「――鉄の国出身で、タッグ戦に定評がある二人組の噂を耳にしたことがある」    レキシーを背負ったまま、レイズは考え深げに言った。  ぐるう、とアルマが威嚇の唸りを発する。   「巨大猿型に猫人型の機巧人種(サイボーグ)。タングステンとダマスクスといったか」 「十八の刃を持つ男≠ノまで名前を知られているとは、光栄の至りね」    赤髪の猫人型機巧人種――ダマスクスが頷いた。言葉とは反対の無感動な声である。  男ならため息が出るような足を組む。彼女が腰かけている相方の肩部装甲は、小さなソフ ァーほどの分厚さがある。  ゴリラ型――タングステンの方は鉄塊のような片手を胸に当てて礼をしてみせた。  バイザーで目元を隠し、表情のない相方とは裏腹に余程愛嬌がある。もっとも音声機能は、 どういう仕様なのか笑い声しか発せられないようだ。    レイズの背で「……今は十七だ」とぶつぶつ呟く声がしたが、二体の聴覚センサーには届 かなかったかもしれない。     「まだ答えて貰っていなかったな。それで、お前達はレキシーに何の用がある?」 「そう、その話さ。おい狼さんよ、あんた最近、えらく派手に勝ち続けてるじゃねえか」    近隣のカジノを差配する『ローレス・コミュニティ』の獣人たち、そのリーダーであるア ルマジロの獣人は粘っこい声を放った。   「ちょいとばかり派手すぎだという意見もある。先週の試合じゃあ、うちらの上客連にも大 損が出ちまった。俺の仕切りだったんだがね。  ま、市場と消費者のそういう意見をな、細かく拾って調整するのも俺らの大事な大事な仕 事でよ。取り敢えず、次の試合は病欠して貰いたいってえことだわな」 「次の試合だけか?」    レイズが口を挟む。アルマジロは厭な形の笑いを浮かべた。   「次の次も、次の次の次もだよ。ずうっとさ」 「ずうっと、か」    レイズの口調は穏やかだった。穏やか過ぎるほどに。  ――胴元が賭けに直接介入するのはどんな賭博場でも厳禁だが、禁じられているというこ とは、そこに手を伸ばさずにはいられない利があるからでもある。  そしてこの獣人達は、そうした甘い蜜に群がることに躊躇はしない方針らしかった。   「で、お前達二人もこいつらの仲間なのか。『ローレス』の構成員には竜や鉄の者もいるら しいが」 「いいえ、私達は部外者よ。禁製品の扱いなどで取引きはあるけれど、今回はただ目的の一 致を見ただけ」 「目的とは?」 「私とタングステンの実証試験」と、ダマスクスは言った。「つまり、赤目狼族との闘争」    人語を解する赤目狼――アルマが、もう一度唸り声を上げる。  彼女の妹は、まだレイズの背に身を預けたままである。   「『ローレス・コミュニティ』が問題にしているレキシー・ウェレクの試合は、確かに見事 といえる内容だったわ。私達の開発者――マッド・サイエンティスの興味を引く程に。  現行バージョンの私達の機能実証として最良の相手だと、彼は判断したわ」 「公式戦で当たる算段をすればいい。さもなくば、バトリングの機会を作るという手もあっ たろうに」 「ヤりたくなったらヤっちゃいな=v    少女サイボーグは単語を羅列するだけの口調で答えた。   「――マッド・サイエンティスはそう言ったわ。故に私達は、今、ここに来た」 「何だな、お前達の開発者は、かなり困った人物のようだな」    レイズは長嘆した。   「それに諾々と従うお前達もだが。コロッセオの外で闇討ちとは――」      今日のバトリングにおいて、レイズとレキシーが互いの体に刻み合った疵は、通常ならば 癒えるのに数ヶ月はかかる深傷(ふかで)だった。  だが、レキシーの美身には毛ひと筋ほどの痕跡もない。レイズもそれは同じだ。     これがコロッセオを終わりなき闘技場として成立させ得る、決定的に特異な現象――巻 き戻り≠ナあった。  即ち、一定時間の経過により、コロッセオ内で起きた一切の事象は反転する。全てなかっ たことになるのである。  時計の針を逆回転させるようなものだ。負傷も、破壊も、そして死すらもそれに倣う。    当然、コロッセオ外では別だ。――負傷も、破壊も、そして死すらも。    わざわざそこで仕掛けてきた以上、サイボーグ達にも、彼らを作り上げた開発者にも、十 二分の勝算があるのだろう。――あながち過信ではないのが、彼らとは初対面のレイズにも 判る。それを抜きにしても、今のレキシーは戦える状態ではないのだ。       「下ろして欲しい」    はっきりした声でレキシーが言った。一瞬ためらう素振りをみせたが、レイズは言う通り にした。  レキシーは危なげなく石畳に立った。  革鎧の各所にあしらわれた、同族の狼の毛皮が、速さを増し始めた夜風になびく。戦陣に 掲げられる征旗の如く。    背の革鞘から、二本の短槍がすべり出た。  二度三度と、生き物のように穂先を舞わせ、レキシーは歩を進める。  泥酔して前後不覚だった気配など微塵もない。目元にほんのりと赤みが残っているが、そ れだけだ。昼間、レイズと死闘を繰り広げた時と何ら変わっていない。  その身にみなぎる闘気も、凛冽たる美しさもであった。    レイズは半ば呆然とした声で、   「お前、酔いは……」 「何ほどのこともない」    レイズに背を向けたまま、特に気負う様子もなくレキシーは言った。  その傍にアルマが寄り添う。   「いかなる時と場においても、常に戦う覚悟はある。その覚悟は言挙げだけで終わらせるも のではない。そうでなくては、私は戦士を名乗れぬ」  「――どうやら謝らねばならんようだ」    レイズは、二匹の雌狼たちにちょっと頭を下げた。   「レキシー・ウェレク。お前のこと、少しばかり見くびっていたよ」 「心外だぞ」    くすり、とレキシーは笑い、尻尾を振ってみせた。  先刻までの獰猛さとは裏腹に、アルマが柔らかく吼える。  ――これで、やる時はやる子なのよ。そう言っている風でもあった。   「これは私達の問題だ。レイズ、お前は下がっていてくれ。――そこの二人、どこからでも かかって来い。後ろの有象無象ども、総掛かりでも良いぞ」 「一対一に決まっているでしょう。二対一では容易く勝ててしまう。それではデータ収集の 意味がない。――まあ、一対一でも高確率で同じ結果だと推測されるけれど」    長い足を組み変えながらダマスクスが答えると、アルマジロの男は慌てたように、   「おいおい、何言ってるんですかい。二人掛かりできっちり始末するって話で、こっちは大 金払ってんだぜ」 「本件にそんな遵守項目はないわ」    ごく簡単な数式でも朗読するかのようにダマスクスは言った。ヒヒヒ、とタングステンが 追従するように笑う。   「また、貴方の指示も受けない。私とタングステン、及びマッド・サイエンティスは『ロー レス・コミュニティ』と雇用関係にある訳ではなく、従って我々はマッド・サイエンティス の命令に従うのみ」 「こ、この……!」 「一対一でも仔細なしと、そう踏んでいるのか」    地団太を踏むアルマジロなど一顧だにせず、レキシーは口の端をかすかに歪める。   「私と姉様も、随分と安く見積もられたものだ。これは許せぬな」     「糞ッ、戦闘マニアどもが……! まあいい、そんな訳でエグザディオの旦那、あんたはち ょっくら外してくれんかね」    舌打ちしたアルマジロは、幾分おもねるような口調になった。  コロッセオでも上位ランカーとして知られるレイズについては、裏社会の犯罪者も一目置 いているらしい。   「なあに、少しの間だけ目と耳をつぶってくれりゃいい。今日だって、その雌とやり合って 引き分けだったんだろう? そいつが消えりゃあ、旦那も公式ランキングが更に安定するっ てもんだ。お互い悪くない取り引きさ、なあ?」    レイズは何も言わず相手を凝視した。このアルマジロの男は、自分と同じ恥ずべき価値観 が他者にも通じると疑ってもいないらしい。   「そうだ、用心棒の先生がたよ。その雌な、虫の息で構わねえから残しておいてくれ。何し ろ顔と体は極上の肉だ、俺らでとっくり味わわなきゃ勿体ねえ」    居並ぶ無頼どもは口々に歓喜の声を上げた。残らず荒廃した精神の持ち主だった。    レキシーは、峻烈なる赤い瞳を戦闘サイボーグ達から逸らさない。既に己が拠って立つ位 置を戦場と見定めた彼女には、下劣な歓声など雑音でしかないのだ。  ダマスクスもまたそちらを見向きもしなかったが、タングステンはハハと乾いた笑い声を 立てた。明らかに無頼どもを軽蔑している。    サイボーグたちを一瞥した視線を、レイズは奈落獣≠轤ノ戻した。   「うむ。――済まんが、一ついいだろうか?」 「おお、旦那も一緒に混ざるかい。俺たちは構わんぜ」    大物ぶった態度でそっくり返ろうとしたアルマジロの男は、咥え煙草を取り落とした。  レイズの双眸を見たのだ。  灼熱の業火を噴くような、凄まじい竜眼を。     「寝言も大概にしろこの下種が。殺すぞ」      低いが、全員の臓腑までを揺さぶる声だった。  その眼、その声、その気迫――サイボーグ以外のならず者たちは、一斉に悲鳴を上げて飛 び退く。  獣が、より強い獣に捕食される際の感情。確実なる死の恐怖ゆえだ。    終始笑い声を発していたタングステンから、一切の笑いが消えている。  ダマスクスの無表情に変化はないが、獣人らと同じく、猫の耳は警戒にぴんと立っていた。  レキシーも少し驚いた表情になっている。顔に反した穏やかな人物で知られるレイズが、 かくも兇暴な物言いと気を発する様は、彼女も初めて見たのだ。     「侮ってくれるなよ、おい。俺が友を見殺しにして尻尾を巻くとでも思ったか。おまけにそ の友へ、到底看過できん侮辱を与えるに至ってはだ」    レイズの大きな手が、前方の空間を撫でるように動く。  と――そこに光が生じた。  光は地面と平行に浮かび上がる。輝く複雑な象形、数式や文字を組み合わせ、縒り上げら れたそれは、一抱えもある魔法陣だ。  明滅する光の中から棒状のものが突き出た。  刀の柄である。レイズが引き抜くと、黒い鞘が露になる。それは光の中から延々と続いた。    『ローレス』の獣人達の間に動揺の波が渡った。  レキシーなどはコロッセオでの闘いで見慣れているが、彼らは初めて目の当たりにしたの だろう。いずことも知れぬ異空間に大量の武具を保管し、任意に取り出してのける転送魔術 ――牙鞘(ファングツァーン・シャイダ)≠ナあった。    レイズは、魔法陣の中から鞘込めの一刀を引き出し終えた。  途轍もなく長い刀だ。刃渡りは一メートル半を遥かに越し、全長は二メートルに及ぶ。  鞘から抜くだけでも相当の修練が要る器械を、レイズは流れるような所作で抜き払った。  鞘と同じ、黒一色の刃が露になる。  音ともいえない、微細で甲高い口笛のような響き。刀身全体から発せられるそれが、夜気 を震わせた。    高周波の振動音だ。  超合金や特殊炭素繊維がふんだんに使われた黒い刀身は、柄に内蔵された機械装置により 高周波振動を発生させ、分子結合ごとあらゆる装甲を切り裂く。鉄の国で造られた武器、否、 兵器なのだ。   「――『伯耆・鉄天龍(ほうき・くろがねてんりゅう)』」    レキシーは見知った黒い大太刀の銘を口にした。「それを使うとは珍しい」 「ああ。鉄の国の連中を相手取るには、あつらえ向きの得物だよ」    長い鞘の方だけ光の中に戻すと、魔法陣は鞘ごと跡形もなく消え去った。  大太刀を片手にレイズは前に進んだ。  平然とレキシーの隣りに立つ。悪漢どもすら竦ませた修羅の気配は既になく、いつもの様 子に戻っている。    「そんな訳だ。加勢など要らんと言っても聞かんから、そのつもりでな、レキシー」 「礼を言う」    レキシーはもう一度言った。二度目はささやくような、かすかな声で。   「――礼を言うわ、レイズ」    刃を寝かせた片手の槍先が、そっとレイズの方へ差し伸べられた。  漆黒の刀尖も同じようにして伸びる。  轡(くつわ)を並べて闘う誓いを示して、槍と刀は小さく打ち合わされた。透き通った、 軽やかな音が鳴った。        剣の誓いの残響がまだ空中を漂っている内に、三本の刃は翻った。  ふた振りの赤槍は共に下段、対して黒い大太刀は中段青眼。かたや自然に地を指し、こな た中天を突いた構えは、いずれも千と変じ、万と化す位相をその切先に秘めている。   「では、俺も混ぜて貰おうか。タッグ戦に長じたお前たちなら、否やはあるまい?」 「――レキシー・ウェレクに加えてレイズ=エグザディオの戦闘データも取れるとは、願っ てもないわ。いいわね、タングステン?」    ゴリラの顎が上下に動き、相方に同意を示す。少女サイボーグの黒い全身は微動だにせず、 猫の尻尾だけがくねって揺れた。   「貴方達はさっさと下がっていなさい。邪魔なだけよ」    冷然とアルマジロらに命じるダマスクス以下、闘う者達は、最早無頼どもなど見向きもし ていない。  歯噛みしつつ、アルマジロの男は命じられた通りにした。戦闘に巻き込まれない為には、 有益な忠告ではあった。      不意に、鋼鉄のゴリラが両手を広げた。指先を突き出すようにしてレイズたちへ向ける。  強いていうならば、それが目に見える戦闘開始の合図となった。    太い十指全ての先端が空洞になっている、と見て取った瞬間、竜と獣たちは三方に散った。  銃声が轟いた。  タングステンの指先から放たれる銃弾が、路面で熱く跳ね返る。指には銃身が内蔵されて いたのだ。    分かれて走るレイズとレキシーを、左右の掃射が追う。  機関銃さながらの火線は執拗だ。雌狼の獣そのものの身のこなしと、それに匹敵する竜人 の動きは俊敏を極めているが、遮蔽物のない路上でいつまでもかわし続けられる弾幕ではな い。いずれ捕捉されるのは明白だ。    その未来を想像したのか、笑声をこぼしかけたタングステンは、突如怪鳥のように叫んだ。  弾幕の間を縫って接近するや、ひと息で鋼の巨体を駆け上がった灰色の光――アルマがゴ リラの顔面目がけて飛びかかったのである。  牙を剥いて噛みかかる。気の弱い者ならそれだけで戦意を喪失しかねない吠え声が、何よ り猛々しさで世に知られる赤目狼の口から噴き上がった。  キャハハハハ、と狂笑しながらタングステンは顔面をかきむしる。何とか狼を引き剥がそ うとするが、小竜巻のように暴れるアルマはその戒めを阻んでいる。  タングステンの装甲はさしものアルマでも文字通り歯が立たないが、精密機器たるカメラ センサーは別だ。ゴーグルタイプのセンサーは耐衝撃仕様とはいえ、薄紙と等しく噛み破ら れるだろう。    上下に左右にゴリラの上体が揺れる中、ダマスクスは組んでいた足を戻す。相方の危機に も悠然たる仕種である。  大気が唸った。  何の前触れもなく放たれた彼女の突きだった。アルマへ撃ちこまれた拳打は、しかし空を 切った。寸前でひらりと身をかわしたアルマは、タングステンの顎の辺りを蹴って離れる。    アルマと入れ違いに、今度は赤い光が走った。地上から天へと、斜めに。    高々と跳躍してきたレキシーの刺突――凄絶極まる赤き槍先は総身をよじってかわしたも のの、流石にダマスクスの体は揺らいだ。  必殺の一撃を回避されたレキシーも、それは同じだった。  宙空で体勢を崩した二人の女は、もつれ合うように地面へと落ちて行った。      暴風の如き狼たちの攻めが吹き過ぎ――タングステンはフッフウと笑った。安堵したよう に尖った鶏冠をぽりぽりと掻く。  刹那。  速影がその傍をすり抜けた。漆黒の軌跡を幾重にも描きながら。     「――疾風迅雷(シュネル・モルト)=v       静かな武技の名乗りと共に、跳躍し、交差しざまに放たれたレイズの連続剣はしめて三手。 飛鳥も斬って落とす速さで舞う覇剛剣閃流の秘太刀はタングステンの首筋、胸元、そして腰 でそれぞれ火花を散らせた。    二歩だけ、鋼の巨体は後ずさった。  着地したレイズは撫で斬りにした対手(あいて)へ向き直る。『鉄天龍』を肩に担ぐよう にして構えた。二メートルもの大太刀を、小枝のように軽々と扱っている。  巨体を見上げる竜眼が大きく見開かれた。  レイズが斬った装甲部分には、確かに傷がついてはいる。薄っすらと、表面を引っ掻いた ような細い線が三本。――それだけであった。   「これは硬い」    竜人は閉口したように嘆息し、巨大サイボーグはクスクスと嗤笑した。      ――赤き双(ふた)つ槍が迸り、サイボーグの手刀が飛ぶ。  見る者がいれば肌に粟を生じさせる程のスピードを乗せ、彼我の凶器が噛み合わされる。 鉄火と不協和音を湧かせるこの様を格闘戦(ドッグファイト)というべきか、はたまた乱打 戦(キャットファイト)というべきか。  こちらはレキシーとダマスクスだ。地面に転がり落ちるなどという不様をさらす筈もなく、 羽毛のように着地した女戦士二人は、即座に互いの闘技を応酬させている。    レキシーの短槍は、刃先から石突きまではそれぞれ一メートル強。間合いは長柄の武器に は及ばないが、左右の手で扱える自由自在さは、それを補って余りある。  その槍先は当然として、ダマスクスの手刀も当たれば刃物と同じ効果を生じさせるだろう。 打撃では済まない。抉られ、斬られるのだ。    苛烈な斬撃同士が錯綜する最中、レキシーはひと際深く、鋭く踏み込んだ。   「はッ!」    裂帛の気合一過、左右の槍を連動させて放つ高速の刺突は、赤目狼の氏族に吼えうだく 東(ひむかし)の風≠ニして伝わる型だが、猫人の受けもその妙技に勝るとも劣らなかった。  傍目には繊手とさえ見える両手も、その前腕部を取り巻く輪胴(シリンダー)状のプロテ クターも、名にし負うレキシーの双槍と真っ向から撃ち合って欠けもしない。      赤い光芒の軌道が変化した。  薙ぎに転じた赤槍を上体のみ逸らして避けながら、ダマスクスは後方に大きく撥ねた。  近くの建物の壁を蹴り、勢いをつけて翻転、反対方向へ距離を稼ぐ。三角跳びの要領で、 ダマスクスは現れた時と同じくタングステンの肩に収まっていた。    ――大猿の方が撃ってくるか。    追いすがらんとしたレキシーは、タングステンの銃撃を警戒して身構える。  が、意に反して身を躍らせたのはダマスクスだった。   「キャノンボール・ダイバー=v  相方の肩を蹴って少女サイボーグは跳ぶ。ごく初歩的な定理でも暗誦するようにダマスク スが言うや、タングステンが大きな右手を振りかぶる。  叩きこまれた掌は張り手となって、しかし間合いの遥か外にいるレキシーたちを狙ったの ではなかった。自らの眼前で跳躍の途中にあった相方を強打したのである。   「――む!」    レキシーは息を呑んだ。  相方の強打に導かれ、ダマスクスが突っこんで来る。張り手は、謂わば銃の撃鉄(ハンマ ー)として機能したのだ。それは発射される弾丸に等しい速度をダマスクスに与え、彼女を 高速の飛翔体として撃ち出していた。    レキシーの黒髪がおどろにうねる。数本が突撃に千切られて散った。  ぎりぎりのサイドステップで、レキシーはこの迫撃を避けている。レキシーなればこその 体術だ。凡庸な使い手ならば、真正面から喰らっていただろう。  左右の槍が翼のように持ち上がる。  ダマスクスの勢いは正しく砲弾(キャノンボール)だが、砲弾と同じで、一旦避けてしま えば本人はただ飛んで行くしかない。  飛んで行った背後に建物や障害物はない。既に十メートルは跳んでいるこの勢いなら、着 地するにせよ、そこから戻って来るにせよ、重大な隙とタイムラグの発生は否めない。    どちらも発生しなかった。  レキシーは異常に気づいた。ダマスクスが駆け抜けていった後を追うように、黒い筋が一 本、空中に走っている。  鋼のワイヤーだった。細く長いワイヤーが、今の今までダマスクスが腰かけていた箇所、 タングステンの肩部装甲から伸びている。  と、ワイヤーが唸りを立てた。ウインチ機構により、煙を立てかねない勢いで肩の方へ引 き戻されてゆく。  その先端に繋がれた、後方に飛び去った筈のダマスクスもまた。    ――これは!?    タングステンの肩に戻った際、ダマスクスは自らの体に連結しておいたのだろう。単純な 突撃だけでなく、相方がワイヤーを巻き取ることで戦場へ帰還する二段構えの策――敵の意 図を理解し、即座に閃いた赤槍は苦もなくワイヤーを断ち切った。  これで巻き取りは無効となる。ダマスクスも当初の通り落下する他はない。    だが、今度こそレキシーは目を剥いた。  自分の背後で起こっている事態を察知したのだ。巻き取られる途中でワイヤーが切られた のに、猫人は加速したのである。最初の突撃とは逆方向に、今度はレキシー目がけて。    ダマスクスの両脛で装甲が一部展開、そこから迸る粒子状の光が――内蔵された加速装置 が彼女を推進させた、とはレキシーには判らない。ただ、神速と言うべきその直進力には慄 然とした。     「――キャノンボール・ダイバー2(アゲイン)=v      風を呼んで強襲しながら、ダマスクスは自分達の戦術の名を告げた。ただの機械音声には 有り得ぬ必殺の自信が、その声には籠められていた。      前からは両手を広げて襲いかかる巨大猿。後方からは必殺の超加速で再突撃を図る猫人。  ダマスクスが相方の肩から跳んでからほんの数秒――その瞬刻裡に完成した挟撃の図式は、 レキシーを絡め取らんとしていた。    この挟撃を前後に迎え、赤目狼の女戦士が選択したのは前進だった。    毫も逡巡の色を見せず、鋼鉄のゴリラへと馳駆する。上体を低めての疾走体勢には、後方 から迫る脅威など頭にないようだ。  その背を捉え、追い上げるダマスクスの右手が弦を絞るように引かれる。五指を揃えて立 てた貫き手、狙い済ました絶死の一撃がレキシーの背に突き立つ。    ――そう見えた瞬間。  鋼が鋭角的に絶叫した。  鋼同士が、だ。その絶叫とともに、ダマスクスの一撃は停止している。  横から割りこんできた黒い影、黒い角、そして黒い刃。――言うまでもなくレイズだ。  眼前で直立させた『鉄天龍』の刃が、少女サイボーグの貫き手を防ぎ止めていたのである。    挟撃の図式は崩れた。ハヒヒホフ、とタングステンが混乱したような笑いを漏らす。  巨体に浮かんだ動揺を貫くように、   「いえええええッ!!」    叫び、レキシーは躍り上がった。  飛び蹴りは赤い稲妻と化し、掴み取ろうとするタングステンの両手をすり抜けて、その眉 間をしたたかに一撃した。  笑い転げてせき込み、タングステンは巨体をよろめかせる。唯一の生体部品である脳髄が 揺さぶられたのだ。獣人の瞬発力とパワーによる蹴りは、それほどの衝撃力であった。      大口径の銃声じみた音が響く。  黒い大太刀がサイボーグの手刀を弾き落とすや、すかさずダマスクスは跳び退き、距離を 取った。   「突きのモーションの仕掛かりで若しやと思ったが。やはり杭撃ち機だったか」    落ち着いた声でレイズが言った。――黒い刃がダマスクスの貫き手を弾いた直後、彼女の 手首から先が高速で伸縮したのをレイズの視覚は認識している。  銃声のような音はその射出音だったのだ。弾くタイミングが僅かでもずれていたら、貫き 手の撃発力に跳ね飛ばされていたのはレイズの方だったであろう。    命中と同時に鋭利な杭を射出し、対象を装甲ごとぶち破る近接兵装。それが通常の杭撃ち 機だが、ダマスクスの両腕に搭載されていたのは、杭の代わりに繊手を撃ち出す恐るべき機 構(ギミック)だったのである。  レキシーとの撃ち合いですぐ使用しなかったのは、高機動剣戟戦(ベロシティ)で効果的 に揮う機会を窺っていたからか。   「つい最近、その手の武装持ちとやり合う機会があってな。捌き方のコツはその時学んだよ」 「単なる杭撃ち機(パイルバンカー)ではないわ。これはガン・パイルバンカー ――ガイル バンカーよ」 「それは失礼した」      ダマスクスの黒いバイザーと、タングステンのゴーグルアイの表面に、相対した自分達の 姿が映る。  レイズとレキシーは、互いの背を守り合うような姿勢を取った。毛を逆立てたアルマも、 影のように妹の傍らへと位置した。   「記録によれば、貴方達は公式・非公式を問わずタッグの経験はなかった筈。それにしては 連携が取れているわね」    背後から投じられたダマスクスの指摘に、美しき獣は小さく微笑した。  ――前後から攻められた際、レキシーが迷わず前に進んだのは、自分の背中はレイズに任 せて何の問題もないという確信があったからだ。  お互い何の合図もなかったが、通じ合っていた。立場が逆でも同じだったろう、とレキシ ーは考える。   「我らは、幾多の死線にて鎬(しのぎ)を削った間柄。故に――」 「互いにどう動くかは熟知している、ということだな」    後を引き取った竜の、その剣の切っ先が対手を誘うように、ゆらりと動いた。        ――この時、場の誰もが気づかなかったが、少し離れた建物の陰で、声を立てずに笑った 者がいる。  その者がかけている赤い丸眼鏡は街灯の明かりを反射して鈍く光ったが、当然これも誰に も気づかれなかった。     【To Be Continued】       ■オーバーラップ・コロッセオ■ 剣と魔法を操り、騎士と王が収める竜の血を引く国、竜の国 鉄と銃を組み上げ、民主主義という名の支配構造を持つ国、鉄の国 獣と自然と共にあり、自由を愛する獣人達の国、獣の国 本来交わらざる隣の世界にあった三つの世界は、一つの建造物によって結ばれていた コロッセオ――そう呼ばれるそれは誰が、何のために作ったのかも不明なままで、 しかし、三つの世界は正しく闘技場としてそれを利用していた 求めるものは名誉か、金か、それと己の力試しか 三つの世界が邂逅を果たしてから既に100年が過ぎ、 今日も尚、コロッセオの内から歓声が途絶えることはない     ■オーバーラップ・コロッセオ■ レキシー・ウェレク 獣の国出身の若い女戦士で、赤目狼の一族の血を引く 白い肌に黒く長い髪、赤い瞳。耳や尻尾だけでなく鼻も狼のような形状である 属している氏族が戦乱や飢饉の影響でほとんど死に絶えつつあり、氏族を再興するために 同胞に迎えるべき屈強な男女を捜してコロッセオに来た (彼女の氏族は、狼の血を引いたものでなくとも認められれば同胞として扱う習性がある) 左右一対の短い槍と、氏族に代々伝わる先祖の狼の毛皮を使った革鎧を身に着けており 鎧に宿る獣の気の力により、体力の消費と引き換えに超スピードでの近〜中距離戦闘を可能にする 子供の頃から共に育った雌狼のアルマを「姉様」と慕っており、戦闘でも連係プレイが得意 古風な価値観を持ち、自己を律することにかけては人一倍厳しいが ただ一つ甘いものの誘惑だけには抗し難い     ■オーバーラップ・コロッセオ■ レイズ=エグザディオ 性別:男 年齢:27歳 龍の国出身の魔術剣士、複数の龍の血を濃く受け継いでおり龍頭人身、鱗は少なく細身 一角を生やした凶悪な面構えだが物腰も柔らかく理知的で優しい子供好き、自分の顔が怖いので 子供達が怖がることに悩んでおり嘆息する事が多い 剣術と複数の属性を組み合わせた魔術を操る戦闘スタイル 鋼線やプレートなどが編み込まれた導師服と術式によって操る紫水晶製の短剣や中剣など18本を装備 メイン武装として長剣や鉄の国製のチェーンソーブレード・ガンブレードを気分で選択し使用 探究心が強く他国の文化や文明を調べており他国への定住を考えている     ■オーバーラップ・コロッセオ■ 奈落獣の集い『ローレス・コミュニティー』 闇に生きるならず者たちがたむろする組織。通称「ローレス」。 獣の国都心部に本部が設置されているが、構成員は獣だけではなく竜人や人間もいるようだ 獣の国の発展に多大な貢献をしており、都心部にあるカジノやその他の多くの施設はこの組織が支配している これは他国による獣の国の開発を制限するためでもある 環境テロ組織『プラネタ』とは対立の関係 所属する者たちは情報収集を主な仕事とし、裏では暗殺や誘拐、ドーピング薬の開発といった仕事も請け負っている 組織拡大のための資金集めとしてコロッセオに参加     ■オーバーラップ・コロッセオ■ ダマスクス 鉄の国のサイボーグ少女で頭部以外の生身部位が存在しない。 赤の長髪に猫耳を生やし、目元を視野増幅用のバイザーで覆い隠す。性格は機械的で 開発者である狂人マッド・サイエンティスの命令にのみ従順。頭部以外の全身は 猫の尻尾を生やした漆黒の超弾性装甲躯体で、物理は勿論、魔法現象もある程度 弾く程の硬度を誇る。ちなみに猫耳と尻尾は開発者の趣味。武装として両腕に内蔵された リボルバー型炸薬式ガン・パイルバンカー(略称ガイルバンカー)と脚部内蔵の 加速装置による超高速機動によるH&Aを主戦法とし、データ収集の為、 度々コロッセオに投入されている。シングルも強いが、タングステンとのタッグはもっと強く タッグでの登場時はタングステンの肩に乗っている。     ■オーバーラップ・コロッセオ■ タングステン 鉄の国のサイボーグ巨漢。3mもの巨体と圧倒的パワーを誇るゴリラ体型の大男で 脳以外の全てが機械に置き換わっている。頭に輝く銀色のモヒカンとゴーグルアイの頭部を 含めた全身が銀灰色の超硬度装甲躯体となっており、傷付ける事は難しく、特に熱に強い 性格は冷静沈着で開発者のマッド・サイエンティスの命令に忠実だが声が笑い声しか出せず 笑い方や笑い声の抑揚を微妙に変える事により喜怒哀楽を表現している。ちなみに 笑い声しか出せない仕様は開発者の趣味。頭のモヒカンは射出可能な高周波カッターで あらゆる物を切断し、また、十指は一本一本が銃身として構成されており マシンガンやショットガンモードの他、束ねてのガトリングモード等がある。 持ち前の頑丈さとパワーと武装を使い分けての近距離戦を得意とし、データ収集の為 度々コロッセオに投入されている。シングルも強いがダマスクスとのタッグはもっと強く タッグでの登場時はダマスクスを肩に乗せている     ■武器設定■ 伯耆・鉄天龍(ほうき・くろがねてんりゅう) 野太刀を模した高周波ブレード、全長約2m 強度を上げるために超合金やら炭素繊維やらセラミックを使用してるため見た目に反して軽い 黒い刀身を持つがこれは炭素繊維の色 柄の部分に超振動モーターとバッテリーを内蔵 鞘に戻すことにより再充電され繰り返し使用が可能 居合のような高速抜刀には向かないため鞘に特別な仕掛け等はされていない またその長さ故狭い場所では扱いにくい ●使用者募集(シリーズ、非シリーズ問わず)/被り可