■とまらぢ第六回〜オマケ〜■  アレック監督のドタバタ大作戦!  ストリートマルスに参加中の皆様へ    こんばんは、テキストラヂオを放送しているとしあきです。  現在皆様はストリートマルスに参加中でお忙しい立場であるとは心得てい ながら、あえてこの手紙を送らせて頂きました。  今回、ラヂオではジョナサン・ラッシュモア大統領と秘書・キャサリン・ リュー女史をゲストにトークをさせて頂く事になっており、それに際しキ ャサリン女史についての再現映像を撮影したいと思いました。  誰に撮影して頂くか。俺スレの役者を揃えればそれで済むような気が致 しましたが、やはりここはストリートマルスに深く関係する皆様にこの撮 影にご協力頂きたく思いこの度筆を取らせて頂いた次第です。  もしご都合がよろしければ、×月×日に××撮影所までお集まりください。  としあきより。  マルスタウン内某撮影所・控え室 「・・・・・・で、あんたらが来たと」  集まった面々を見渡して深い溜息をついたのはハリウッドで女性スタン トを務めながら にアクションスターを目指している、アレック・スパイビーである。 「何溜息ついてるね! だいたいお前こそ来てるじゃないアルか!」  と、当然の主張を返したのは、中国からやってきたあからさまな中国 娘、紅花。 「いや、だってさ、私は役者だから。大会参加者で私以外に演技できるや つなんていないわけでさ。仕方がなくだよ! 忙しいのにな!」  負け惜しみで返すアレックである。 「おいおい、アレック。自信満々で言ってるけど確か君はただのスタント マンだろう? 役者といっても演技者じゃないと思うんだけどね」  と、手の平を挙げてヤレヤレポーズで突っ込んだのは、エセ忍者シャ ドー・トム。  本名トーマス・マッキンリー、22歳の男子大学生である。 「何ぃ〜っ? 聞き捨てならないな、その発言は! あんたはスタントマン を俳優の代わりに怪我する為の木偶か何かと勘違いしてるね。勘違いはそ のパチモン忍者衣装だけにしなよ」  人差し指でガンガンつつきながらトムを壁に追い詰めるアレック。 「な、な、俺のニンジャスーツがパチモンだって!? その発言、今すぐ取 り消してくれっ!!さもないと・・・さもないと・・・・・・!」  壁まで追い詰められたトムは眉を怒らせて指を突き返す。さすがに女の 子を突きまわすのには抵抗があるらしく、一度だけ。 「さもないとなにっ! ジョーク忍法でも見せてくれるってわけ!?」  アレックは睨み返して言い返す。 「・・・・・・・・・・俺が傷つく」  言い返すのかと思いきや、うなだれるトム。 「おいおい、コメディ映画の撮影ならゴメンだぜ? 俺はベッドシーンがあ るって聞いたから乳と尻を追っかけるので忙しいのにわざわざ来たんだ。 ねぇなら帰るぜ」  そう言って撮影所のドアを開けて出て行こうとしたのはハレンチが服を 着た、もしくは服を着たハレンチと称されるプロレス団体・BAW所属の人気 ヒール・レスラー、マスクドエロス。  本名サマル・ホーキンス(童貞)。 「はぁ? どこにポルノ映画なんて書いてあるんだよ。お前はsexとfuckし か文字が読めないのか?」  アレックは呆れ顔でその背中に声をかける。 「残念だったな、俺はその他にanalもbitchもboobsもCreamPieもblowjobも 読める。だが、gayとbisexualは残念ながら読めない」  エロスは振り返って誇らしげに言った。 「どうでもいいわ、そんな事! ラブロマンスとポルノビデオと読む品の ないブタ野郎はこの撮影に参加しなくていいよ。とっとと帰った帰った!」 「言われなくてもなッ・・・っと?」 「・・・・・・・・・・。」  撮影所から出ようとしたエロスの肩を、掴んで引き止めたのは、漆黒の ライダースーツにフルフェイスのメットという井出達の謎の女性、アコー ニト。目を引くのはそれだけでなく、大きく開いたスーツの胸元から露に なる豊かな胸と、その中心に異様な空気をまとって鎮座するトリカブトの タトゥーである。 「ンン〜? なんだオイ、おっぱい触って欲しいのか? ぼごッ」  当たり前のように手を彼女の胸に伸ばして応酬を受けるエロス。 「・・・・・・・・・」 「おいおいパイタッチは挨拶だろうが! 流石に揉みゃしねえよ!  ・・・なんだ、見ろってか?」  ギャグ切れするエロス。揉まなきゃいいって問題か!  それはさておき、エロスは、アコーニトが目の前に突きつけた冊子を見 て、動きを止めた。 「・・・・・・台本か。何々・・・?」  そこにはこのように記載れていた。  必要CAST  主演  キャサリン・リュー  レスリー・ガードナー  以下脇役  タクシー運転手  悪役A  悪役B  悪役C  ボス  配役はお任せします。byとしあき   「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・で?」  エロスは首を傾げる。 「お前はアホね。今ここにいる人間の数を数えるよろし」 「あ〜ン・・・?」  アコーニトの無言の進言が理解できないエロスは、撮影所内を見渡し、 紅花に言われるがままに人数を数え始める。  ソバカス(アレック・シパイビー)、エロチャイナ(紅花)、バカ忍者(シャ ドー・トム)、エロメット(アコーニト)。 「四人だろ? それがどーしたんだ」 「正確にはお前自身も入れて五人ね」 「だからそれがどーしたんだ」 「カンの鈍い男・・・私たちは一体何をする為にここに来たアルか?」  紅花は手の平を返して溜息をつく。 「・・・あんたの言いたいこと、わかったよ。つまりあれだ・・・キャストが足 りん、と言いたいわけだね?」  自分の台本に目を通しながら、相槌を打つアレック。 「そうアル。というか、既に足りてないアルよ。役が七人、人数五人。こ こから更に一人減ったら明らかに撮影不可能ヨ。こんなエロ男でもいない よりマシあるよ」 「あーん・・・? ポルノじゃねぇなら俺は参加しねぇよ。じゃあな」 「あーあー私も思うよ。幾ら人が足りないからってお前なんか・・・・・・・」  と、そこまで言ってからアレックは思った。  折角の私の初・主演作品が(※まだ主演が誰か決まっていませんよ)撮 影不可能でポシャるのだけはなんとしてでも避けねばならん。確かに 紅花の言う通り、こんなエロバカでも、脇役でもやらせていれば無害だろ う、多分な・・・。 「おい待て、エロマスク」  思い直してアレックはエロスを引き止める。 「あ〜? 俺はマスクドエ・ロ・スだ。お前の嫌いなポルノ野郎にまだ何 か用事があるってのか?」 「悪かったよ、ポルノ野郎呼ばわりして。でも、折角ここまできたって事 はお前も映像作品に出てみたいっていう役者魂が欠片でも存在するから だろ?」 「ねぇな」  あっさり返すエロス。  こいつマジで脳味噌ポルノだな。とは流石に言わなかった。これ以上 機嫌を損ねたくなかった。 「まぁ、そう言うなよ! これも貴重な経験だろ? お前だってさ、腐 ってもリング上の演技者なんだ。きっと何かの役に立つよ」  アレックはエロスの腕を掴んでなんとか撮影所に戻そうと引っ張る。 「うるせーな。俺にはそんなもん必要・・・・・・」  煩わしそうに振り払おうとするエロスだったが、そこまで言って言葉 を詰まらせた。 「・・・・・・なんだ? やっぱり演りたくなったか?」  顔を綻ばせるアレック。 「・・・・・・お前、意外とイイ乳してんじゃねぇか」 「っ!!!」  アレックは谷間を隠して身を引く。  エロスが言葉を詰まらせたのは彼女の胸元に視線が釘付けだったから である。 「そうだな、お前が犯らせてくれるなら出てやってもいいぜ〜?」  エロスがマスクが被っていてもわかるエロ顔でアレックを見下ろす。  いや私よ、いくらアクションヒロインとは言えど艶やかなシーンやセ クシーポーズはある。  胸元くらい隠さず堂々とせねばなるまい。でないとこのエロを口説き 落とせないぞ。  アレックは胸を張ってエロスを睨み返す。 「ざけんじゃないよ。私は枕営業はナシって決めてんだ。お前がこの美 しい均整の取れた私の体に欲情しちゃうのはわからないでもないけどね。 でもそうだね、撮影に参加してくれたら・・・・」 「たら・・・・・・なんだ?」  アレックは考える。しかしコイツを落とすにはエロ条件を提示するし かない。  でも私は将来があるしこんな所で気安く身体を触らせるのはゴメンだ。  私がデビューして後々、実は若い頃胸を男に触らせてたなんて暴露さ れたらイメージ悪いしね。  というわけで、 「・・・紅花の乳を自由に揉んで良いぞ」 「よっしゃっ!!」 「良い訳ないあ、るーーー!!」  既にエロスは紅花の胸に飛びついていた。  すまん紅花。私のスターロードの下敷きになってくれ。  アレックは紅花に向けて十字架を切った。 「はやく離れるアルこのケダモノ!!」 「ケチるんじゃねえ! 揉んでも減るもんじゃないだろうがっ!!」 「そういう問題じゃないネ!! 早く離れろ、この、このっ!!」  二人はもつれ合いながら格闘していた。 「・・・と、いうわけで役者も揃ったんだから、キャストを決めようか」  アレックはもつれ合う二人を尻目にトムとアコーニトを集める。 「・・・・・・・役者、揃ってんのか? 既に足りてないんだろ。中止じゃ ないの?」  トムからの当然の指摘。一理どころか二理くらいある。 「そりゃあ、役はある程度回すしかないよ」 「そうそう上手くいけるもんなのか?」 「なーに言ってるんだ、私はプロだよ。任せな」  アレックは自信満々で親指を自分に挿す。 「ほんとかぁ? プロってもスタントマンだろ…?」 「おい! 心外だな! 確かに私らは裏方だけど、撮影現場で関わってる のには違いないんだよ。そこで色んな撮影技術を見てる。私が台本を見る に、シーン的にもこの人数で演り回せば十分足りるよ」  アレックは台本を挿しながら欺瞞に満ちたトムと相変わらず何を考えて いるのかわからないアコー二トに力説する。 「おい、お前もムービーに出たいから来たんだろ、トム! 他の誰も撮影 のド素人なんだから私を信頼するしかないと思わないかっ!?」 「・・・確かにそうだな、悪かった。確かに、現場で働いてるんだからプロ には間違いない。許してくれよ」  トムは手をさしだす。 「いいよ、確かに私がまだまだヒヨッコなのも間違いないわけだからね」  アレックはその手を取って上下に振る。 「・・・・・・・・・。」  アコーニトは無言で、二人の繋いだ手の上に自分の手を載せて頷く。 「だいたいチャイナ服って誘いすぎなんだよっ!!」 「知るかエロバカ! 離れないとお前の点穴を全部突いてやるヨ!!  えいっ、えいっ」 「おい、バカ、いてぇっ、点穴って、何だっ」 「全部突くと死ぬツボの事ある」 「やめろっ! いッ」  くんずほぐれつの二人を尻目に三人は絆で結ばれていた。 「じゃあ、キャスト決めなきゃね。まぁ、メインのキャサリン女史は私で 異論ないと思うけど、他は・・・」 「あーっ!!! 何勝手に決めてるアルか!?」  ようやくエロスハンドから逃れることができた紅花がずかずかと三人の 間に割って入る。  その後ろからエロスもついて歩いてくる。 「チッ・・・」  邪魔をされて舌打ちをするアレック。エロスを紅花にけし掛けたのはキ ャスト決めを自分の思い通りに進める意味もあったのである。 「なに舌うちしてるアルか! 何が異論ない、あるか! 何勝手に私の胸 揉んでいい事にしてるあるか!!」  一気にまくし立てる紅花。アレックは耳に指を突っ込んで後ずさる。 「あーもう、がなられたら何言ってるかわかんないよ」 「済んだ事は置いて・・・おかないケド、とりあえず今は配役問題アル」 「そうだな。まぁ、私が一番経験があるわけだし、キャサリン役は私が適 任かな。何も文句ないだろ? 主役なんて大事な役、あんたみたいな素人 には任せらんないよ」 「何言ってるカ! 私の方が適任ね! 大体、ヒヨッコスタントマンの演 技力なんてたかが知れてるヨ!!」 「ぐぐっ・・・」  実はちょっと気にしていたところをつかれてアレックは怯む。  確かに、私はスタントの自身はあるけど演技はまだまだ・・・。 「ま、まぁ、私の演技力が仮にその、そこまで上手ではないとして、」 「素直にヘタと認めるがよろし」 「ううううっさいな! で、そうだとしてアンタがキャサリン女史を演れ るって根拠はどこからくるわけよ」  アレックは腕を組んで紅花を睨む。  紅花はそんなもの何のその、そのキュートでセクシーなさくらんぼ唇を 人差し指でふにふになでながら思惑ポーズを取る。 「まず、ヒロインは魅力的でなければダメね。アナタがまぁ、魅力的でな いとまでは言わないにしても・・・私にはるか及ばないという事は理解できる アルか?」  さらっと失礼な事を吐く紅花。 「何言ってんだ! それならそれこそ私で問題ないだろ! 私があんたに 目おとりする? 世界中のアレックファンがパイを持ってかけつけるよっ!!」  世界中のアレックファン・・・彼女を応援している母や弟達、親戚など数 名の事である。 「なーにがファンね。そんなのはせいぜい自分の家族くらいだって事くら い私にもわかるヨ。それに、そもそもキャサリンはアジアン・ビューティー なんだから、アナタとは似ても似つかないヨ! 私はチャイニーズだから アナタよりキャサリンに似てるハズね。それだけで理由は十分なハズよ!」 「くっ・・・・・・」  全く反撃の隙を与えない紅花。言われてみれば確かにそうで、アレック の血にはアジアのaの字も入ってない。 「そんなに揉めるならさー、コイントスとか、ロック・シザーズ・ペー パーで決めれば良くない?」  そろそろ辟易としてきたトムが提案する。ロック・シザーズ・ペーパー というのはつまり、じゃんけんである。 「そ、れもそうだね・・・それなら公平だ。それでいこう」  紅花に口で勝てない気がしたアレックは肩を持つ。 「ま、私もそれでいいヨ。石斗剪子布(ジャンケンの事)は割と強い方だからな」  仕方なし、といった風に紅花も同意する。  ジャンケンに強いもクソもあるのか? こっちも選択ミスだったか・・・  内心舌打ちのアレック。  だが、ジャンケンくらい根性で勝てる!! 「いいだろう・・・いくぞ! ロック! シザーズ!」 「猜(セイ)! 猜(セイ)!」 「ペーパー!」「猜!」 『なっ!!??』  紅花…チョキ。  アレック…チョキ。 「・・・・・・・・・・。」  アコーニト・・・グー。 「アコーニト姐さんの勝ちだな」  トムの冷静な一言。  わけがわからない、といった顔でアコーニトと互いの顔を見比べる二人。 「ちょっとどういう事アルか!?」「おいアンタ、知らぬ顔しながら主演 狙ってたのかよ!」 「卑怯だぞ!」「卑怯アル!」 「何が卑怯なんだよ・・・別にタイミングはずれてなかったし」 「お前横から口を挟むじゃないアル」「男にはわかんない女同士の話なん だよこれは」  仲良く顔を密着させてトムの視界に押し入り、睨みつける二人。 「あーもう、俺にはどっちでもいい事だから早く決めてくれよ。こっち だって暇じゃないんだ」 「・・・ロック・シザーズ・ペーパーは三度勝負するもんなんだ。なぁ、それ なら納得いくだろ?」 「そうアル。一度目は様子見ね。それなら仮に負けたとしても納得するヨ」 「納得いかーん!!!」「納得いかないアル!!!」  その後も、二人のどちらが先に負けるかの違いだけはあれど、ストレー トにアコーニトが勝利を続けた。 「納得してくれよ。やり直しやり直しいい始めてこれで何回目だよ。  さっさと撮影に入れないなら、俺帰るよ?」  十回も繰り返されていれば、飽きてくるのも当然だった。 「くっ・・・仕方ない、キャサリン役はアコーニトでいいよ。じゃあ私は・・・」 「当たり前の様に選び始めるんじゃないヨ!」  アレックはすかさず次に注目を浴びる役を考え始める。紅花はとりあえ ず無視。  目に付くのはレスリーかボス。明らかにキャサリンの次点はレスリー役 である。男装してレスリーか、と考えたが、アコーニトのタッパ(170cmある) の隣に立つと明らかに自分が見劣りし、彼女を守る男役としては不恰好な のである。そんな、明らかに配役のミスってる無様な素人映画のような 真似はしたくなかった。  じゃあボスか、とも思う。  でも最後までシーンがない。悪役AかBと兼任するとして・・・  セコい計算をめぐらせるアレック。 「そーいや、監督は誰がすんの?」 「それだっ!!」 「何がアルか??」  トムの言葉に手を打つアレック。  監督なら、作品には出演しないものの、作品が発表された後、一番目立 つ役職である。  この作品は低予算だし恐らくB級にも満たない物しか出来ない。  でも、監督をやる、という機会はまず訪れないのだ。  監督はまず放送する映画の企画をし、映画会社に出資を求める所から始 めるわけだが・・・仮に彼女が映画を作りたいと思ったとして、それも内容が 面白そうだったとして・・・出資してくれる会社はあるだろうか。ないのだ。  少なくとも当分、自分が有名になるまでは。  逆に、有名であれば役者をしながら監督、という俳優も少なくない。  そう・・・そうだ、自分もいつかそれを目指すのだ。  だって、アクション女優はずっとやれないだろうしね。  しかも成功すれば・・・ 「くっくっく・・・」  皮算用を始めてにやつくアレック。 「なに気持ち悪い笑いを浮かべてるあるか・・・」 「なんでもないよ。じゃあ私が監督するよ。これについては多分、異論な いと思うけど?」 「いいよ」「構わないアル」「好きにしろよ」「・・・・・・・。」  監督が何をする物なのかなんて素人にはさっぱりなのである。  彼女がSFXについての知識に精通している事はこの場の誰もが知って いる。それに、この中で唯一現場で監督の指示に従い、働いているのも彼 女だけでだ。  この場で彼女以外に適任はいなかった。 「だが、問題がまた出てくるんじゃねえのか? 役者が四人になっちまっ たぞ。それとも、あんた監督兼役者やんのか?」  エロスの指摘。確かに役者が減るのは痛い。だが、どうにもならない。 「私は監督しかやらない。けど、多分ギリギリ・・・四人で回せると思う。 みんなには兼役してもらう事にはなるけど、それは最初から仕方なかった 事だしね」 「じゃあ、配役を決めるアルよ。残りは・・・・」  必要CAST  主演  キャサリン・リュー : アコーニト  レスリー・ガードナー  以下脇役  タクシー運転手  悪役A  悪役B  悪役C  ボス 「私はそうね・・・もう何をやっても同じ気がするアルよ…」 「重要なレスリー役が残ってるけど、コレは俺かエロスか、どっちがやる んだ?」 「う〜ん・・・」  普通に考えればトムだろうか。  というより常識的名思考ができるのならば、誰だって彼を選ぶ。  才能とか能力の問題ではなく、エロスが主役はありえない。  頭にエロ単語しか詰まってない主演男優とか、放送できない内容になり そうなのはのは目に見えている。  だが、アレックには少し迷いがあった。  もし脇役をやらせても、こいつは納得してやるのか?  機嫌を損ねでもしたら面倒だ。  次こそは本気で自分が乳を揉まれかねない。  2度目の紅花は自分の身にも危険が及びそうだし・・・ 「・・・なぁ、エロス・・・そういや、あんた名前なんての? 名前とはわかって ても、あんたの名前を呼ぶ度に卑猥な単語を口にしなきゃいけないのは気 が引けるから教えて欲しいんだけど」 「・・・・・・だめだ」  渋い顔(のように見える)をして、エロスは呟くように言った。 「はぁ? なにが?」  アレックはわけがわからないので当然聞き返す。 「お、俺はリングネームしか名のらねえよ。それが覆面レスラーのプロ根性 ってもんだ」 「今はオフだから構わないでしょうが。別に恥かしいもんじゃあるまいし、 とっとと教えてよ」 「・・・・・・しい」  エロスがぼそっと呟く。 「・・・・・・は?」 「だから恥かしいつってんだよ! 本名で呼ばれるのが!」 「あ・・・・・・」  アレックは絶句した。名前を呼ばれて恥かしいの意味が一瞬理解できな かった。 「あははは! 冗談きついアル! お前、そのリングネームより恥かしい なんて、一体どんだけ恥かしい名前アルか!? 逆に気になるヨ!!」 「ほんとだよ、どんな名前なんだよ!」  紅花が爆笑し、トムが追い討ちをかける。  アレックも同意だったが、ぐっと堪える。  もしかするとコイツ、ただの恥かしがり屋なのかもな・・・。  名前が恥かしいのじゃなくて、言ったとおり呼ばれるのが恥かしいんだ。  そう考えると、ちょっとかわいいヤツかもね。 「まぁ、そのプロ根性ってのは私にもわかるよ。その信条が何かは人それ ぞれ。そこに突っ込むのはやめとく」 「・・・・・・お、おう」  てっきりアレックにもやられるかと思っていたエロスは拍子の抜けた返 事を返す。 「で、エロス。あんた、この中だと何役やりたい?」 「う〜ん・・・・・・ベッドs」 「ないってば。ざっと台本を見たところ、兼役を割り振るとこうなる。  まず、レスリーとタクシー運転手。悪役AとCかボス。悪役BとCかボ ス。目立ちたくないなら、悪役AとCあたりがいいよ」  こいつは恥かしがり屋なんだから、さりげなくこう推薦すればあっさりと 引き受けるんじゃなかろうか。というのがアレックの計算だった。  が、計算通りにはいかないものだった。 「いや、そうだな・・・レスリー兼運転手が演りてぇな」  エロスの思考は単純明快で、出番が多いという事は自然と紅花とアコー ニトとの共演シーンが増える。さりげなく乳でも揉めるんじゃないか、と いうエロ思考だった。  実際は、少人数で回す都合上その機会の巡る回数はどの役でもあまりか わらないのだが。  困った。そう来たかこのエロチキン。アレックは頭を悩ませる。  更にもう一つ計算外な事が起きる。 「トムも主演やりたいよな?」 「いや? 俺は悪役でもいいよ。そりゃあ正義の味方もやりたいけど、エ ロスがやりたいって言ってるのにあえて取る気もないし、悪役は悪役で楽 しそうだもんな」  物分り良すぎなんだよお前、空気読め!!  ・・・いや、空気を読みすぎなんだよこの男・・・。  アレックはうなだれる。  この流れで配役チェンジ!は横暴というかそれこそエロスの機嫌を損ね るだろう。むしろ全員から不信感を抱かれかねない。  アレックは溜息混じりに頷いた。 「じゃあ主演兼運転手はエロス、主演女優はアコーニト。あとはまぁ、悪役 A、B、Cはもうトムがやっても紅花がやっても大差ないよ」 「じゃあ、私は悪役Aにするヨ」 「んんじゃ俺Bだね」 「ボスはどっちがやる?」  アレックに言われて二人は悩む。 「う〜ん、最後の最後で目立ちたい気もするアルが・・・」 「そうだなー、でも俺もどっちでもいいんだよな」  アレックとしてもどちらでも良かった。あえて言うなら、ボスを紅花に して、ボスとしてもうちょっと豪華な衣装を着てもらえば観客受けは良い かもしれない。というくらいだった。でも、偽ニンジャも、日本ブームの 欧米状況を考えるなら十分ありだった。どちらも良い効果を生める。  彼女らの悩みを解決したのは、第三者の一言だった。 「最後は、ボスとレスリーはタイマンなんだよな?」  エロスがアレックに尋ねる。 「そうだよ。最後の見せ場だ。それがどうしたのか?」  それを聞いて、なんとなく覆面の下でエロスがいやらしい笑みを浮かべ たのが皆にはわかった。 「じゃあ、ボスは紅」 「ワタシ悪役Cにするネ!」「俺がボスをやるってばよ!」  声を合わせてエロスの声を掻き消す二人。  中々息の合った悪役たちだった。 「チッ・・・」  エロスの舌打ちを尻目に配役が決定し、撮影が開始されたのであった。 「じゃあこの作品は短いし順録りだから。まずはこのキャサリンが大統領 官邸から出てきて、タクシーに乗るシーンまでいくよ」  監督の言葉を合図に、皆は控え室から出て、セットのある場所までぞろ ぞろ徒歩で向かった。  彼らにはCG技術は皆無なので、ブルースクリーンでの撮影は一切使え ないので、それ以外に方法がない。  しかしアレックは概ね満足だった。この撮影所はとしあきのコネで今日 一日は彼らの貸切だった。  色んな部分で低予算作品なのに、どうしてそんな大それたことが出来た のかは不明だったが、誰もいない撮影所を独り占め、というのはアレック としては大感激だった。  他の面子はそんなものだと思っているのか、特にそこについての反応は 薄かった。彼らは撮影現場など初めてなので仕方ない事だが。  数分歩いてから撮影現場――大統領官邸を模したセットへ到着。  ただ、アコーニトが官邸から出てきてタクシーに乗るだけの、到って何 でもないシーンである。  アコーニトに指示を出し、カメラを構えてスタンバイさせてから、あー このクラップボードを一度はカチンコ!ってやってみたかったんだよなぁ! と感激しながら撮影開始した。 「・・・・・・・・・。」  が、アレックは撮影を開始してから大きなミスに気付く。 「・・・・・・・・・・・・・。」  官邸から出てくるアコーニト。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」  こ、この人喋らねぇーーっ!!!!  アレックは自分の額をぺちんと叩いた。 「カットカーット!!あのさ、アコーニト。台詞喋ってくれなきゃどうし ようもないわけ。わかる?」 「・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・もしかして、台詞忘れたとか?」 「・・・・・・・・・いつも覚えていたい・・・(麦藁菊の花言葉)」 「希望的な話かよ!!」  アレックは頭を抱える。 「・・・・・・・・・忘れ得ぬ思い・・・(段菊の花言葉)」 「忘れてはいないんだ・・・でも言ってくれなきゃ意味ないよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」  黙って向かい合う二人。  アレックは泣きたかった。 「あのさぁアレック。アレできないの? よくあるだろ、画面の下に文字 出るやつ」  傍から見ていたトムが見かねて提案する。 「テロップの事か? 残念ながら私はSFX関連以外のハードはそんなに 得意じゃないんだよな・・・」  実際、カメラも見よう見まねで回しているのが現状である。 「俺できるよ。大学のパーティーでNINJYA動画公開するのに色々 弄ったから」 「おおっ、ほんとか! サンキュートム、お願いするわ。・・・今からキャ スト替えるのも面倒だしね・・・」  まぁ、替えても喋らないのだから余り意味がない。 「ま、見よう見まねだから・・・あんまり綺麗にはいかないかもしれないけど、 そこは勘弁してくれよな」  トムは他にも趣味レベルではあれど撮影に参加した事があるのか、マ イクや三脚、レフ板や照明の設置など、てきぱきとこなしてくれて助かっ ていた。  他の三人は全く知識がない。  せいぜい、指示を出せば動いてくれるくらいで、基本的にはこういった セットを不思議そうに終るまで見つめているだけだった。  もしこれらを総て一人でやっていたとすれば、撮影に入るまでにもっと時 間がかかる。トムは色んな意味で良いヤツだった。  私がもう一人いたらキスしてやってもいいんだけど、残念ながらこの唇 は将来旦那様になる大俳優とのラブシーンの為にとってあるんだ・・・悪いね。  その後は相変わらずアコーニトが一切喋らない以外にはこれといったア クシデントもなく、彼女がエロスの運転するタクシーに乗って撮影終了。 「じゃあこのシーンは終わり。次のセットに映るよ!」  ちぐはぐな五人がまたぞろぞろ移動を始めた。 「次は住宅街で、タクシーに乗ったキャサリンが誘拐されるシーンね」  ここで一同は一旦二手に分かれる。  アレックとエロス、アコーニトは撮影現場に向かって準備を、トムと紅花は 小道具室へ。エロスも小道具室へ行きたいとごねたが、「さっさと帰りたきゃ 手伝え」とアレックが言うとしぶしぶ従った。  して、彼らが一体何の小道具を探しにいったのかと言うと・・・ 「おおっ、92F・・・こっちはCZ75・・・こっちは長物ゾーンか・・・やっぱり M16は男のロマンだっ」  興奮するトム。二人は小道具室の銃火器部屋に入っていた。 「男ってのはホントこういうのが好きね。子供アル」 「と、言いつつ紅花も結構熱心に見てるじゃないか」  トムの指摘通り、紅花は物珍しそうに拳銃を手に取り、あちこち弄繰り 回している。 「銃なんて兵隊さんとかポリスマンが持ってる以外は映画でしかみないネ。 手にとって見るのは初めてヨ」 「そういえば何使ってもいいって言われてるけど、何にする?」 「何でもいいアル。これ、かっこいいアルな」  紅花が拳銃を握り、撃つ構えをして遊ぶ。 「おっ、ルガーP08だね。渋い趣味してるなぁ、紅花は」 「映画で何度かみた事アルヨ。独特の形で印象深いネ」 「独特なのは外見だけじゃなくて・・・ほら、ここを、こーすると・・・」  隣に回りこんだトムが、手を回してルガーのトグルに指を掻けて引いてみ せる。  カショッ、という軽い音と供にトグルが山形にひょこっと持ち上がった。 「シュンフェン(感激)!! 面白いヨ! 凄いネ、ト・・・ム」  はしゃぐ紅花は、トムを振り返って言葉を詰まらせる。 「・・・そう・・・だな・・・その・・・」  綺麗な紅花の顔が、鼻息の掛かる距離にあった。 「悪いっ!!」「こっちこそヨ!」  二人は互いに距離を取って銃火器に再び目を落とした。  少しの間気まずい沈黙が二人の間に流れる。  スクールにも綺麗なチャイニーズはいるけど、紅花にはかなわないもんな。  それにしてもなんかいい匂いだったな。ちょっと芳ばしいような、落ちつ いた感じで・・・気持ちがゆったりするような・・・って何考えてんだ俺。  今は銃選びだろ、銃選び、早くしないとアレックがキレるぞ!  と心を落ち着かせようとするトム。  アイやー、参ったね。ファイトの最中以外であまり男と密着する機会はあ まりないから柄にもなく焦ってしまったヨ。でも、ただのバカなコスプレ男 かと思ったら意外と顔もちょっと男らしくて、声も近くで聞くと穏やかだった あるな。って何考えてるアルか。ちゃっちゃと銃をを決めてしまうヨ!  と深呼吸する紅花。  少しの間二人は黙って銃を真剣に選んでいた。  が、先に沈黙を破ったのは、紅花だった。 「それにしても本物に見えるネ。まぁ、私本物ちゃんと見たことないケド」  拳銃を持ち上げてライトにかざして見ている紅花が感心して言った。 「いやそれ、本物だよ」 「エェーッ!! や、や、あいやー!!!」  トムの指摘に紅花は慌てて、まるで熱した鉄でも持ったかのように、手の中 で銃を転がして地面に落としてしまう。  がきん、と高くて鈍い音が室内を突き抜けた。 「紅花、落としたら壊れるぞ!」  トムは紅花の足元に駆けつけて、拳銃を拾い上げた。 「・・・・・・って、紅花?」  紅花の姿が見えず、辺りを見回すトム。 「ぁぃゃー・・・」  声がした方を振り返ると、部屋の扉の影から紅花が申し訳無さそうにトムを 見ていた。 「どうしたんだよ紅花」 「ピストルが本物だと聞いたら、なんだか怖くなっちゃったヨ・・・・」 「ええ? 今の今まで平気で触ってたじゃないか」  トムは首を傾げる。 「ずっとモデルガンだと思ってたアル。まさか本物だったなんテ・・・」 「本物と云っても、弾は出ないよ? それに俺らが使うのは空砲。弾は出ない んだから、ある意味でモデルガンみたいなものだよ」 「違うヨ・・・」  紅花は首を振る。 「なにが??」 「本物のピストルは、人を殺してるかもしれないヨ・・・そう考えると、なんだか 怖いある」  哀しそうな目をして、紅花が言った。 「・・・・・・そうか」  今まで銃に対してそんな事を思ったこともなかったトムは、紅花の考え方に 妙に感心していた。 「ワタシ、臆病者アルな」  情けない、というように溜息をつく紅花。 「いいや、そんな事はないと思うよ」  トムは優しく微笑む。 「そうか?」 「紅花は優しいんだよ」 「優しい?」  紅花はトムの不意の言葉に首を傾げる。 「人の痛みを想像して自分の痛みに感じてしまうから、紅花は人を殺した・・・ かもしれない銃が怖いんだ。多分ね。それって、優しいって事なんだと思う」 「そ、そうあるか・・・? へへ・・・」  紅花は俯いて照れた。  そして、 「トムも・・・優しいと思うヨ」  やり返した。 「そ、そ、そうかな? あはは・・・って、早くしないとアレック監督から激が 飛ぶぞっ!!」 「アルー! すっかり忘れてたヨ! 早くしないと・・・でも・・・」  紅花は銃を持つのを躊躇った。 「いい物がある。こっちに来いよ、紅花」  部屋の奥を親指で指し、手招きするトム。 「ある?」 「いいからいいから」  疑問符を浮かべる紅花をトムは急かす。  紅花は言われるがままに彼の後に続く。  部屋の隅の、他のコーナーとは一見違った雰囲気のガンラックに二人は 到着した。 「これは・・・なんとなく、他のト比べるトちゃちい感じがするネ」  紅花はラックに飾られている銃をつついて言った。 「そりゃそうさ、これはメイド・イン・ジャパンのトイガンだからね。 偽物だよ。人を殺そうと思っても殺せないから安心して持てばいい」 「あいやー! そんなものがあるアルか!」  今までとは打って変わって目を輝かせる紅花。  急いで銃選びを始める。 「本来、撮影では本物の銃を使う事の方がが多いんだけどね。入手もしやすい し。でも日本のトイガンは出来がいいから、たまに撮影で使う事もあるんだっ てさ。俺にはわかんないけど、友達の中にはちらっと画面に映っただけでそれ を見分けちゃうヤツがいてさ。どこかに置いてると思ったんだよな」 「・・・・・・あっ」  銃を見ていた紅花が突然閃いて言葉を漏らす。 「どうしたんだ?」 「・・・・・・これは弾が出るのカ?」  紅花は方眉を捻ってトイガンをしげしげ眺める。 「うん、出るよ。あっち側のモデルガンは出ないけど、紅花が持ってるのは ガスガンだし」 「痛い・・・カ?」 「まぁ、痛いよ」 「でも、死なないアル?」 「死なない死なない。だって飛び出すのってただのプラスチックの弾だよ? ほら、これだ」  トムは傍においてあったBB弾の入った袋を紅花に見せる。  紅花は興味津々に眺める。  そして、にやりと笑った。 「二人とも一体何してんだよっ!!」  住宅街のセットで準備を完了し、スタンバイしているアレック監督は時計と 小道具室のある方角を何度も睨み往復させていた。 「ナニしてんじゃね? クソッ、俺もいけばよかったぜ!」  くそっ本当にナニしてるんじゃないだろうな。時間がないんだから、そうい うのは撮影の後にしろよな!!  アレックがそう思いたくなるくらいに二人は遅かった。  小道具部屋までは歩いてせいぜい十分、銃も撃つシーンはそんなにないので 準備に手間取るような事もない。しかも長物は使わないので拳銃を選ぶだけだ。  せいぜい十分もあれば十分だった。 「おーい! ごめんごめん、ちょっと遅くなった!」 「待たせたアルー!」  道路の向こう側から掛けて来る二人。 「遅いっ!!! たかだか銃選びだろ!? 何時間かかってんだ!」  実際は50分ほどだったが、準備を十分足らずで終えてしまっていた三人に とって、倍以上に長く感じてしまったとしても無理はなかった。 「悪かったよ、アレック。ほら、あんなに銃火器に囲まれる事って滅多にない だろ。俺、興奮しちゃってさ・・・本当にごめん」  トムがそれらしい言い訳をして謝罪する。確かにそれは嘘ではない。 「違うヨ、アレックは悪くない。私がピストルに慣れてなくて・・・」  自分が庇われている事に気がついて、紅花は割ってはいる。 「いや、俺が悪いんだってば」「違うヨ、私ネ!」  傍から見るとイチャついている様にしかみえない庇い合戦を展開され、アレ ックの額に青筋が走る。 「うっせー!! どっちでもいいから撮影に入るぞっ!! みんなスタンバイ しろっ!!」  クラップボードを二人に突きつけてアレックは怒鳴りつけた。  二人は飛んで逃げるようにスタート位置まで移動する。  それに続いてエロスとアコーニトもタクシーに乗ってスタンバイ。 「はい、アクション!!」  カチコンと同時に、アレックはインカムに向かって言う。  エロスタクシー(なんだそれ)が緩やかな速度で街路を走り始める。  少し進んだところで、黒服・・・SPに扮した紅花とトムがタクシーの前に出る。  クラクションを鳴らしてタクシーは停止。 「何してんだコラ!! 轢くぞオイ!」  運転手は身を乗り出して進行を妨げる二人に怒鳴り散らす。  そこへ二人は近寄り、 「・・・・・・・・・・」  トムが口をあけたまま沈黙する。  さっきのアクシデント(?)の所為か、台詞を忘れてしまったらしかった。  無論、アレックにはそんな事知りようもない。  あんのバカ忍者〜っ!! 遅れてイチャこくだけならともかく、台詞まで忘 れるなんて在り得ないぞ! それでも俳優かっ!!  ・・・いや俳優じゃないか。だが許さん! 「カッ――」 「おい、何するんだ紅花っ」 「お前バカあるか!? いきなり台詞忘れてんじゃないアルよ!!」 「・・・はぁ・・・」  カットしようと身を乗り出した途端、二人のイチャコメディを見せ付けられ、 脱力して椅子に座り込むアレック。  監督って精神病むなぁ・・・。 「アコー・・・・・・キャサリンに用事アルよ。ドアを開けるアル」  トムの台詞を代わりに言う紅花。 「あぁ、あんたら官邸のSPさん? それにしてはエロいボディをスーツに隠し てんな?ブホッ」  それに対して下らないアレンジを加えて台詞をいうエロス。 「くだらん事は言わなくていいネ!!」  もうここまで来ると台本どおり等と言う言葉がキャストからもアレックか らも薄れてきて、なんかもうこれでいいか、という気がしてくる。  重要なのは流れだ。  そこが崩れてなきゃ案外いい絵が取れるかもしれない。  それに、この面子に台本通りを求めたら永久に完成しない気がするしね・・・。  監督ってのはそういう開き直りが必要な物・・・・なわけあるか。  エロスがドアロックを外すと、アコーニトの座っている後部座席側に回って いたトムがドアを開ける。 「急いでくれ! 緊急事態なんだ!」 「閣下が突然倒れられて病院に運ばれたアル。キャサリンは我々の車で病院ま で運ぶアルよ。だから早く降りるアル」 「・・・・・・・・・・・・・。」  キャサリンの台詞分、間を開けると、 「驚いている場合じゃない、急いでくれ!」  トムがアコーニトを催促。  キャサリンがタクシーから降りるのを確認すると、紅花は拳銃を懐から抜き エロスに向ける。  パスン パスン 「いてっ、いてぇっ!!」  エロスが身体を跳ねさせた。カチン、カチンと何かが飛ぶ。  アレックはカメラを覗きながら、紅花がエアガンを撃った事に気付く。  銃声後の音は恐らくBB弾の兆弾だと思われた。  紅花のやつ・・・なんでわざわざエアガンなんだ。  何かエロスに恨みでも・・・・・・・あるか。 「おいっ、何撃ってんだよ!!」  エロスが太ももを押さえて叫ぶ。  顔面を狙ったりしない辺りは良心的かもしれない。 「演技にはリアリティが必要アル。なのでちゃんとエアガンを用意していた アルよ」 「モデルガンの方がリアリティあるだろうが! 大体、痛いだけなのに死ぬ 演技にリアリティが出るわきゃ・・・いてっ、いてぇっ!!」  エロスの言う事も最もと言うか、所詮はBB弾とは言え結構痛い。  あれで死ぬ演技が出来るはずもないだろう。 「うっさいね! さっさと死ぬアル! これはさっき触った分のおかえしね!!」 「おいっ、わかった、悪かっ、死んだ! 死んだっつーの!!」  紅花はさらに追い討ちをかける。  二の腕や太ももなど、絶妙に痛い部分を狙ってパスパス紅花は撃ち込む。  アレックは一度あれを自分に向けて撃った事があったので知っていた。  仕事の都合上手に擦る機会があるので、どれくらいのもんだろうと撃って みたのである。  所詮はオモチャ。そう侮っていた。  ・・・あの距離で撃たれたら、痣出来てるだろうなぁ。  当たりが悪いとちょっと肉も抉れるんだよな。  エロスを慮りながらも、カットは指示しない。  あのエロ野郎には良い薬であろう。  紅花の恨みの原因は自分にある事をすっかり忘れて傍観しているアレック 監督であった。 「実銃で撃たなかった私の優しさに感謝するアル」  その後は、トムがアコーニトを拘束しようとして手首を捻られたりと軽い アクシデントはあったものの、特に問題なく撮影は進む。 「おーい、エロス早くスタンバれー」  アレックはさっきとは別のカメラの前に座り、エロスが着替え終わるのを じっと見ていた。このシーンを撮り終えた三人も彼女の後ろに立ってその様子 を見ている。別に男の裸なんぞ興味ないのだが、エロスは妙に着替えが遅く、 何をしてるのか気になった。上着を脱ぐか脱ぐまいか迷ったり、ズボンを挙げ たり下ろしたりを繰り返し、妙に周囲に気を配っていた。  辺りは暗く、街灯が灯るのみである。しかも家の影に隠れているのだから そこまではっきりとは見えていないのだが、ひたすらもじもじしている。  アレックは最初こそ不審がっていたが、途中で気がつく。  こいつ、恥かしいんだな・・・・。  ハレンチの塊の癖に妙に初心なのである。 「おい、男の癖に何ちんたら着替えてるんだよ。私が着せてやろうか?」 「ちょっと待てって!着替えてる最中だっつーの!!」  エロスはまるでひん剥かれた少女のようなポーズでこちらを睨む。  中身はああでも顔は綺麗なので、どこか艶かしく見えなくもない。  急かすだけ急かすと、ようやくなんとかエロスはタクシー運転手からレスリ ーの服装に着替え終えた。  だが、まだ物崖に隠れてこちらの様子を窺っている。 「何してんだよエロス! 衣装に何か問題でもあったのか!」  アレックがメガホンで怒鳴ると、エロスはも俯いてもじもじした。 「あのよ・・・・ちょっといいか・・・・?」  そしておずおずと、ようやく聞こえる程度の声で話し始める。 「ナンだよ、はっきり言え!」 「あのよお! ま、マスクかぶっていいか・・・?」  アレックは椅子から転げ落ちた。 「良い訳ねぇだろ!!」  椅子に戻りながら叫ぶ。  彼女の背後では紅花が吹き出していた。  アレックはようやく事情が飲み込めてきていた。  あいつは、マスクをつけてないと弱気になるんだな・・・。 「レスリー・ガードナーは覆面なんてしてない! それくらいわかるだろ!」 「でもよお・・・・そこんとこ、CGとかでなんとか・・・」 「私らの画像編集能力は高くないんだよ。せいぜいトムがアコーニトの台詞 テロップを入れるくらいな程度で、CGなんて一切ないよ! もじもじしてな いで、とっととこっち来いオカマ野郎! ケツに××××××んで××××ぞ!!」  普段使う事のない汚い言葉をエロスにぶつける。  ここまで言えば流石に腹を立てて出てくるだろ・・・・・。 「無理だ・・・・・俺がカメラに映るなんて・・・」  アレックの予想を裏切ってくれるエロス。 「お前、今の今まで映ってただろ!? どう違うんだよ! 「だってよぉ・・・・今までのはタクシー運転手、脇役だ。映るのも端っこだし・・・ 今からやるのは主役だぜ・・・? 俺なんかが、マスクをしてない俺なんかが出 れるわけねぇんだっ!」 「じゃあお前主役を選ぶなよ!!」  アレックは頭を掻き毟った。 「じゃあトムがレスリー役だ。これじゃあ撮影が進まない。トム、いいよな?」  後ろのトムを振り返る。トムは頷く。 「俺は別に、」 「だめだ!」  レスリー衣装のエロスが物陰から飛び出してきて手の平を突き出して制止する。 「俺が・・・主役・・・・・・だーーーッ!!!」  そしてマスクをずっぽし被った。 「おい! だからマスク被ってどーする!」 「ヒーローってヤツはな・・・素性を知られないためにマスクを被ってるもんなん だよ・・・・・・」  酷い言い分である。しかも俯き加減で、本人自身が戸惑いながら言っている のが傍から見てもわかる。 「そんな理屈が通るか!! 脱ぐか、交替だ!」 「お前が決めた配役だろうが! 責任持って俺を最後まで主役に仕立てあげて みせやがれっ!!」 「おい私の所為かコラ!!」 「アレーック! アレック!」  トムがアレックの肩を持って首を横に振る。 「なんだよトム。まさかアイツの肩持とうっての?」  振り返って睨みつける。 「いいや、君の肩を持ってるよ。今」 「そーじゃなくってだな!」 「いや、わかってるって。もう、あいつにやらせてやったら?」 「マスクを脱ぎやがったらな!」 「もう、こういう作品という事にすればいいんじゃないかな・・・ヒーローがマ スクしてるってのも割と定番だし・・・バットマンもそうだしニンジャタートルズ もそうだしジャパンの作品でいえば赤影とか月光仮面とか・・・」  つらつらと知らない特撮ヒーローの名前を挙げだしたトムをとりあえずシカ トする。  というか、そういう問題ではないのである。レスリーは正体を隠す必要がな いしマスクを被る必要もない。それを容認してしまうともはや無関係の作品に なってしまう。  が、もはやアレックはどうでも良くなって来ていた。  そうだ・・・考えてもみろアレック。アレック・スパイビー監督よ。  原作・・・いや、これは台本なんだけど・・・原作通りでない映画なんて山ほど あるじゃないか。  お前は原作の何を読んでそんなものを作ったんだ?と問いたくなるような 映画。本当に数え切れない。費用の都合ならまだしも、監督のクソのような 自己満足の為に改変される原作付き映画たち。  私には彼らの気持ちが今ならわかる。というか、そうでもしないとやって られない。だって今録ってる物は、もはや渡された台本が観客に伝えようと している内容を表現できなくなりつつあるのだ。 「クックック・・・・そうだな、台本なんて所詮、ただの素材に過ぎないんだ。 調理するのは私だーっ!!」  半ば壊れ始めたアレックの叫びが住宅街のセットに響き渡り、何故かマスク 姿のレスリーが画面に登場する次第となったのであった。  ちなみに、エロスに代わって死亡したタクシー運転手を演じる事になったの は、彼が常に携帯している簡易ダッチワイフの南極一号ちゃんである。  空気を入れるだけで使えるスグレ物である(※割とオーソドックスです)。  そんな汚ぇもの出すな、と野次を飛ばすアレックと紅花に、彼は「俺が 愛する南極一号ちゃんにそんな酷い事をするかっ!!」と逆切れし、 「彼女が居ればいつでも技の練習ができるんだよ!」と言い放った。  ダッチワイフを使用目的通りに使うか、技をかけるか、一体どっちが酷い のかわからないが、彼女(?)が彼にとって大事な存在である事は間違いない らしかった。  こいつは一体全体、ただの変態なのか、真面目なのか・・・アレックはなんと も言い得ぬ妙な気分にさせられたのであった。