直じゃない性格。厳しいようで人に甘い ストロベリーブロンドのウィッグとゴシックドレスがお気に入りで戦闘時もその姿で通している 長身で男前の癖に女装が異様に似合っている為、文句を言う人間はいない 意外にも女子や子供の人気は高い 鞭型のマギナ「V.Kシモンズ」は「停止」のアストラル処理が施されており、触れた魔物の動きを止めて滅多打ちにする 破壊力はそうでもないが一度に10体まで止められ、強力な援護能力を持つ     ■学園マギア■ 唐河岸 祐奈(からかし ゆうな) Magina-Academiaに所属している15歳の少女 身長は160cmちょっとで貧乳。黒髪のセミロングで、赤色の目 迷彩服やブーツなどアーミースタイルなファッションが好み 趣味はキャンプとサバゲーというアウトドア派で活発で快活な性格の女の子 専用マギナは刃渡り60cmほどのマチェット型マギナ「フォレストストーム」 斬りつけた所の周囲に何本も刀傷が出来る多重のアストラル処理が施されている さらに気休め程度の予備装備だが改造したガスガンも持ち歩いている      ■学園マギア■ フモモフ 比較的ドコにでも居る類のありふれた魔物 猫ほどの大きさの丸々とした毛玉で、よく見ると四本の突起が脚状に生えている 縞やブチ、三毛など猫っぽい柄の個体が多いが、体構造は菌糸類に近く あまりに単純な組成故に、焼却以外の攻撃に対してはサイズの割には意外なくらいにしぶとい 呼吸するように瘴気を吐き出す以外は何の攻撃手段も無く、装備を固めれば一般人にも駆除できるが 増殖力は凄まじい物があり、発見が遅れたが為に家屋敷を失う例は枚挙に暇が無い また、吐き出された瘴気が濃密になってくると、呼吸から身体が毒され生きながらリビングデッドになってしまったり 強烈な瘴気に惹かれて更に凶悪な魔物が集まって来たりする事があるので注意が必要である     ■学園マギア■ カージナル・テール 血染めになったような深紅の外骨格と鮮やかなグリーンの複眼が特徴の上級魔物 言葉は発さないがテレパシーのようなもので会話し人間の思考を読みとることもできる 人間ほどの大きさで額に一対の短い触覚が生えている 人型をしているが脊椎動物と節足動物双方の特徴を備えており身長より長い尻尾を有する 外骨格で覆われた尻尾の先端は槍の穂先のようになっており 戦闘時は鞭のように振り回すか槍のように突き刺して使用する その硬度、パワーは凄まじく最高クラスの防弾チョッキを貫通し人間数人を易々と持ち上げてしまう 左胸と下腹部の中央に金色のコアを持ち両方を破壊しないと倒すことができない 性格は極めて獰猛で常に飢えているような状態のため人間を見つけると確実に襲いかかってくる 下と左右に展開する口を有し獲物の息のあるうちから食べ始める