ストレンジ・ドットの集光パネルがちょうど、向かいの月を映すように閃く。  静止軌道障害灯がふるいブラウン管みたくじりじりと赤を増す。  普段は闇に沈んだストレンジ・ドットの集光パネルがオリガミみたいに折りたたまれる。  障害灯の赤に照らされてチカチカと光るのが見えそう。  ビルの屋上で似たような赤に照らされた若い男が目を細める。  ラメでも散りばめたみたいに光る往復シャトルがその下を潜る。  チカチカとピカピカ。成層圏に浮かぶ二つから強いてどっちが趣味かって考えると――  ジャケットを探り、内ポケットに詰め込んだカナルを引きずり出す。  耳に掛ける前から、振動が見えそうなほどのギターリフが漏れだしている。 《ミスター。耳は空けておいて貰えませんか?》  首のうしろあたりから声が響く。  凝った首をほぐすついでに耳元の髪を払って、取り出したイヤフォンを引っ掛けた。 「アイアイ、スカイI。お前の声は身体で聴いとくよ。生演の聴き分けに比べりゃイージーだ」 《――結構。事後の訴追は受け付けないものとします》 「ジ・ゴー? どこのバンドだそれ」 《後で泣きついても遅い、という事です。――ルート出ました。ミスター、クロック合わせ》 「アイアイ。ソロ終わりのドラム合わせ」 《その騒音に耳を傾けろと? 私に? 結構》  ギターの弦がかき回されなくなる。  カウント0.3。まだ弦が震えてる。  カウント0.5。マイクがヴォーカルのわざとらしいほど大きいブレスを拾う。  カウント0.7。ギターがマイクから遠ざかるちょっとのドップラー。  カウント0.9。お気に入りのスティックの風切り音。  ドン。  首のうしろから文字がガツンと来る。  ネットサービスの規約を一気よみさせられたような感じ。 「――80年代のスルタンなんてオートマで走ってるモンなんだな」 《貸しガレージからの新古品ですよ。自動車をビニールに掛けたまま置いておくなんて》  ため息の聴こえそうな間。 《ところで、指定したのはその次に流れるイスズの――》 「いやあ、聴こえないな。騒音がひどくて。スルタンで行く」 《ちょっ――》  と。  若い男はビルの縁から勢いよく、空に踊りでた。 《152メートルを? 自由落下で? どうするつもりですか》 「どうって、そりゃ落ちるんだろう」 《ビルの落下防止のウェブシューターで――細切れになれますよ。オートヘリコも裏からでは間に》 「だから」 《体、事前の計算を破棄するという行為が非経済ですフロアフロートの認証で32mSそれから軌》 「直で」  沈黙。 「スカイI。俺より先にお前が死んだか?」  ハイウェイを流れる自動制御の車列がいよいよ区別がつくようになってきた。  オレンジのロードランプに照らされてながら、スルタンのシルエットが黒く浮き出ている。  塗装も完璧。テールランプをまるで火を吹くように振る。  あれに衝突するなら死んでから一週間は笑っていられる。 《ミスター、耳をお借ります》 「げ」 《身体で聴かれるのでしょう? 領域確保。ゼロシグナル充填》  ヴォーカルの掠れた声が間延びする。それがいきなり野太く大音量を発する。  イヤフォンが爆発でもしたような感じだ。  聴く耳が繋がった脳がダメになっていく。  スカイIの言う通りにその部分がぶんどられたのだ。 《A.A.C(アクティブ・アクティベーション・コード)送信。プログレスオーバー》 「アイアイ。P.C(フロギストン・クラスタ)アクティベート」 《認証完了。レベル3バイ33の演算許諾。オーバーランにはペナルティがありますのでお覚悟を》 「貧乏性」 《公道でここまで認可された事を有難く思うほうがよろしいかと》 「アイアイ。スルタンには謝っといて」 《ルーフからタイヤのゴムまで交通省のスタンプ(お墨付き)です。別途請求が期待されますね》 「耳が完全にダメだな。スカイIが妙なこと言ってる。保険の方に賭けておこう」  男の顔が映るほど磨かれたルーフがすぐそばまで迫っていた。  ばん。着地。  スルタンがエンジンの際まで、鉄板で押しつぶしたように平坦にひしゃげた。  「フロギストンでここまでか。もう少し掛けても良かったかな?」 《残りレベル3バイ20あまりレベル1バイ1K。鬼より交通省が怖いと伺えます》 「レコードもタダじゃないんでね」 《ターゲット確認》 「だよな」  衝撃でふらつくスルタンの上で振り返る。  頭より高い所にミラーが突き出たスズキのトラックが鼻先まで近づいてきていた。  ツナギの運転手がイライラとハンドルを叩いている。 「ハーイ、元気?」  男が手を振る。 「オートマにしちゃ車間距離がおかしいな。こちら演繹省のワンちゃん。第二種相当の危険回路を 新聞なみにプリントした疑いがおっちゃんに掛かってまーす。積み荷を海に投げたうえ、オートマ への不正介入防止法違反の書類送検だけで済ませる事をおすすめしまーす」  返事はでかいクラクションだった。  スズキのコンテナを突き抜けて、鋭い円盤が複数とびだしてくる。 「はっは」  ツナギが笑って言う。 「首輪つきの慣性屋がなんだ? こっちの新聞紙はヘヴィだ! 蜂の巣にして海に捨ててやる!」  初弾が背中を掠る。  円盤は近くに来た途端に重量感を増し、そのままの速度で抜けていく。  圧力だけでフックを受けたような衝撃が背中に走る。 「だ、そうだ。スカイI」 《ミスターと同じような発想だという事がわかりますね》 「うるせぇ。真皮回路(スタンプ)アクティベート」 《認証完了。追加許諾なし。ぬいぐるみをスカイIに納付するペナルティがタスクされています》 「なんで。何処に。ちなみに種類は?」 《当初のルートであれば起動前の検挙が可能であったとはっきりしたからです。タスクはスカイIの 権限で最優先に保持されています。海と聴いたので、イルカがいいですね》 「アイアイ。数が多すぎる。冷却皮(ラジエート)展開。サジェスト・オフ」  スカイIが沈黙する。  男の首から白い冷却皮が翼のように開いた。  ラジエートに血流がめぐり、頭が急速に冷えていく。  代わりに顔の左側がひどく熱くなってきた。左目の下で、頬が濃青の光を灯すのが判る。  それを見たツナギの目と口があんぐりと間抜けに開いてゆく。                    ・・ ・・・・   「真皮回路!? オーバークロックの? いま、走らせたって!?」  まわりを蜂のように囲う円盤たちが戸惑ったように動きを止める。 「てめえ、まさか冷凍(フローズン)か!?」 「チャーハンみたいに言われんのは嫌いだ」  冷凍と呼ばれた男がまといつく冷却皮を払って言う。 「新聞紙が38部と――ああ、こりゃオーバーランだ」  38個目を差した指に向かって、円盤が雪崩を起こして寄せてくる。  円盤が指先に触れ―― 「フロスト」  止まる。 「バイパス、フロギストン。スルタンを潰した俺の体重のあまりだ。スズキなら平気だろ?」  38個の円盤がトラックに突き立っていく。  ハイウェイの端にトラックで仕上げた檻が衝突する。  すぐそばを抜けていくオートマのヘッドライトに照らされながら、男は呟いた。 「スズキの請求はまさか俺には来ないよな」  ガリガリと頭を掻いて空を見上げる。  静止軌道のストレンジ・ドットを、もう月は照らしていない。   まとまるかという思い(プライスレス)  シンギュラリティを越えて機械が人間の理解に追いつかなくなった社会。  人間もそのままじゃちょっともうマジ無理だって思ったので真皮回路というものを生まれつき埋め込むようにして頑張って追いついている。  ただ、成長によって変性する生まれつきの回路は計算能力の「向き」に偏りを持ってしまう。  倫理や文化の関係で不便であっても生まれつきの回路を加工するには多くの障害が発生する。  男は冷凍刑に処せられた古い時代の人間な為、人権問題や自身の抵抗感とはあまり縁が無い。  また、うまれつき回路を持たないが故に、彼の脳はあらゆる回路に対して偏りなく適応する事が出来る(簡単に出来るとは言っていない)。  脳が回路というものにまったく慣れていないので冷却皮で茹で掛かる脳を冷やさなければならない ・スカイI  首輪。それとサポートウェア。いちいち計算量をカウントして報告書に記載してくれる。 ・演算許諾  法的な首輪。拳銃を使う前に申請をして、許可された銃弾を受け取るという感じ。 ・領域確保  脳の困らない範囲で回路や計算機の真似事をさせる為のもの。  これも冷凍の特権。後遺症? 知らんなという感じ。 ・P.C あるいは 慣性屋  自分に関わるエネルギーをどうにかして一時的に置いておける。  クラスタはその命令セット。 ・重たい新聞紙  こちらは重量の方を他所に置いている。もしくは置いていたものを持ってきたのかも ・フロスト  とりあえず止まる。冷凍だから凍結。何も考えてない・・・ ・バイパス・フロギストン  フロストの効果範囲を足掛かりにフロギストンを起動すること。  残っていた落下の運動エネルギーで円盤を無理やり動かした  これを十五行にするやり方を教えていただきたいと思います