らんちゃあ・でっど   にぼ死  妙な夢を見た。と思って起きる場合、一拍おいてそれが現実であると知らされる。  そういう物語が本や漫画で多いのはひとえに物語がそれを嫌うからだろう。  それが夢であることが重要になるものなら良い。  邯鄲の夢は、夢の内容を真に迫らせた上で、それが夢である事に意味がある。  物語が娯楽性を増す上で、謎と納得の不均衡はステンドグラスの様に美しく、意味と意義を情感の 間に挟ませて調律されるようになった筈だ。  それを大きな枠の中で――つまり現実と夢という大落差、道理と不合理の衝撃音をもって是とする 夢オチは、物語の大半の部分を「夢だから」で片付けてしまえる暴力性がある。  おかしい、と思ったのはそういう事だから、と。怠慢を簡単に伏線にしてしまえるのだ。  まあ怠慢に書かれた物語がそうそう面白い訳がない。  結局、夢オチだからと言う事と物語が面白いかどうかは大して関係がないという事だ。  うしろゆびさされ組が夢の産物だろうとなんだろうと関係なんかないのと一緒。 か、といって長く妄言など読まされてもたまったものではない。  物語の大半が意味のない夢の話ですという事実は精査されずに悪評として取り扱われる。  結果。  本や漫画には夢のような出来事が起こった後、目が覚めてから夢だったのではないかと疑うという テンプレートが出来上がったのだと思う。  夢だけど夢じゃなかった。は少し違うかも。  考えて、北沢佐和子は自分の記憶と推論能力を確かめる。  この二つにはこれで結構、自信があるのだ。  まとめるとこうだ。  「昨晩買ったニボシがコンブの上で喋りだし、あまつさえかつお節と喧嘩を始めた」。  その後あまったワインでアクアパッツァもどきをつくった。洋風肉じゃがだ。  流石にかつお節と喧嘩をするニボシの隣に白菜やキノコは入れたくない。  認めよう。  ニボシは喋る。  冷えた冬の朝に煮立つ鍋の音と、かすかな香りを含んだ温かい湯気が満ちている。  コンロの火を消し忘れた? もちろん違う。 「おはよう、お嬢ちゃん。朝からいいダシが出てるぜ」  味噌の香りもする。  コンロを見れば土鍋の縁から、くの字に曲がったニボシが突き出ている。  そして業務用のみその袋が流しの上に転がっている。  ニボシはどうやって袋を開けて中身を取り出したのだろうか。  これはかなりの難題だ。昨晩に比べてふっくらとしているのは水を吸ってふやけているから。  そこまでは判る。  最大の疑問が一つ。  この夢はいつ終わるのか。 「いただきます」 「おあがりやす」  言って、ニボシがちゃぶ台の向こうでお辞儀をするのだ。  ニボシは構造上、お辞儀をすることが出来ると今日学んだ。  目の前に転がるのはみそ汁に白菜の浅漬、そしてごはん。  ニボシ・テイルスウィングによって華麗にちゃぶ台に乗ったものたちだ。  炊きたてのご飯などは見ものだった。ジャンピング・ビッターンをして、炊飯器のスイッチを切る ニボシの美しさときたら無い。  ジャンピング・ビッターンというのは、ニボシがおもむろに飛び跳ねて、身をひねりながら空中を 縦に三回転し、重心となる腹部を使ってビッターンする事である。スイッチも押せる。  最近のニボシは凄いのだ。  できれば知りたくなかった。  塩気のある白菜の後に頂く白米は甘く、おいしい。 「おいしい」 「よせよ、流石にニボシの身上じゃあ米を研ぐなんて出来ないぜ」  懐かしい感じの食卓とニボシ。  ニボシ……ニボシが無ければ懐かしい。  というか実家では朝食はパンだった。でも懐かしい。  夢であるように瞳を閉じて、あの日を思う。  フランスパンのトーストがおいしそうだと買ってきたものの焼いたら硬くて食べられなかったとか。 「味噌は敵じゃないぜ。冷める前に飲むんだな」  コーンポタージュが良い。  そう思いながらみそ汁を口につける。  お腹の中からぼんわりと温まってくる感じ。  ゆったりとした時間とニボシ。時計は八時を指している。  佐和子はちゃぶ台に倒れこんだ。  本屋のバイトに間に合わせるには少々つらい時間だったからだ。  平積みの本というのは、生き物だ。  ニボシと比べると断然、生き物だ。  先日の内に沢山の人達に触れられた本たちは、買われて抜けたり、何故か片側に寄っていたりする。 話題の書籍を詰め、場合によっては関連書籍を仕舞い、新刊を積む。雑誌の方はわかりやすく、作業 としては新人向けのエリアだ。  新書から海外の翻訳、ドラマや映画のノベライズは、まるごと佐和子の担当だった。今日は生憎と ニボシたので大したこだわりも発揮していない。新刊が少なかったもの大きい。読書遍歴を鑑みて、 という部分もあるが、佐和子が担当エリアを広く持っているのは偏に、どれも新刊が少ないからだ。  雑誌から向こう、漫画や絵本のごった煮エリアに比べれば、こちらはかなり平和だ。  話題のドラマや映画が本になったからと買いに来る客は少ないし、埃のかぶりそうな新書は更新も 少なく、老獪の域に達している。冊数自体が少なく平台さえないマイナージャンルの本棚と組み合わ さって、独特の静寂を獲得している。  通路を広く取った上にテーブルを置き、コーヒーまで出す始末だ。  テーブルと椅子は同階のインテリアショップからの借り物で、商品サンプルを兼ねていたりする。  今時分はコタツまで転がっているゆとりの空間を形成している。  よほどの本が出る日でなければ、開店時の本屋は閑散としたものだ。  近所のスーパーで買い物したついでに主婦が立ち寄り始めるのは、一時間は先だ。  ともかく平置きの本をびっしりと揃えたところで、佐和子は棚の本の背表紙を指でなぞり始めた。  一冊でも入りそうな隙間があれば埋めようという魂胆。  だけど、それ以上に佐和子は指の下で踊るタイトルと作家をぼうっと眺めるのが好きだった。  アレイスター、アレクサンダー、アリストテレス、イワン雷帝、と始まって、エドガー・アラン・ ポーやキルケゴール、ヘミングウェイがリズムを刻むように並んでいる。  真新しいインクの香りと地味な背表紙、その中で島のように浮き上がる名前たち。  その隙間に在庫を埋め込むのは、ストリートライブに手拍子を入れるような気分。 「本が、好きなんですね」  不意に声がかかる。  なにせDVDの記録面に負ける程度の顔立ちだ。何かにつけて声を掛けられるのは珍しくない。 「ええ、まあ。でなければ長く続けられません。何かお探しですか?」   佐和子が指を伸ばすちょうど隣の本を、白い指が撫で、ゆっくりと引き出す。 「紙面に乗った記述は平板です。そこに何の感情も色もない」 「はあ」  佐和子が意図を捉えかねて首を傾げる。  白い顔の奥で黒い双眸はじっ、と本を見つめていた。  ちょうど中頃、章と章の間を示す、まっさらな二ページを。 「貴女は「少年よ大志を抱け」と聴いて、何を思い浮かべますか?」 「お雇い外国人の堂々たる立ち姿でしょうか」 「この老人のように、と続く場合もあるそうですが。しかし生き残ったのはこの八字です」 「そうでしょうか」 「あるいは。人々はこう考えたのかもしれません。大志を抱くのは少年だけで良いと」 「それは――」  まるですべてを肯定されているようだ、と佐和子は思う。  同時に、示された言葉の輝かしさと、その外にある―― 「てんいんさあん」  ふと声が上がる。間延びした愛らしい声。 「カフェオレのおかわりくださーい。砂糖論者積みで」  それはカフェの店員に言え。  佐和子は思いつつ振り返る。  ――我々はその声を知っている! いや! その半纏と頭のアレを知っている!  売り物のコタツでこたつむりと化したその声の主こそ、いれぶんその人に他ならないッ!  そこから先は、まさに戦闘潮流だった。 「退け! お嬢ちゃん!」  やたら渋い声が叫ぶ。  店員さんの胸ポケットが何かがぴょんと飛び出した。  店員さんと話していた包帯の人が差し出していた本は、黄色いタウンページに下から跳ねあげられ る。飛び出した何かが撥ねられ、本が棚の向こうまで飛んでいく。 「ニボシ!」  店員さんが叫ぶ。ニボシらしい。  渋い声で喋るニボシが世の中にはあるらしい。今知った。  いれぶんは丸くした目でニボシを追っている。  棚の向こうでは、このたかつぐ! とか、コーヒーがSMプレイに使えるとか、お腰につけた修正 液がどうとか言っている。 「今度こそ見つけた――」  タウンページを振り上げたまま、病院着の涼日が言う。 「両親の敵――!」  違うと思う。ご愛読ありがとうございました。  店員さんがニボシの方に駆け寄る。 「くくっ……ニボシに出来るのは精々この程度か。まあいい、女を守って死ぬなんてな。ニボシ冥利 に尽きるってもんだ」 「ひどい――カチカチじゃない、あなた!」 「最期くらいは――笑って欲しいもんだぜ――」 「ニボシ――ニボシ!」  すごくやかましい。 「これは都合がいいわ。あんたさ、フランベでしょ? ガソリンかぶって大やけどしたんだって?」  タウンページで肩を叩きながら涼日が包帯の人に向き直る。  なんという事でしょう。  包帯の人は店の出口の方まですでに走っていたのでした。 「あっ、ちょっ、おま! 何で追わないのよ!」 「えっ」  何故かこちらに矛先が向かった。  いや、何もそうとは限らない。 「いれぶんさん、ほら、涼日さんが走れって」 「えっ」  向き直っていれぶんに言うと、いれぶんの目が更に丸くなる。 「肉体労働は苦手です」 「同じく」 「ああ、もう! だったら何だってついて来たのよ!」  涼日が叫ぶが、こちらは二人揃って顔を見合わせるしかない。  歴史人を買いに行く以外に、本屋にいく用事があるというのだろうか。  棚の向こうは大惨事。  目の前の涼日は大激怒。  店員さんはくずおれたまま。  少し考えて、結論付ける。  用事はどうも果たせない。  疲れた。  フローリングの上にジャージで伸びて、佐和子は思う。  ひんやり冷たいフローリングに私と、ニボシ。  コーヒーをこぼした学生が、被害を受けた本を買い取ってくれたのは助かった。  吐息を受けてまわるニボシ。  どこからどうみてもニボシだ。とても喋っていたようには見えない。  水に浸したらまた動き出すんだろうか。  思い付いて、首を振る。別に動いて欲しい訳じゃない。  突然、動き出したニボシに大して、私は何が出来ただろう。  いつも通り――少なくとも、私は。  みそ汁の暖かさだけがまだお腹の中に残っている。  ニボシが喋り出す事もある世の中だ。  明日はどうなるかなんて、いよいよ判らなくなってきた。  そしてそれは多分、明日にでも考えればいいのだ。  小難しく考えていた青年は、邯鄲の夢を見て簡単に考えるようになった。  少なくとも私は、と佐和子は目を閉じる。簡単に夢を見れるだろう。  夜が降りてくる。  15/07/04(土)04:07:09 No.11952522 del ■設定■ 北沢佐和子(きたざわ さわこ) 23歳 女 無気力なフリーターのお姉さん。 レンタルビデオ屋と本屋のバイトを掛け持ちしている。 割と美人で社交的な性格で大学時代はグループの中心人物で結構モテていた。 しかし就職に失敗したため止むを得ずバイトで日々の生活費を稼いでいる。 最初は嫌で仕方ないフリーター生活だったが今ではすっかり板に付いた。 むしろぬるま湯の様な今の生活に嵌りつつあり今ではバイトが生活の中心で就職活動もしていない。。 いっそ実家に帰ろうかと思う時もあるが両親が煩そうだし面倒なのでそれもしない。 唯一の取り得は人並み以上の顔と記憶力だが営業スマイルと作品タイトルの暗記にしか生かされてい ない。 16/01/09(土)09:51:28 No.12575004 del ■設定■ いれぶん 幽霊の少女 アパートに憑いてるが夢はコタツの精霊の 主にやる気がない感じで脅かしてからみかんなどを盗っていく たまにさよなら人類を熱唱する(シャレではない) 11時にコタツの電気コードで絞殺されたのが原因だが本人は覚えていない 11時に比較的やる気が出るのでいれぶんと名乗っている 15/03/27(金)23:31:12 No.11616026 del ■設定■ 明石家涼日(あかしやすずひ) 頭の中がちょっとおかしな女の子 ボサボサな茶髪にイッた眼をしている 黄色い病院の一室で何事かをぶつぶつ言っている 金曜の夜になると消えたり増えたりするが 医者は何故か気にしない